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 ついに学園祭の日がやってきた。

 朝早くから学校の入り口を解放し、外部の人たちを招くことになるわけだが今年はかなり人が多いみたいだ。生徒たちの保護者ももちろんだが、そうでない人たちの姿もあった。中にはここに通う生徒たちの友人であったり、反対にそうではない同じ年頃の人もやはり多く居た。


「かなり人が多いなぁ」


 図書室に運ぶ予定の本を抱えながら俺はそう呟いた。

 俺が出ることになっている劇はまだまだ先なので暇と言えば暇なのだが、重そうに本を抱えていた安藤先輩を見つけたのでその手伝いをしていたのだ。


「本当にありがとう三城君」

「いえいえ、というかこんなに運ぶんなら呼んでくださいよ」

「ごめんなさいね。忙しいかなと思ったのよ」


 だからといって女子一人では厳しいだろう。それに同じ図書委員なんだし遠慮はしてほしくないんだが。俺の視線から言いたいことは伝わったのか、苦笑した安藤先輩は辺りを見回して口を開く。


「それにしても三城君の傍に月島さんが居ないのは珍しいわね」

「柚希は喫茶店の方の手伝いに行ってます」


 柚希も俺と同じで劇の時間まで空いていたのだが、思ったよりも喫茶店の方が忙しくなりそうなので助っ人に向かった。俺も手伝おうとは思ったのだが、柚希の手伝いは一瞬らしくすぐに終わるから必要ないとのことだ。


「三城君のクラスは喫茶店と人形劇だったわね。人形劇は見に行きたいわ」

「……知り合いの人が見に来るのは恥ずかしいですね」

「あら、いいじゃないそんなの。高校の出し物で人形劇は珍しいし、何より私みたいな女子からすればとても可愛らしい出し物だもの」

「そんなもんですか」


 なるほど、確かに柚希も前田さんも人形劇という題目に関しては可愛いって言ってたし女性側からすればそんな風に思えるのかな。まあ俺も人形劇というモノに関しては可愛い出し物とは思ってる。


 安藤先輩と話をしながら人と人の間をかき分け図書室へと向かった。一般的な休憩所として開放されているので本を読んでいる人も居ればそうでない人も大勢居り、普段では絶対にない賑やか振りだ。


「よっこらせっと」

「よいしょっと。本当にありがとう三城君」

「いえいえ、また何かあったら呼んでくださいね?」


 安藤先輩には同じ委員会としてもそうだし先輩としても世話になっている。だからこそこんな小さなことでもお礼はしておきたいんだ。

 本の整理は取り敢えず後日ということで、何やらソワソワした様子で安藤先輩はスマホを手に取った。一体どうしたんだろうと不思議に思っていると、チラっと見えた画面には栗田先生の文字が……なるほどね。


 たぶん学校内で親密な様子は見せないと思うけど、スマホを大切そうに握りしめる安藤先輩の姿を見ると本当に上手く行ってほしいなって思うよ。教師と生徒の恋愛はご法度だが、卒業してからという線引きを安藤先輩はしっかりしているし心配は何もする必要はないだろう。


「さてと、クラスに戻るか」


 手伝いは要らないと言われても彼女が手伝いをしているのに油を売るのはどうも我慢できない。そのまま喫茶店を出している教室に戻ると、やっぱり中は盛況だった。

 客から注文を取って伝えに行く人は慌ただしく、かといって決して事故がないように落ち着いて動いているのは流石だ。ここに訪れている客的には大人よりも俺たちと歳が近い人が多い印象かな?


「お、柚希」


 絶賛お手伝い中の柚希がテーブルに向かった。

 今回の喫茶店用に担当のクラスメイトが意見を出し合った衣装、メイド服に似たようなデザインの服を着ている柚希の姿は大変可愛らしかった。


「ご注文をどうぞ」


 ニコリと笑って客に注文を聞く柚希だが、その笑顔が偽物であることはすぐに気付くことが出来た。ずっと一緒に居たからこそ分かるのだが、普通の人にはその違いは全く分からないだろう。


