第56話 俺の子を妊娠?
シスタークロエと旅した時間は短かった。シスタークロエが仲間として加入した経緯は、俺とマルセルの他愛ない会話からはじまったんだ。
「え、マルセルは俺が死んだら蘇生してくれないのか」
「馬鹿ね。人体蘇生魔法はこのファントア広しと言えど、禁忌の術なのよ。禁止されて百年以上経つから、人体蘇生魔法のやり方を知ってる人ももう生きていないと思うけど」
ある日の旅で知ったこと。マルセルならどんな傷でも癒してくれるのだから、もし俺が魔王戦で倒れたらどうするのかと話していたんだ。
「心肺蘇生魔法なら使用禁止じゃないんだけど」
「人体蘇生魔法とどう違うんだ?」
「それは、人体蘇生魔法は死体を墓から生き返らせるのよ。心肺蘇生魔法はもっと前。死後すぐに行わないと。遅くとも二時間以内に。逆に心臓が止まってから二時間以上経つと、そのまま亡くなるわ。あと、病気の人には何やっても効かないから」
二時間以内という制限付きであれ、心肺蘇生魔法がもし日本で使えたら、ご臨終ですと言われた人もほとんど救えるんじゃないだろうか。
「じゃあ何でマルセルがそれ、やってくれないんだよ」
俺の疑問にマルセルは困った顔で答えた。
「心肺蘇生魔法も国家回復師と、聖職者しか使用が許可されていないの。あたし、国家回復師の免許まだ取れてないし」
「早く取れ」
「無茶言わないで。あんたがあたしをナンパして来なきゃ、今頃ノスリンジアの屋敷で勉強して取れてたわよ」
「でも、今は俺と旅ができて嬉しいんだろ?」
で、マルセルと話し合った結果、聖職者を雇えばいいということになった。俺のお目当ては、信仰熱心なおっさんではなく、当然美人シスター。
しかし、シスタークロエは俺が愛する以上に俺を愛してくる異常者だった。
シスタークロエと旅することは同じく俺を愛していたエルフのアデーラが反対して、すぐに縁を切ったな。
なぜなら、クロエは俺を愛するあまり俺の子供を妊娠したという嘘をついた。
そして、魔王を討伐した俺が帰還し各国に挨拶をして回ると、クロエは俺より先回りして現れるストーカーに変貌していた。
リフニア国では広場で勇者凱旋パレードの最中に馬車の前に躍り出てきて「勇者の子を妊娠しました。今妊娠二ヵ月です!」ときたもんだ。
リフニア国の衛兵が拘束してくれたが、今度はノスリンジア国でエルマー王に魔王討伐の報告をしに行ったときも広場に現れた。
「勇者のせいで妊娠しました! あの男は私ではなく回復師を選びました! 私は勇者の子を一人で育てます」と叫んでいた。
そのときには、ノスリンジア国の人たちの冷たい視線が俺に向けられていた。
セスルラ国に魔王討伐の報告と、かわいいドラゴンに久しぶりに乗せてもらおうかと気軽に出かけたときも、
「勇者のせいで妊娠三か月です! この子が産まれてきても勇者は父親になったという自覚がありません! この子は私一人でお金もないのに育てないといけません!」と、牧草地で人を集めて叫んでいた。
俺はドラゴンに乗せてもらえずにそのままリフニア国に引き返した。
念のためにマルセルに彼女を尾行させて後ろからこっそり「妊娠鑑定魔法」で診てもらったんだ。
マルセルの腕なら相手に魔法をかけたことを気づかせずに鑑定できると思って。それで、はっきりした。クロエの子供は俺の子じゃない。
それから、しばらくは会わなかったのに、あの女は妊娠騒ぎをやめたと思ったら俺がエリク王子に拷問されはじめた頃にやってきた。
「あなたの処刑日のために急いで免許を取るわ。あなたに判決を言いたいもの」
拷問部屋に挨拶に来たクロエはそれだけを言い残して消えた。最初は何のことか分からなかった。
クロエは、もう俺の命が残りわずかの時間しか残されていないことを知っていた。
そして、火あぶりの当日。本当にあのあばずれ女は、俺に判決を言うためだけに免許を取得して裁判官になっていた。
「お前の変わり身の早さには毎回驚かされるな」
虚偽妊娠シスターから、裁判官、今度は元勇者討伐隊隊長? 魔術で性転換して男になってまで俺を追うか?
もう、このレベルのストーカーになると俺のことなんて一つも愛してないだろ。
俺を追うことを愛してるだろ。
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