143

「……よしっと、早く帰ろっかな」


 学校が終わり私はすぐに荷物を纏めた。

 今日はよう君は家の手伝いで忙しいらしく会えないけど、お兄さんが遊びに来ることになってる。一昨日、お姉ちゃんのおっぱいがまた成長したという忌々しい事件があって私は修羅となったが……まあお姉ちゃんに返り討ちにあったのは言うまでもなかった。


「……おかしいなぁ。あのお姉ちゃんの妹なのになんでこんなに」


 小さいんだろう……いやいや絶壁というわけではなく、ちゃんとした膨らみはあるのだ。こう指で抑えたら僅かに沈むくらいには膨らみはあるのだ! でも、お姉ちゃんの巨乳に比べたらゴミのような戦闘力なのは変わらない。


「私もいずれ……きぃいいいいい!!」

「どうしたの乃愛!?」


 おっといけないいけない、こういうことは自分の中だけで終わらせないと。取り敢えず帰ったら何度目か分からない祈りをあのおっぱいにするとして、私は友人たちに声を掛けて教室を出るのだった。

 だが、そこで私は呼び止められた。


「待ってくれ月島さん!」

「……何かな?」


 声を掛けてきたのは以前、友人からお姉ちゃんのことが気になっていると教わった男子だった。お姉ちゃんのことを知っているからこそ、今もずっと恋をしている彼……正直めんどくさい。


「その……柚希先輩に会いたいんだけど」

「やめてくれない?」

「……え?」


 あぁ、そう言えば私がこうやってハッキリ言うのは初めてだったかな。

 お姉ちゃんが異性にモテるのは良く分かることだし、妹としてもそれは姉の魅力が凄いことの証明なので誇らしい。けれど、もうお兄さんという素敵な相手が見つかったのにこうやって気にする輩のことは鬱陶しくて仕方ない。


「お姉ちゃんはもう恋人が出来たの。とっても素敵な優しい恋人がね。どうせお姉ちゃんに会って前に出来なかった告白をするってことでしょ?」

「……っ」


 どうやらビンゴらしい。

 図星を突かれたのではなく、お姉ちゃんに恋人が居るという事実に悔しさを滲ませた彼だったが、まだ懲りずに諦めきれないのかこんなことを言いだした。


「でもまだ分からないじゃないか! 俺は昔から柚希先輩が好きなん――」

「だから何なの?」

「……だからって……その……」


 たぶん、今の私はとても冷たい表情をしているんだと思う。

 昔から好き? だから何だって言うんだろう。いいやそうじゃない、まだ分からないじゃないかと言われたことに私は腹を立てたのだ。


「お姉ちゃんは大好きな人が出来て毎日幸せそうにしてるの。誰も間に入れないくらいにラブラブしちゃってさ、傍に居る私たちが恥ずかしくなるくらいなの。でもそんな二人を見るのが楽しくて、幸せなんだよ私たちは」

「……………」

「だからさ、邪魔をしないでくれる?」

「……でも」


 いい加減しつこいな、私は彼の方へ一歩を踏み出した。

 私の顔を見て怖気づいたように一歩下がったけどそんなに怖い顔をしてる? 年頃の女の子としてちょっとそう思われるのは嫌だけど、内容が内容なので私も容赦は出来ないんだ。


「どのみち君は脈無しだよ。中学時代のお姉ちゃんは男子が嫌いだったんだ」

「……え?」


 呆然とする彼に私は言葉を続けた。


「高校に行ってもそれは相変わらずで、何度も告白されることに嫌気がさしていたんだよ。でもね? そんな風に男子に対して嫌な気持ちを持っていたお姉ちゃんが好きになった人が今の恋人なの。昔のお姉ちゃんからは考えられないくらいに素の自分を出せる人が今の彼氏なの」


「変わったようには見えなくても、確かにお姉ちゃんは変わったの。もっと綺麗で可愛くて、幸せそうにしているお姉ちゃんに」


「だからそんなお姉ちゃんにちょっかいを出さないでほしいの。もしも変なことをしたら私だけじゃない、凛ちゃんやも怒るよ?」

「ひっ!?」


 どうやら雅ちゃんのことは彼も知っているみたいだね。

 それから何も言えなくなった彼に背を向けた私は急いで家に戻った。靴がないことからやっぱりまだ帰ってないみたい……いや、もう帰って来たかな?