「お名前何て言うんですか?」

「……ご注文をどうぞ」


 あれはおそらく他校の男子だろうか。

 名前は何ですかと聞かれても柚希は無視を続けたが、その男子は全く諦めるつもりはないのか名前を聞き続けている。


「彼氏とか居るんですか? 居ないのなら是非俺と出掛けませんか?」


 ……見てられないな。

 仮に相手が柚希でなかったとしても迷惑な質問であることに変わりはない。俺以外にも何人かが咎めるために動き出そうとしたみたいだが、その誰よりも早く動いた存在が居た。


「関係ないことを訊くのはおやめくださいお客様?」

「……ひっ!?」


 そう、怒らせたらヤバい子である雅さんだ。

 ニッコリとさっきの柚希に引けを取らないほどの笑顔だが、ゴゴゴと背後から炎が見えるような錯覚さえしてしまう。質問をしていた男子だけでなく、彼の友達と思わしき人たちも雅さんの表情に委縮してしまったのか小さくなっていた。


「……オレンジジュースで」

「……グレープジュースで」

「……コーラで」

「畏まりました~」


 気持ちよさそうに頭を下げた雅さんが柚希の手を引いて奥に引っ込んだ。

 やれやれ、傍に居なかった俺も悪かったけど雅さんに感謝だな。クラスメイトに目配せしつつ、俺も彼女たちを追って奥の方に向かった。


 すると、こんな会話が聞こえてきた。


「ありがとう雅」

「本当だよ。もうすぐ柚希ちゃん爆発しそうだったじゃん」

「……あはは、もう少しで足が出そうだったわ」


 あ、やっぱり柚希は柚希だったみたいだ。

 俺に背を向けている柚希は気付いてないが、雅さんが俺に気づきあっと声をあげた。すると柚希は何事かと思ってこちらに顔を向けた。

 さっきの質問攻めに大層機嫌を悪くしていたのか明らかに怒りの感情が見えていたのに、俺を見た瞬間その感情は消え失せ満面の笑みを浮かべて抱き着いて来た。


「カズぅ!!」

「おっと」


 ぴょんと跳ねるように抱き着いて来た柚希を抱き留めると、困ったように笑いながら雅さんも近づいて来た。


「お疲れ様和人君」

「お疲れ様雅さん。とはいっても何もしてないんだけどさ」


 何か手伝おうと思って戻ってきたんだが……さっき見た感じ最初バタバタしていた時よりもしっかりと回せているようにも見えた。俺の思った通りだったのか雅さんは頷いて言葉を続けた。


「柚希ちゃん後は私たちで回せると思うから大丈夫だよ。手伝ってくれてありがと」

「本当に良いの?」

「うん。私も交代が近いしそしたら蓮君と一緒に過ごすからさ。柚希ちゃんは人形劇まで和人君とイチャラブデートするといいよ」

「本当に? 本当に良いの?」

「うん。というか凄くソワソワしてるじゃん。いってらっしゃい柚希ちゃん」

「ありがとう雅!」


 雅さんはヒラヒラと手を振って戻っていった。

 彼女の気遣いに感謝をしていると、シュルシュルと服を脱ぐ音が聞こえた。ついそちらに目を向けると、喫茶店用の服を脱いで制服に着替える柚希の姿が目に入った。


「……おっと」

「ふふ、全然見ても良いんだよ? 何度も言うけど今更だしね♪」


 それもそうか、俺は小さく溜息を吐いて近くの椅子に腰を下ろした。

 そうしてしばらく待っていると着替え終えた柚希に肩を叩かれた。


「お待たせ、いこっか」

「あぁ」


 制服の上に来ていたカーディガンを腰に巻くいつものスタイルに戻った柚希は俺の腕を取ってそのまま表へ……ってちょっと?


「えへへ、いいのいいの」


 柚希に腕を引かれるように教室に戻った俺たちに多くの視線が集まった。


「それじゃあ雅、みんなも頑張ってね」

「うん。いってらっしゃい」

「楽しんできなよ~」


 雅さんと他のクラスメイトにも見送られるように俺たちは教室から外に出るのだった。そう言えば柚希にしつこく質問をしていた男子がめっちゃ見てきたけど取り敢えず無視しておいた。


「取り敢えず昼が近づいたら空たちと合流するんだよね?」


 いつか言ったと思うけど昼食は他のクラスの出店で済ますことにしているから後で合流する予定ではある。となるとそれまでは俺と柚希二人で回る時間になるわけだ。つまり、学園祭デートってことだな。


「初めての学園祭デートって感じだな。楽しもう柚希」

「うん!」


 さあ、色々回るとするかぁ!


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