144
それは休み時間の時だった。
「ねえ、二人は付き合ってから喧嘩とかした?」
柚希の背中に抱き着いて肩から顔を覗かせる雅さんがそんなことを俺たちに聞いてきた。他の男子陣は蓮の席に集まって話をしているので傍に居るのは女性陣のみだ。付き合ってから喧嘩をしたか、その問いかけを聞いて俺と柚希は顔を見合わせた。
「喧嘩か……してないよね?」
「うん。全然してないね」
俺の記憶が正しいのなら柚希と喧嘩をしたことはないはずだ。そもそも喧嘩に至るような言い合いとかもした覚えはないし、こう言ってはなんだが柚希と喧嘩をする未来のようなものが想像出来ないんだが。
「確かに二人が喧嘩をしたところは見たことないし聞きませんね」
「なんかつまんな~い!」
つまんないって何だよ……。喧嘩をしないことはいいことじゃないか。確かに俺と柚希で喧嘩ってなるとどんな話題になるのか気にはなる……気にはなるけど、柚希と喧嘩をしてしばらく話をしないとか耐えられんぞマジで。
「あたしとカズが喧嘩かぁ……どんなことしたら喧嘩するんだろうね?」
「浮気とか?」
ボソッと呟いた雅さんの言葉に柚希はハッとするように俺に視線を向けた。その瞳に徐々に涙が溜まっていき……って!?
「浮気……いやぁ……嫌だよぉ!」
「しないって! 大丈夫だ大丈夫!」
浮気とかする気ないしする相手も居ないって。
手を伸ばして頬を撫でて柚希を落ち着かせる。雅さんに変なことを言わないでくれという意味を込めて視線を向けたのだが、本人はどこ吹く風でケラケラと笑っているだけだ。
「……あたしとしたことがそんなことあり得ないって分かってるのに想像しちゃったんだけど馬鹿雅!!」
「あはは、ごめんごめん。でもこれだと喧嘩って感じじゃないね」
「本当だよ。あたし死んじゃうもん」
それは困る! だから俺は咄嗟に柚希に同じことを伝えた。
「それは困る!」
考えたことと全く同じことを口にすると、柚希は頷いてだからと言葉を続けた。
「ずっとあたしを好きで居てね? あたしの大好きな王子様♪」
もしかしたら、柚希は俺がああやって言葉を返すのを分かってたのかもしれない。その言葉を待っていましたと言わんばかりに笑顔でそう言って来たので逆に俺が照れてしまう側になってしまった。
「……これは喧嘩は無理ですわ」
こんなに想ってくれて可愛い子なのに喧嘩なんて出来るのだろうか。絶対にそんなことは出来ないなと俺は苦笑した。けれど、俺たちにそんな話題を振ったのならそっちもその覚悟はあるってことでいいんだよなぁ?
「そういう二人はどうなんだ?」
最初に答えたのは凛さんだった。
「和人君、うっかり地雷を踏み抜く空君を私はいつも折檻していますよ?」
「……あ~」
それには大いに納得できたので頷いておく。
「私も喧嘩はそこまでだけど全くしないわけじゃないからねぇ」
雅さんと蓮も喧嘩をしているところは見たことないな。じゃれあいのような言い合いはしょっちゅう見るけどその程度だしな。まあ、出来るなら本当の喧嘩なんて見たくはないところだけど。
「休憩時間後少しだけど蓮君のところ行ってくる~」
柚希から離れて雅さんは蓮のところ走っていった。唐突に柚希に抱き着いたり、或いはさっきのような話題を提供してきたり、そして今みたいに気の向くまま蓮のところへ向かう辺り本当に嵐みたいな人だよな雅さんは。
「ちなみに最近も空を折檻したの?」
「はい……思い出すだけでも忌々しい」
おっと? これは何かあったみたいだな。
一体何があったのかと気になる俺と柚希を見て、彼女は気が進まなそうにしながらも話してくれた。
「その……空君に後ろから抱き着いてたんですよさっきの雅みたいに」
「うん」
「それで空君なんて言ったと思います?」
「……あ~」
ごめん、俺その時点でどんな内容か分かったわ。
それはどうやら柚希も同じようで別に言わなくてもいいからと話を終わらせた。デリカシーがないというか、本当に思ったことをボロっと空は口にするからなぁ。凛さんからすれば結構大変なんじゃないかな。
そう聞くと確かにそうですと口にした凛さんは笑っていた。
「まあそれが空君ですからね。昔からの付き合いですから分かっていることです。それに時と場合によっては私も修羅となるわけですけど、空君が嘘を付けないことの証でもありますしね」
そういう捉え方もあるんだな。
確かに空は絶対に嘘を付くことは出来ないだろう。仮に嘘を付いたとしても誰よりも空を知っているであろう凛さんを欺くことはおそらく無理だと思う。いや、柚希と雅さんも空の嘘を見抜くのは余裕そうだ。
「空はそれが空って感じだし? う~ん!!」
「っ!?!?!?!?!?」
少し体が凝り固まっていたのか柚希が気持ちよさそうな声を出して腕を天井に向けて伸ばした。腕が上がることによって彼女の豊満な胸元が持ち上がり、伸びを終えて腕を下ろしたところで確かな重量を感じさせるように揺れるのだった。俺としては少しだけ視線を逸らしものの、その先で凛さんが物凄い顔になって柚希の胸元を見つめていた。
「何よ……」
「……柚希」
信じたくない、嘘であってくれとそんな意思が伝わってくるような不気味な雰囲気を漂わせる凛さんに柚希は少し体を引いた。
「まさかとは思うんですが……また大きくなりましたか?」
あ……。
「……えっと、気のせいじゃないの?」
凛さんが胸に関するコンプレックスを抱いていることは知っている。だからこそあまり成長したことを言いたくはないんだろう柚希は。ただ、ある意味柚希も凛さんたちに嘘を付くのは苦手なようだ。
サッと目を逸らした柚希だったが、その様子で既に凛さんには勘付かれた模様。
「……………」
凛さんは何も言葉を発さずにゆっくりと腕を持ち上げ、自分の胸元に手を当てた。そしてそのまま上下に動かすようにするのだが、動いているのは制服の生地だけで彼女の胸自体は全く応えてくれないみたいだった。
「和人君?」
ギロリとアニメに出てくる復讐者のような目をした凛さんが俺を見つめた。凛さんの見つめる先に居るのは俺だが、その俺の後ろに居るクラスメイトの女子が悲鳴を上げて立ち上がった。うん、気持ちは分かるぞ……だってめっちゃ怖いもん。今にも人を殺しそうな目してるもん凛さん。
「……もっと空君に揉んでもらったり吸ってもらったりしないと」
凛さん、そういうことは心の中か空の前だけにしてもろて。
その後、戻ってきた空は一体何があったのか首を傾げていたが凛さんにお願いしますからねと力強く念を押されていた。
「いや一体何をだよ……」
「それは……今度お家で話します!!」
「お、おう……」
頑張れ空、俺はそう心の中で祈るのだった。
学園祭などのイベントが終わっても賑やかだ。それはとても楽しいし掛け替えのない時間なのは確かだった。
そんな風にみんなとの時間が過ぎていき、俺と母さんを含め月島一家との温泉旅行に向かう日がやってくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます