11

 休日ということで空との約束の日だ。

 約束したように駅前に行くと既に空が待っていた。スマホを弄っていたようだが俺が近づくと顔を上げて気づいた。


「待った?」

「今来たとこ」


 そんな会話をして目的の店に向かう。


「なんか今のカップルっぽかったな」

「やめてくれ気持ち悪い」

「同感」


 うん、俺も同じこと思ってたわ。これが女の子ならよくあるカップルの会話なんだろうけど、相手が男だとこうも空しい気持ちになるとは思わなかった。

 空と並んで書店に向かう中、目の前に腕を組んで歩くカップルが居た。おそらく俺たちと同じくらいの年だろうか……顔は見たことないからたぶん別の学校の人だろう。男子の方も女子の方もビックリするくらいの美形で思わず目を向けてしまう。


「次はどこに行きますか?」

「そうだな……絢奈はどこに行きたい?」


 なんて会話をしながら通り過ぎる二人……うん、恋人ってのは良いモノだなって本当に思う。いつか俺も自分の大切だと思える人とあんな風に寄り添えたらそれはとても幸せなことなんだろう。


『カズ!』


 大切と思える人、こう考えた時に柚希の姿が浮かぶあたりやっぱり俺は……。


「どうした和人」


 考え事に耽っていたせいかボーっとしていたみたいだ。空に呼ばれて我に返った俺は慌てて隣に並んた。そして目的の書店に着きそれぞれが買おうと思っていた本を手に取っていく。


「……う~ん」


 別に買うつもり……いや、既に買っていて新作待ちの文庫を手にとった。


「それ続き中々出ないよな」

「作者が中々ヤバいやつだからなぁ……確か締め切り過ぎても音沙汰なくて本人はゲームばっかりやってることをSNSで言ってたくらいだし」

「……あぁ知ってるぞそれ。続き大丈夫なん?」

「無理じゃね」


 一巻から追っているだけに少々残念だ。

 最新刊が発刊されてからもう二年余り……もしかしたらもうこの文庫の続きは読めないのかもしれないな。続きを読みたいファンは俺だけじゃなくて大勢居るだろうに……願わくばいつでもいいのでまだ記憶が残っている間に続きを拝める日が来てほしい。


「昼飯はどこにする?」

「ラーメンはこの前言ったから……無難に定食かな」

「おっけい行くとしようぜ」


 書店から出て商店街を抜け、いつも行きつけの定食屋に着いた。

 中に入ると何回も来ているせいか女将さんに笑顔で迎え入れられる。お得意様ってのは言い過ぎかもしれないけど、それくらいこの店には世話になっているんだ。


「ハンバーグ定食」

「生姜焼き定食でお願いします」


 注文し終え料理が運ばれてくるまで手持無沙汰になった俺はスマホを取り出す。


「……あれ」


 すると一件のメッセージが届いていることに気づいた。

 メッセージが届いたのは今から約20分ほど前、丁度お昼前と言ったくらいだろうか。開いてみると送り主は柚希、書いてあった内容は短かった。


『寂しい』


 たったそれだけだった。

 短い一言、だけど相手が柚希ということもあって自然と頬が緩む。すぐに返せれば良かったんだが外を歩いているとそれも難しい。俺はすぐに柚希に返事をした。気づくのが遅れたことに対する謝罪、そして……寂しいのは俺も同じということを。

 メッセージを送信した瞬間、すぐに既読が付いて俺はビックリする……もしかしてずっと待っていたのか?


『カズも一緒なんだ。嬉しい……休日ってあまり好きじゃない。カズと会えないから』


 ……どうしてこう柚希は的確にこちらの心を揺さぶる言葉を選べるのだろうか。たぶんだけど柚希に何かの意図はなく本心からの言葉、そこそこの付き合いだから分かっていることだ。

 日々の学校での疲れを癒す休日、前までは早く来いって思っていたけど今はそうでもない。柚希と同じだ……学校で隣に居てくれる彼女が居ないのは妙に寂しさがある。


「柚希か?」


 そうしてメッセージのやり取りをしていると空がそう呟いた。どうやら俺の様子から相手が柚希というのは分かっていたらしい。そうだと頷くと空はだろうなと納得したように笑みを浮かべた。


