113.修羅と化す⑥

「はぁ……はぁ……」


 炎の魔神との戦闘には勝利したけど、想定した以上に消耗が激しい。すぐに師匠たちの元に援護に向かいたかったのにできそうにない。無理に行ってもあしでまといになるだけだ。

 師匠たちならきっと大丈夫。師匠が僕を信じてくれたように、僕も師匠の勝利を信じよう。そう自分に言い聞かせながら、一秒でも早く回復を試みる。

 その時、もう一つの魔神の気配が消滅した。


「――勝ったのか? 師匠たちが!」


 嬉しさと期待で身体の疲れがどこかに吹き飛んだような気がする。異様に身体が軽くなった僕は、急いで師匠たちの元に駆けた。

 師匠たちも元に向かうと、魔神の姿はなくなっていた。代わりに疲れて息も絶え絶えな師匠たちを見つける。


「師匠!」

「フレイ!」


 一目見て、お互いに無事であることを理解した。それが嬉しくて、思わず抱き着いてしまった。師匠も僕と同じ気持ちだったらしい。


「倒した新ですね! 師匠」

「うん! フレイも勝ったんだね!」

「はい! 師匠たちが無事でよかったです」

「こっちのセリフだよ! もう、さすが私の弟子だね」


 互いの心音が、温もりが感じられる。温かくて心地いい。ずっとこうしていたいと思えるほど、師匠と触れ合えるこの距離は格別だ。


「ほっほっほっ、若いのう」

「お前らは相変わらずだな」

「フレイから離れろ。今はまだ戦時だ」

「うっ、ご、ごめんなさい」


 ムスッとしたグレー兄さんの圧に負けて師匠が離れてしまう。僕としては残念だけど、確かに戦いはまだ終わっていない。

 僕は地上での戦いに視線を向ける。


「下の魔物はなんとかなりそうですね」

「みたいだね。けど……」

「はい」


 緊張は解けない。エクトスの姿がどこにもない。戦況はほぼ決したというのに、姿を見せないのは不自然だ。心臓も二つ、回収できている。


「学園長」

「心臓の封印なら無事なはずじゃ。何かあればすぐに知らせがある」

「そうですか……」


 安心していいのだろうか?

 地下の心臓も無事なら、エクトスはなんのために攻め込んできたんだ?

 僕たちを殲滅するため……にしてはやり方が単純すぎる。自分自身が手を出さず、魔神と魔物を放つだけで済まそうとするなんて。

 直感でしかいのだけど、エクトスには何か別の目的があったように思えてならない。だとすればエクトスはどこに……いつ現れるんだ?


「――彼ならここには来ないよ」


 その時、ひりつく風が吹き抜けた。聞き覚えのある声と共に。

 僕たちは一斉に振り向く。


「セト……さん?」

「やぁ、待たせたね。フレイ君」


 彼はすぐ近くまで接近していた。誰一人、彼の接近に気付けなかった。僕を含めみんな疲弊している。それでも、警戒は解いていなかった。

 いや、驚くべきことはそこじゃない。もっと尋常じゃない現象が起きている。


「……本当に、セトさんなんですか?」

「ん? ああ、俺はセト・ブレイセスだよ。君たちから心臓を奪って消えた悪い魔術師だ」

「セトさん……貴方はまさか……」

「う、嘘でしょ? 魔神の心臓を……取り込んだの?」


 師匠も気づいていた。師匠だけじゃない。この場にいる全員が感じ取っている。セトさんの中に、彼とは異なる魔力が宿っていることを。


「そうだよ。俺の中に魔神の……雷の力があるんだ」

「し、信じられない。人間が魔神の力に耐えられるなんて……しかも自我を保っていられるなんて」

「奇跡……ですね」

「ああ。まさに奇跡だよ。だけど……奇跡は長く続かないんだ」


 その言葉の意味を、僕と師匠は真っ先に理解する。人間が魔神の力を宿すという奇跡。セトさんが優れた魔術師だから起こせた現象なのは間違いない。

 それでも、魔神の力は人間の身には余る。今、こうして平然とし至れる時間も奇跡で、長くは続かない。

 セトさんも気づいているんだ。自分が急速に死へ向かっていることに。そんな状況で、僕たちの前に現れたのは……。


「そういうわけだからさ。フレイ君、俺と戦ってくれないか?」

「――!?」


 驚きはした。けど、そう言われる気はしていた。彼の望みを、目指しているものを僕は知っている。


「俺はは魔術の深淵を見たい! 今の僕は限りなく深淵に近づいている。あと少し……あと一歩で届くはずなんだ。その一歩のために、君と戦いたいんだよ」

「……どうして僕なんですか?」

「そんなの決まっているじゃないか! 君が、君こそが! 現代最強の魔術師だと俺が思っているからだよ!」


 現代最強の魔術師……そんな風に思ってくれていたのか。師匠ならまだしも、出会って数日しか経っていない相手に。

 いいや、時間は問題じゃないな。現代魔術の頂点、特級の一人であり最高の風魔術の使い手にそう思ってもらえる。なんて名誉なことだろう。

 そんな風に言われたら、断れるはずないじゃないか。


「わかりました。やりましょう」

「ちょっ、フレイ!?」

「はい。師匠も気づいていますよね? セトさんに敵意はありませんよ」

「そ、それはそうだけど……君はもうボロボロでさっきまで魔神と戦っていたんだよ? そんな状態で勝てるの?」


 師匠は心配そうに僕を見つめる。師匠の言うことはもっともだ。身体はボロボロで、魔力も底が見えている。満身創痍、とまではいかないけど、疲弊した状態だ。

 それでも僕は、師匠に笑いかける。


「大丈夫です師匠。僕は負けません」

「フレイ……」

「僕は師匠の、賢者の弟子ですよ? それに……」


 僕はセトさんと視線を合わせる。


「現代最強と言って貰えたんです。なら僕は、その言葉に応えたい」

「フレイ君……」

「……はぁ、もう! 言っても聞かないんだよね!」

「はい。すみません」


 呆れる師匠に僕は申し訳なく笑う。


「いいよもう! 君の好きにすればいい! その代わり……絶対に負けちゃ駄目だぞ」

「もちろんです」

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