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「あ、三城先輩に月島先輩!」
柚希と他クラスの出し物を見て回っていると篠崎が声を掛けてきた。
顔に白粉を塗っていて誰かは一瞬分からなかったのだが、近づいて来たその顔と声ですぐに分かった。どうやら篠崎のクラスは二クラス分の教室をぶち抜きでお化け屋敷を作っているらしく、門構えはそれなりに雰囲気のあるモノだった。
「篠崎のとこはお化け屋敷なんだな」
「はい。結構それなりのものが出来たと思いますよ?」
へぇ、そいつはかなり面白そうだ。
ただ……学生の造ったものとはいえこういったホラーチックなものを苦手に思う子が傍に居るわけだが。
「……うっわぁ」
思いっきり嫌そうな顔をしていた柚希だ。
以前にホラゲーをやって大きな叫び声が上げていた彼女だが、あのことがあってホラーに関してはかなり敏感である。このことで蓮たちが揶揄うとすぐさま鉄拳が飛び出すくらいには柚希にとって禁句なのだ。
「お二人ともどうですか?」
「……………」
チラッと柚希に目を向けたらなんだか乗り気……え?
「い、いいじゃない。所詮学生が造ったものでしょ楽勝よ!」
「……大丈夫か?」
「泣きたくなったらカズが守ってくれるもん……もん!!」
くぅ、嬉しいことを可愛い仕草で言ってくれやがるぜ本当に。
一応篠崎と話をしているわけだがここは入り口の横なので中に入ろうとする人たちが結構居た。つまり、その人たちにこのやり取りは全て見られているというわけだ。
「取り敢えず並んでみてください」
「おうよ」
「……早まったかなぁ」
まあでも、別に学生が造ったレベルのものだからそこまでビビることはないと思うけどどうなんだろうなぁ。普通に中から悲鳴は聞こえてくるし出てきた小さい子供はギャン泣きしてるし……ちなみに、それを見たり聞いたりした柚希は顔を青くしていた。
「カズ、手繋ごう?」
「あぁ」
「抱きしめてよ」
「あぁ」
「チューしてよ」
「……後でな」
流石にキスは後にしてもらおう。
そのまま順番を待ち、ほどなくして俺たちの番が回ってきた。幽霊に扮した受付係の篠崎に見送られる形で俺たちは中に足を踏み入れた。
「おぉ……」
「……………」
なるほど、確かに中に入った人が怖がる理由が分かったかもしれない。
先ほど外から見た面構えも大したものだが、中の方は本当に雰囲気が凄い。ただ机などを立てかけ黒い布を被せた簡単なコース作りだが、暗さももちろんだがまるで本物の血と思わせてしまうような絵具の塗り方だったりとかなりリアルだ。
「……っ~~~~~」
声にならない悲鳴を上げそうになった柚希だがどうにか耐えたようだ。
ギュッと俺の腕に抱き着き、絶対に離れないという鋼の意思を感じさせるほどに力が強い。まあ入ってしまった以上出口に向かわないと出られないので柚希の為にもさっさと進むとしよう。
「あ、いらっしゃい」
「?」
「ぴぃっ!?」
進んでいるといきなり話しかけられた。
一人の生徒が俺たちに背を向けているが、おそらく声を掛けてきたのは彼だろう。
「ちょっと準備が出来てないので申し訳ないです。ちょっとお待ちいただいてもいいですかねぇ?」
そう言ってこっちを向いた彼はカッターシャツの前のボタンを留めていない。まあそれだけなら良かったのだが、まるで腹に穴が開き腸が糸を引くように地面に落ちているような演出だった。
「さっき抉り出されてしまって直す最中だったんです。なので――」
その言葉の途中にガバっと柚希が俺の胸に顔を埋めた。かなりリアルな演出だけどよく見れば凝った造りモノなのは分かる。だけど柚希には刺激が強すぎたようでちょっと泣きそう……いや泣いていた。
「カズぅ……あたしやっぱり無理だぁ!」
そっかぁ無理だったかぁ。
あまりの柚希の様子に驚かせてきた男子も俺にぺこぺこと頭を下げている。俺はそれに手を上げて気にするなと振ると、俺たちの背後から何かが近づいて来た。
「リア充はどこだぁ……お前たちかぁああああああああ!!」
「っ!?」
後ろから響いた声に柚希の体がビクッと震えた。