「……うん。帰って来たみたい」


 外から二人の声が聞こえてきた。

 まず最初にリビングに二人は来るはず、そう当たりを付けて私はリビングに隠れるのだった。そして、二人は現れた。


「おっかえり~!!」

「おっと!?」


 お姉ちゃんに抱き着くのは味気ないのでお兄さんに抱き着いた。しっかりと抱き留めてくれたお兄さんだが、困ったように笑って頭を撫でてくれる。あぁ本当にお兄さんみたいでいいよねぇこれって。ま、すぐに本当のお兄さんになるんだとはおもうんだけどさ。


「こら乃愛、カズを困らせないの」

「困ってる?」

「……そう聞かれるのはちょっと困るなぁ」


 うん、知ってる。

 お兄さんは絶対に迷惑に思うことはない。もちろん限度はあると思うけど私ももうお兄さんのことは結構理解出来てると思ってる。お兄さんから離れない私を見てお姉ちゃんが溜息を吐き、無理やり引き剥がそうとしたのか近づいてきた。


「乃愛ったらいい加減に――」

「隙あり!!」


 言ったよね? 帰ったらそのおっぱいに祈りを捧げるって。

 無防備に近づいてきたお姉ちゃんの胸を鷲掴みすると、改めてその大きさに一種の感動を覚える。新調したというブラがフィットしているのかとても良い形をしていることにも気づけた。


「……おっきいねぇ本当に」

「……あぁそういうこと」


 何かに気づいたのかお姉ちゃんはニヤリと笑い私を抱きしめた。突然のことに驚いた私だけど、お姉ちゃんは決して私を離さないと言わんばかりに強く抱きしめ続けるではないか。しかも私の顔にその胸を存分に押し付けるようにだ。


「どう? これがアンタにはない戦闘力よ」

「……むっきいいいいいいい!! 悔しい……悔しいけど!!」


 悔しいけど……悔しいけど!

 この気持ち良さの前には全部どうでも良くなってしまうんだ悲しいことに。暴れることを止めた私はお姉ちゃんのおっぱいに埋もれることを選んだ。


「……まあでもまだ分からないわよ? 乃愛は中学生だし、これからいくらだって成長はすると思うけど」

「そう? お姉ちゃんみたいになれる?」

「大きいのはそれなりに大変なんだからね?」


 ブラを選ぶのが大変? 肩が凝る? それはあるから言える悩みなんだ! 私だって自分の大きく育った胸を持ち上げてそんなこと言ってみたいもん! 凛ちゃんに私の方が大きいでしょって思いっきり煽りたい!!


「それはやめておきなさい。本当に殺されるから」

「……だね」


 まあ、若干の膨らみがあるだけ私の方が勝ってるけどね。

 ふふ、私たち四人が四天王だとするなら凛ちゃんはその中でも最弱……? そこで私のスマホが震えた。お姉ちゃんに引っ付いた状態でスマホを手に取りメッセージを確認すると、送ってきたのは凛ちゃんだった。


『何か不快なものを感じました。乃愛ちゃん?』

「……凛ちゃん怖い」


 当然返事は何も返さない私だった。


「ほら乃愛、離すからね」

「えぇ~」


 もっとあやかりたい、そんな私からお姉ちゃんは離れて行ってしまった。そのままお兄さんの元へ向かい抱き着いた。


「カズぅ♪」

「……やれやれ」


 さっきまでの姉の顔から打って変わり、一人の甘える女の子にお姉ちゃんは早変わりした。ほらね? もうお姉ちゃんは幸せを掴んでいるの。こんなにも幸せが溢れる光景に異物なんて必要ない、だから私はあんなに怒ったのだ。


「うんうん。やっぱりこれが一番だよ」


 お姉ちゃんの隣に立つのはお兄さんだけ、それはもう絶対に変わらないことだ。

 そんな風に一人で思っているとお姉ちゃんが手招きをしてきた。首を傾げながら近づくと、私を真ん中にするようにお姉ちゃんとお兄さんが挟むように抱きしめてくるのだった。


「……えへへ♪」


 絶対……絶対に邪魔はしてほしくない。

 私は二人から与えられる温もりを感じながらそう願うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る