第80話 昨日の敵は今日の友?

「キーレ、そういうのを強がりだと言うんだと、僕は拷問で教えてやったはずだ。貴様、その屈辱を背負ってよく、この地を踏みしめることができたな」


「過去を掘り返すのが、お好きなようで。悪趣味な王子様」


 俺は恐れ入ったというように、お辞儀しておく。




「それは、心からの忠誠心ではないだろう? この僕を馬鹿にしているのか! うじ虫のお前を飼ってやったのは、この僕だ! 貴様の命の時間を決めてやったのも、面倒を見てやったのもこの僕!」


「はいはい、お世話になりましたっと。これでいいのか?」




「勇者様、まずいですよ」と、グールが俺に背を預けてきた。戦闘魔術師に回りを囲まれた。俺たちはたった五十人と一人。


「お前らも帰っていいぞ」


「いえ、勇者様にこの食の機会をいただきました。食事をするかどうかは、グール個人の判断で決めるもの。それで、例え命を落としても構いません。我々は弱肉強食なのです」


「頼もしいな。でも、この戦、負けるぞ」


「え、勇者様は何故負けると?」


「俺、勇者失格だわ。ほんとごめん」




 こうなることは、頭の隅で分かっていたのに。俺が欲しいのはエリクとマルセル。




 だけど、何でちゃんと向き合わなかったんだろうな。あいつらもそれは同じなんだ。欲しいのは、俺一人の命。そのためには、手段は選ばない。


 俺の目の前でグールたちの首が次々はねられていく。ベフニリウスの俊足。グールどもも、大馬鹿だぞ。こんな俺なんかをかばってくれた。




 五十人が俺を背にして囲んでくれていた。俺一人守っても、意味なんかないのに。




 最後のグールの首が飛んだとき、ベフニリウスの顔が俺を見下ろしていた。三メートルあると、さすがに威圧感がある。


 こいつのスピードは、俺のルスティコルスのブーツとほぼ同じ時速百キロ。




 通る攻撃は、切断魔法だけ。残り騎士団千名ほどは、俺にとって雑魚だから勘定しない。


 戦闘魔術師七百名は少し減って六百名ぐらい? うーん。ベフニリウス邪魔。邪魔だこれ。だめもとで、話してみるか。




「カタコト野郎。俺はお前とやり合う気はない。どうだ? 俺の方につかないか? 処刑サクリファイスを楽しませてやれるぞ」


「サクリファイス? ナンダソレハ」


「お前みたいな魔族の好きなものだ。何だと思う?」


「オヤツ?」


「そう、おやつですねって、だめだこいつ、頭悪すぎ。お前は生贄を求めないのかよ」


「魂ヤ、寿命、オヤツ」


「分かったよ。それがおやつなわけか。それはやりたくないな。どうしよっかな。生贄なら乗ってくると思ったんだけどな」




「ハハハハハ! うじ虫が何を頼み込んでも無駄だ、キーレ! 貴様はもう、たった一人だ。大人しく僕のところへ連行されてくるならば! 歓迎しようじゃないか拷問部屋へ!!!」




歓迎ウェルカム? おっといけね。笑わせてくれるな。俺は人からの歓迎は受けない。俺が出迎えてやるんだった」


 ベフニリウスが首を傾げる。


「ユウシャ、ヨダレ、垂レテル。汚イ」


 グールの飛散した血が、俺の顔中にべたべたついてるので舐めとく。こいつらの食の無念。俺が晴らす。


「ベフニリウス! うじ虫勇者に手加減は無用だ! 足を斬り落としてヘイブン宮殿へつれてこい! 腕さえ残しておけば、何度でも吊るせる! 吊るしてやる!」




 ベフニリウスが三メートルある体躯をかがめる。俺よりも低い姿勢。飛び掛かる獣の姿勢。


 両腕が文字通りの手刀になる。クロスして切り開かれる。


 俺はジャンプしてかわす。だが、飛んだ瞬間を狙って、戦闘魔術師が俺の頭上に雷を落としてきた。空中を蹴って着地地点をずらす。


 ベフニリウスは俺が地に足をつける前にまた、背後に回っている。膝を狙ってくるか。


 命令に忠実だな。魔王もいないのにか? 


 着地前に両手を後ろに回して、うさぎ跳びみたいな恰好だが、指で弾く。あいつの手刀、俺よりリーチが長いから少し腕をかすった。




「やれ! ベフニリウス! そいつの血をもっと僕に捧げるんだよ!」


「捧ゲル? 王子ガ、捧ゲルト、言ウカラ手伝ッテイル」


 ベフニリウスが一瞬、立ち止まってその高身長で、まじまじと宮殿を見上げる。


「ははーん。やっぱり魔王がいないと駄目だな。エリク王子様じゃ役不足だってさ」


 俺はベフニリウスの隣になれなれしく立つ。


「僕の命令は絶対だ! ベフニリウス! 情欲うじ虫勇者を血祭りに上げろ! お前は宿主である僕の命令が聞けないっていうのか? 僕なしで、お前は存在できない! お前は、寄生虫と同じ存在! それを僕は住まわせてやっているというのに!」


「住まわせてる? いいこと聞いたな。かわいそうに。お前、寄生虫って言われちゃったな」


 ベフニリウスはまた、その図体で首を傾げる。




「キセイチュウ?」


「そう。お前は四天王っていう高い身分にいるのに。お前のこと、王子にまとわりつく虫といっしょだってさ」


 ベフニリウスに、わかーりやすく教えてやったつもり。


「ムシ……」


 結局理解してくれたのは、「虫」だけですか。まあいい、こいつを仲間にしてもいいし、仲間にならなくてもいい。王子を処刑サクれば、こいつも消える!



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