……あれ、でも今の声どっかで聞いたことがあるような。そんなことを思っているとサッと俺から離れた柚希が綺麗な勢いで回し蹴りをするように背後から迫っていた存在へとお見舞いした。
「ぐふっ!?」
目の前に男子に比べたら全然凝ってないただの白い布を被っただけのお化けさんだが彼は柚希の蹴りをもろに受けるのだった。あまりに綺麗な回し蹴りに俺たちはついつい拍手をしてしまった。
「早く出ようカズ! ここ怖いよぉ!!」
たぶん、今蹴られた相手は柚希の方が怖いと思ってると思うわ。
涙目の柚希に手を引かれて俺たちは足早にそこを離れたのだが……背後からの会話が少し聞こえた。
「……くっそ柚希め、よくもやりやがったな」
「須藤先輩大丈夫っすか?」
須藤先輩……蓮のことじゃないか。
なんで蓮が驚かす側に居るのかはともかく、これ柚希に知られたら凄いことになるんじゃなかろうか。おそらく面白がって後輩の手伝いをしているんだとは思うけど蓮のことは柚希には黙っておくか。
さて、そのまま柚希に手を引かれて出口に向かう際色んなモノがあった。その度に柚希は悲鳴を上げながらも決して俺から離れることはなく、ようやく明かりを見つけて外に出ることが出来た。
「……ぜぇ……ぜぇ……はぁ!」
外に出た柚希は完全にグロッキー状態だった。
そんな柚希を見てこのお化け屋敷はそんなにヤバいのかと怖気づいた人が続出してしまったのはちょっと篠崎たちに申し訳なかったかもしれない。気を利かせてくれた篠崎がコップにお茶を入れて持って来てくれたのでそれを受け取った。
「サンキューな篠崎」
「ありがとう篠崎君……」
「いえいえ……えっと、そんな怖かったですか?」
確かに中々のレベルだったと思う。
あの取り出された腸の演出もさることながら、途中で壁に敷き詰められた大量の眼球に関してはマジで気持ち悪かったし。
「ヤバかったわ……」
篠崎の言葉にブンブンと勢いよく頷く柚希の様子に篠崎は苦笑したが、ここまで怖がってもらったということは成功と言っても差し支えない。毎年うちの学校は出し物に関してはハイクオリティで有名だが、まさかお化け屋敷をここまで仕上げてくるのは本当に大したものだと思う。
「……あぁそうだわ。篠崎君」
「何ですか?」
「あたし途中で思いっきりビビっちゃってさ。本能で白い布を被った人を蹴り飛ばしちゃったの。大丈夫かな?」
「え? あぁ須藤先輩ですか。あはは、面白そうだから手伝うって来てくれたんですけど月島先輩を驚かせたんですね」
「……あ?」
あ……よし、俺は何も聞いてないし気づいてないフリをしよう。
篠崎の言葉に感情の一切を削ぎ落したような表情になった柚希は再び中に入ろうとするも、俺は流石に危ないと思ったので柚希を止めた。
「離してよカズ。あたし、あいつを殺さないといけないから」
「ひぃっ!?」
幽鬼のようにフラフラとしながらこちらを振り向いた柚希に篠崎が悲鳴を上げた。目から光を失い蓮を殺そうとするその姿、まるで漫画やアニメに出てくる復讐者のような出で立ちだった。
……このまま行かせたら確実に殺る(誤字にあらず)気だこれ。
「篠崎、ちょっと俺たちを布で隠してもらえるか?」
「え? 分かりました」
何をするのか分からない様子で篠崎は布で俺たちを隠した。こうして俺たち二人の姿は誰にも見られなくなったので、俺は相変わらず蓮専用のキルマシーンと化した柚希の頬に手を当ててキスをした。
「……っ……ぅん」
そして、すぐにお返しと言わんばかりに柚希と唇を押さえ付けてきた。
時間にしては数秒だがキスをした後、篠崎にお礼を言って布を退けてもらった。
「カズぅ♪ 次はどこにいこっか?」
早着替えならぬ早感情変化、俺たちを見ていた人が篠崎だけじゃなくビックリしたように柚希に視線を向けていた。腕を抱く様子はここに来た時と同じだが、その時よりも遥かに機嫌の良さそうな柚希がスリスリと頬を擦りつけてくる。
「……凄いです三城先輩!」
「あはは……ありがとな」
取り敢えず蓮のことは忘れてくれたみたいなので大丈夫かも――
「蓮を殺るのはまたにするぅ♪」
「……………」
ごめん蓮、全然大丈夫じゃなかったわ。
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