第25話 火あぶり

「嬉しいね。二回も裏切ってくれて」




「何をそんなに笑っているのかしら。あなた知ってる? 本当の処刑人はこの私なのよ」




 俺は感激の眼差しでブラボーと叫んだ。それから、ヴァネッサに確認する。


「エリク王子も来てるのか?」


「さぁ、どうかしら?」


 絶対にあいつは見に来るという確信がある。でも、あの王子のことだ。俺がわざと捕まっていることに気づいているかもしれない。



 じゃあ、ヴァネッサとのやり取りを楽しもう。だって、ヴァネッサはまだ俺がわざと捕まっていることに気づいていないからな。


「さぁ、何か言い残すことはないのかしら?」


「もう一度抱いてくれ」


 ヴァネッサは、指を口元まで運んで優雅に笑った。おお、俺の魔女様は相変わらずなまめかしいな。そして、苛立った目で俺の頬をビンタするんだ。


 きたきたきた! いつもの来た!!!




「お前は今日ここで家畜の豚みたいに殺されるんだよ!」




 きたああ! ヴァネッサ様の二重人格ドS気質! そして、反対側の頬も打つサービスつき。どうしちゃったの? やっぱり俺がいなくて寂しかったの?


 俺は興奮しないように感情をひた隠しにして懇願するそぶりをする。


「頼む、こんな人の多いところで辱(はずかし)められるくらいなら、早く処刑してくれ」


 ヴァネッサは、気をよくして先ほどくくりつけられていた鎖を、俺に手際よく巻いていく。ヴァネッサ様の公開処刑モード発動だな。




 マルセルをエリク王子に寝取られたとき、真っ先に馬鹿にしてきたのがこいつだった。


 俺が拷問されてから処刑に至るまでに、ねちねちとそのことばかり罵倒しに地下の拷問部屋まで来てくれてたっけ。




「いいキーレ? あなたは今から私の言うことを復唱するの。俺は恋人をエリク王子に寝取られた勇者だと公衆の面前で宣言しなさい」




 いきなりそれ? それだけは嫌だ。あ、もうだめだわ、こいつ。遊ぶのやめた。


 人が嫌がることを強要するのは、良くないことだと思うよ。




「ヴァネッサ。最期に確認したいんだけど。俺に火をつけたとき、どんな気持ちだった?」




 俺が拷問されて、処刑されたあの日の死因はヴァネッサによる火あぶりの刑だ。




 あのとき、あちこち傷つき、痛いところがないぐらいの状態で自分一人で歩けないので、本当に文字通り引きずって磔にされた。


 すでに薪が組まれていて、松明を持ったこいつがエリク王子の合図を待つ。


 エリク王子が無言で手をかざすと、ヴァネッサは満面の笑みを顔に貼りつけて松明を薪に投げ込んだ。


 最初は焼かれていることに気づかなかった。意識が飛んだり戻ったりしていたから。


 だけど、足の裏の皮がみずぶくれになって、皮下からリンパ液みたいなのが流れてきてかゆくなって、巻き上がる煙と熱で胸がむせかえった。


 火が足から這い上がっていることに気づいたんだ。必死で振り払おうとしたけど、火はまとわりついて離れない。




「そうね。今みたいな気持ちなんじゃないかしら。あのときって、確かあなた泣いてたわよね。涙も落ちていたかしら。わけがわからず叫んでいるみたいで、ずっと、熱い! とか痛い! って。そういうのをみんな見たいと思っているわよ。ここに集まった人たちって。私もそういうのを見せてもらった方があなたを愛せるかも」




 ああ、そうだろうな。俺の叫び声を聞いて満足してる奴らが、足元で真っ白な歯を見せて笑っていたんだ。




「今のは、俺に今すぐ処刑して下さい。って言ってる風に聞こえるんだけど」


「この色欲の塊のクズ勇者が。今ここで私がお前を処刑するっつてんのよ!」


 いいとも、こっちから先に処刑サクってやるとも。お手並み拝見といきますか。



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