第44話 弱点

 俺が拷問して後ろで倒れている赤いドラゴンごと、第一騎士団が取り囲んだ。


 夜空にもドラゴンに乗った竜騎士が何人かやってきて、俺が空に逃げないように見張っている。ときどきドラゴンが威嚇して炎を口から吐いている。


 ふん。あんなんじゃ脅しにもならないのにな。



 

 輪の中心にいる俺に向かって赤双竜せきそうりゅうの騎士という通り名になったヴァレリーが双剣を構えて歩んでくる。問題はこっちだ。


 あのヴァレリーが団長になるとは。剣の実力は当然上達しているのだろう。リフニア国騎士団長ヴィクトルと、ノスリンジア国のグスタフ並みか、はたまた三つもある騎士団の長というからそれよりも上か。




「俺の大嫌いな、本物の決闘……」




 だいたい何故俺が一年で魔王を倒せたのか。それは、ショートカットにつぐショートカットだ。無駄な戦いはせず、無駄な争いを避け、敵と戦う羽目になっても手加減などせずに全て最強の魔法をはじめからぶつける。

 



 一度だけ色恋沙汰で、騎士団の兵と彼女の取り合いで決闘になったけど、俺は剣を使わずに背負い投げして勝ったんだ。だって、騎士道精神なんて俺にはないからな。




 牧草にヴァレリーの鎧の足跡がくっきりと残っていく。円の中心の俺と対峙して一度立ち止まる。


 第一騎士団の部下が歓声を上げる。もう勝利したような歓声だ。じりじりと時間が過ぎる。




「っけ。かっこつけすぎだろ」




 ヴァレリーは今度は俺に向かって双剣を構える。




 「くそ、あいつのペースに飲まれるな」俺は小声で自分に命令する。


 ヴァレリーは、俺が丸腰でも剣を貸すような真似はしない。俺の戦い方を知っているからな。決闘を嫌っていることも。




 以前のあいつはただのマザコン竜騎士だ。ちょっとおちょくってやればすぐへこたれるさ。




 俺と旅していたときは、俺より小さいくせに生意気に鎧なんか着て、早く騎士団に入隊したいとばかり言ってその実、剣の腕は全く駄目だった。




 それで俺があいつを仲間から首にしてやろうかというときには泣きついて女にでも何でもなるから勇者の活躍が見たいとずっと着いてきた。


 で、ヴァレリーが身につけたのが変身魔法。でも、俺は本物の女がいいんだよって蹴ってやったんだよな。




「なあ、お前がマザコンだって、この場にいる奴らは知ってるのか?」




 無反応か。




 おかしいな、前はすぐマザコンマザコン言うなって食ってかかってきたのに。すごい冷静。大人になったのは見た目だけじゃないってこと?




 俺を囲んでいる第一騎士団のモブたちが、俺を愚かだと思ってくすくす笑っている。見世物じゃないぞ。こんな屈辱、我慢ならないな。




「今、笑った奴。一人残らず処刑サクるから」




 ヴァレリーは詠唱をはじめた。右手と左手の二本の赤い剣がそれぞれ、右手が炎、左手が雷をまとう。付与ふよ魔法まほうの、たい帯電たいでん


 ノスリンジアの魔弾の弓兵も使った属性魔法。だけど、こいつのは剣の刀身から五センチほど離れた周りのものにも火傷や、感電させることができそうだな。


 俺は一定の距離を保って円を回るように歩いてヴァレリーの出方を見る。




 ほんとにこいつ俺より情けなかった年下だろうか。ヴァネッサに好きなように遊ばれていた少年じゃなかったのか。




 ヴァレリーも剣を構えたまま、俺と対角線上に回るように歩く。


「ハハハ、相変わらず私を馬鹿にするくせは直らないようだな。どうした? 私の何が気になるのだキーレ。私を馬鹿にすることで以前の私との違いを確かめているのか? 私は以前のような腑抜けた男児ではないのだ」




 中身は十四歳のはずなんだけどな。




「お前、十四歳ってのは周りに言ってるのか?」


 俺は第一騎士団に聞こえるようにわざと言ってやる。




「私のことはみなが知っている。何故ならこの私は、この国の星、希望なのだ。ここまで上り詰めた私はもはや、この国の神。お前と組んでいたこと自体、私の許せない歴史の一つだ」




 流石にここまで芝居がかると感心して笑ってしまいそうだ。よほど、俺のことが憎いんだな。あれでも仲良く魔王の首を斬り落とした仲だってのに。




 そういや、あいつは俺が魔王の返り血を浴びてへらへら笑っていると、勇者はそんなんじゃないって思い悩んだような顔をして何か噛み締めていたな。




 俺は立ち止まって不死鳥のグローブをしっかりはめ直す。殴り合いに持ち込んでやってもいい。決闘なんてまっぴらだ。




 ヴァレリーも歩みを止め、双剣をクロスさせて走ってくる。両手を開くような軌道。俺はメスの指でそれを滑らせて弾く。




 炎は不死鳥のグローブがあるから平気だが、あいつの左手に握った雷の剣は触れると少し痺れるな。




 俺が痺れた右手を軽く振ったのを、ヴァレリーは見逃さなかった。




「そうかキーレ。お前は雷が弱点か」




 しまった。早々に気づかれたか。だけど、それだけじゃ俺の命までは取れないぞ。



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