112.修羅と化す⑤
「約束だと? 裏切者がよく言うじゃないか」
エクトスが叫ぶようにセトに言い放った。お前は自分と同じなのだと。約束なんて綺麗事を口にする資格はないと。
そういう意味だと理解しながら、それでもセトは笑う。
「そうだね。俺も君も裏切者だ。信じてくれた仲間を騙した最低な人間だ。そういう人間の最後っていうのは、いつだって決まっているんだよ」
「……」
「わかるだろ? 破滅だよ。俺も君も、いつか必ず破滅する」
「破滅……か。ふっ、それは失敗すればの話だ。俺は失敗しない。君と違って」
「俺だって失敗はしていないさ。いや、失敗するとかは関係ないんだ。他人の好意を裏切った者の行く末は決まっているんだよ。どう足掻こうと変わらない。ただ、俺の破滅は今じゃないんだ」
状況は劣勢、圧倒的に不利。無傷なエクトスに対して傷だらけのセト。勝敗はすでに決したとエクトスは考えていた。もはやセトに挽回の手立てはないと。
故にエクトスは無造作にセトの元へ歩み寄る。
「そうか。遺言はそれで終わりか?」
「遺言……じゃないよ。俺はまだ終わらない。ずっと考えていたことがあるんだ。この心臓の使い方について」
「――!? なんだと?」
不穏な一言にエクトスがピタリと歩みを止める。
「ねぇ、君はこの心臓についてどこまで知っているのかな?」
「どういう意味だ? まさか俺より心臓について詳しいとでもいうつもりか?」
「それはないな。君のほうが絶対に詳しいよ。俺が聞いているのは知識の量じゃなくて、視点のことだ」
「視点?」
魔神の心臓は文字通り、魔神の核となる臓器。否、臓器の形を模しているだけでまったく別の物ではあるが、生物にとっての心臓と同じ役割を持っている。
エクトスは心臓に魔力を流し込むことで、魔神の肉体を復活させた。魔神の肉体は魔力で構成されている。つまり、魔力に寄って心臓の器を形成している。
「心臓は力の核で、その核を宿すための器を魔力で作り出している。肉体、器は心臓の力を発揮するためのものだ。だったら、心臓を別の器にはめ込んだらどうなるんだろうね?」
「……まさか――」
「俺はずっと考えていたよ。この心臓こそ、人間の限界を突破する鍵になるんじゃないかってね!」
「待て!」
エクトスの静止を無視して、セトは心臓を飲み込んだ。自らの肉体に魔神の力を取り込んだ。
「本当に……飲み込んだのか」
「ぐ、う……うああああああああああああああああああああああああああああああ」
魔神の心臓を人間が取り込む。その可能性をエクトスは考えなかったわけじゃない。異質とはいえ魔力であるなら、人間にも扱える可能性がある。
ただし、限りなく低い可能性でもあった。魔神の魔力の異質さ、膨大さは人間の器に収まる程度を越えている。適応できる可能性は、万に一つもない。
そんな無謀な賭けに出ることなんて考えもしなかった。そして思いもしなかった。まささ本気で無謀な賭けに挑む者がいることを。
「無理だ。適応できるはずがない……」
「……無理……とは、わからないよ!」
「なっ! 馬鹿な」
エクトスは感じ取る。セトの肉体に流れ込んだ魔神の魔力と、彼自身の魔力が混ざり合っていく気配を。荒々しく流れていた水流が、穏やかに美しく流れ出すように。
「魔力の暴走が……止まった?」
「賭けには成功したみたいだ」
失われていたセトの魔力が回復する。それどころか本来の魔力量を大幅に超えていく。彼の魔力の影響で大気が揺れる。そして、雷が走る。
「くっ、雷? 本当に取り込んだというのか……魔神の心臓を」
「そうみたいだ。自分でも驚いているよ。風だけじゃない……雷が、天が、俺に応えてくれるようだ」
荒々しく吹き荒れる風と、鳴り響く轟音と走る光。彼は今、雷を操る力さえ手に入れてしまった。
「さぁ、続きを始めようじゃないか!」
「……いいや、ここまでだな」
戦いを再開しようとしたセトに対して、エクトスは警戒を解いて後ずさる。彼の瞳からはすでに戦意は失われていた。
「ん? なんだい? 降参するのかな?」
「戦う必要がなくなった。理由は……君が一番よくわかっているんじゃないのか?」
「……なんだ。気付いてるのか」
「見ればわかる。奇跡というのは、永遠ではないんだ」
「ははっ! 中々深いセリフだね。もっともだよ」
セトは呆れたように笑う。彼も臨戦態勢を解いていた。両者から戦う気が失せ、エクトスは無防備に背を向ける。
「精々足掻くといい。残された最後の時間で」
そう言って影の中に消えたエクトスを見送り、セトは空を見上げる。
「……そうだね。そうさせてもらうよ」
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