「あいつとどんなやり取りをしてんだ?」

「見せないよ。柚希にも悪いし」


 いくら幼馴染とはいえそこはちゃんと線引きはしないとだ。他人とのやり取りを見せる趣味はないし、何より柚希に悪いからそこは譲れない。

 ……けど、柚希は今何をしているんだろう。

 メッセージのやり取りを終え、空と運ばれてきた料理を食べる中俺はずっとそれを考えていた。







「……っ~!! カズに会いたいなぁ」


 アタシはベッドの上で横になりながらそう呟いた。

 休日ということもあって家に居るけど、特に用事もなくて暇を持て余している。学校にいる間はそうでもないけど、最近休日に家に居る時はいつもこんな感じだ……その理由は明白で、カズが傍に居ないからだ。

 メッセージを送ってから返事が来るまでずっと待ってた。返事が来た時、画面にカズの名前が出るだけで嬉しくなって、そこからあまりにも短い時間だったけどやり取りが出来て幸せだった。


「……ほんと、アタシってどんだけ好きなんだろ」


 好き……うん。ハッキリと分かる……アタシはカズが好き。

 アタシとカズの出会いはあの時、先輩に腕を掴まれて声を上げた時だった。あの時から気になって、そこから話をするうちに気づけば惹かれていた。

 カズのことを考えれば胸がときめいて幸せになれて……でもこうして会えないと辛くなる。辛い……確かに辛い。でも、この苦しみがカズへの恋心なら嫌じゃない。辛いけど嫌じゃない、矛盾してるけど的確に今の心情を表すとそんな感じだ。


「昨日は恥ずかしかったな……でも、カズはちゃんとアタシを女として見てるってことだよね?」


 昨日、アタシの無茶で少し危ないことになったけどカズの反応を見れたのは良かった。アタシの胸に手が触れたことで恥ずかしそうにしていた様子……ちゃんとアタシを一人の女として認識しているという証だろうから。

 正直他の男なら嫌悪感はあったはず、でもカズだったからそんなものはなかった。むしろこう……何かがキュンと来る感覚があった。


「でももしかしたら……あの先以上のこともこれから……」


 それこそ恋人同士がやることだって……っ!

 そこまで考えてアタシはバタバタと暴れ出した。ダメだ、これ以上の妄想は心臓に悪い。……ふぅ、落ち着いた心で冷静になるとやっぱりカズに会えなくて寂しいって気持ちが膨れ上がる。


「儘ならないなぁ……早く月曜日にならないかな」


 スマホを握りしめてそう呟く。


「お姉ちゃん? ご飯出来たって」

「あ、はい!」


 ドアが開いて乃愛が入ってきた。

 アタシはいきなりのことで飛び上がるように返事をしてしまった。乃愛は目を見張って驚いたけど、大事そうにスマホを抱えるアタシを見て何かに納得したように頷いていた。


「……なるほどふむふむ」

「何よ」

「別に~? ほら、早く降りるよ」

「分かってるってば。というか乃愛、アンタはいい加減ノックをするようにしなさいってば」

「別にいいじゃん今更なんだし。アタシたち姉妹なんだからさ」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉があるでしょ」


 この妹はノックすらせずに入ってくるから困る。確かに姉妹であるアタシたちにそんなモノは不要ってくらいには仲は良い方だけど……ねえ?


「そうだねぇ……お姉ちゃんがお兄さんを想っていたしてる時に入っちゃったりすると困るもんね」

「ちょ、アンタどこでそんなことを覚えて――」

「だったら少しは声を抑える努力をしてよ」

「……ごめんなさい」


 ……姉としての威厳がないなアタシ。

 ガックリと項垂れるようにしてアタシは乃愛と一緒にリビングに向かった。既に母と父は席に着いていてアタシたちを待っていたみたいだ。


「遅かったな?」

「お姉ちゃん好きな人とやり取りしてたみたい」

「……ほう?」


 あ、お父さんの眼鏡が光った気がする。


「あらあら、いいことじゃない。恋をするって素晴らしいことよ」


 お父さんと違いお母さんは目をキラキラさせて呟いた。他所の家がどうかは分からないけど、恋に関してはうちの父と母は応援してくれる立場だ。厳格そうに見えるお父さんだけど、アタシたち娘のことは全面的に応援してくれるからね。


『大事な娘だがその恋路に口出しはせんよ。相手が下種なら私にも考えがあるが、柚希が好きになった相手なら信用できるだろう。機会があったら是非連れてきなさい。とんだじゃじゃ馬娘をここまで変えてくれた彼には興味があるからね』


 じゃじゃ馬は余計だけどこんなことを言ってくれたから。

 アタシの家にカズが来てくれるのは歓迎だけど……カズのご家族の方にも会ってみたい。機会があったらカズに言ってみようかな。


 ……なんて思ったけど、まさかその機会がすぐに訪れるなんてその時のアタシは予期していなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る