95.どうでもいい
「さーて、気を取り直して向かおうか」
「……そうですね」
「うん……」
なんとも微妙な空気の中、僕たちはアステカの墓地を目指して南へ進む。
途中まで街道を進み、墓地のある山岳地帯に入る前までいくつか街がある。
休息は最小限にしつつ、街で一夜を過ごすことになるだろう。
その時は気を付けないといけないな。
別に何か特別なことをする時じゃなくても。
「セトさん、一応確認したいんですけど……他に変なこと聞いていないですよね?」
「聞いてないよ。君たちのことはそれくらいだ」
「僕たちはって……他の人の夜も盗み聞きしてるんですか?」
「なんだいその疑いの目は! 別に好きでしてるわけじゃないさ。聞こえてくるんだから仕方がないんだよ」
セトさんは堂々と言い切った。
それは言い訳になっていない。
「もしかして……そういう場面の盗み聞きを意図的にやったりとか……」
「してないさ! 大体これでわかるのは声と体勢くらいだよ? 君たちのあれだって、どういう体勢で逢瀬をしてたかくらいしか――」
「氷麗――」
「いやなんでもない。何も覚えていないよ俺は!」
わざとらしく誤魔化すセトさんの態度に、僕は大きくため息をこぼす。
まだ知り合って間もないけど、この人のことがなんとなくわかってきた。
この人はいろんな意味で純粋で、子供みたいなんだ。
「はぁ……もっと役に立つ情報とかないんですか? エクトスのこととか、墓地のことでも」
「うーん、エクトスっていう賢者の同行は俺も探っているんだけどね。残念ながら風は無反応だよ。会ったことはないが余程の術師だね」
「……そうですね。認めたくありませんけど」
エクトスは神出鬼没。
いつ、どこに現れるのかわからない。
セトさんの風でも掴めないということは、それだけ警戒されているということだ。
「墓地のほうはないんですか?」
「そっちねー、うーんと……何か聞いた気はするんだけど忘れたな」
「忘れたって……」
「ごめんね。たぶんそんなに大した情報じゃなかったと思うよ。思い出したら教えるから」
なぜ僕と師匠のことは覚えていて、そっちの重要そうな話は忘れるんだよ、
と心の中でツッコミを入れる。
この人の記憶力はどうなっているんだと呆れながら、僕は師匠に話をふる。
「師匠はご存じなんですよね? 今から行く墓地のこと」
「千年前のことなら知ってるよ? さっきも言ったけど、あの頃はアステカの墓地なんて名前じゃなかったんだ」
「なんて呼ばれていたんです?」
「えっとねぇー、始まりの地、だったかな?」
かつてその地には王朝があった。
今からずっと昔、師匠たちが過ごした千年前よりもさらに大昔のお話だ。
その王朝の名こそ、アステカという。
僕が知っているのはその程度だ。
歴史が深く、とても貴重な遺物であるという話は聞いたことがあった。
だけど僕はその辺りに興味がなく、故に情報に疎い。
それを補うように師匠が当時のことを交えて話してくれた。
「あの地で生まれた文明が、世界で最初に生まれた文明って言われてるんだよ」
「だから始まりの地なんですね」
「そうだよ。今は墓地って呼ばれているんだよね? けどあそこにあるのはお墓じゃなくて、当時使われていた王宮だよ」
王城が王族の住まう家なら、王宮は王や国に属する者たちが仕事をする場所だ。
文明が生まれた大昔から現代に至るまで、その役割か変わっていない。
長い年月をかけて受け継がれてきた伝統とでもいうのだろう。
それがなんの食い違いか、墓地と呼ばれるようになったようだ。
「そんな場所で魔神と戦ったんですね」
「うん。魔神との戦いに場所やタイミングなんて関係なかったからね。見つけたら戦って、倒すしかないんだ。そうじゃないと被害が増えてしまうから」
場所なんて関係ない。
たとえそこが、世界的に価値ある場所であろうとも。
魔神との戦いはそういうものなんだ。
王都で魔神と戦った時、師匠が王都を守ってくれたから被害は最小限に抑えられた。
あの時の僕は目の前の敵と戦うことに夢中で、周りなんて見ている余裕はなかった。
「雷の魔神との戦いは、どんな感じだったんですか?」
「時間はすごく短かったよ。だけど激しさは、他の魔神との戦いよりも凄かった」
「それは俺も気になるな! 魔神はどんな魔術を使っていたんだ? それに対抗した賢者たちは? 特別な魔術とか使ってなかったか?」
「え、あ、えっと……」
唐突にぐいぐい質問してくるセトさんに、師匠はタジタジな様子。
好奇心いっぱいに目を輝かせ詰め寄ってくるセトさんに困っている。
「セトさん一つずつ聞いてください。師匠が困っています」
「おっとすまない。知りたいと思ったらつい前のめりになってしまうんだ」
「前のめり過ぎですよ。どれだけ魔術が好きなんですか」
「どれだけって? そんなの言葉じゃ表しきれないくらいさ! 魔術は俺にとって全てだからね!」
そう語るセトさんの瞳は純粋で、よどみのない好奇心と期待に満ちていた。
そんな彼を見つめながら、師匠がぼそりと尋ねる。
「どうして、そこまで魔術が好きになったんだい?」
「今度はどうして、か。それなら答えられるよ。きっと君たちも同じ気持ちだろう。魔術っていうのは不可能を可能にする力だ。翼のない身で空を飛んだり、強大な魔物と戦うことも出来る。ちっぽけな人間が何者にもなれる。まさに神秘の結晶……それが魔術だろう?」
僕たちに同意を求めるような疑問形の言葉に、僕と師匠は静かに頷いた。
彼の言っていることが僕たちにもわかる。
「そんな魔術のことを知りたい。俺は魔術の深淵ってやつに興味がある。むしろそれ以外には興味がないんだよ。それを知るために生きていると言っても過言ではないほどにね」
彼は声色を一切変えず、淡々とした口調で続ける。
「魔術の深淵さえ見られれば良いんだ。それ以外はどうでもいい。俺自身の全ても、それ以外の全ても……どうでもいい」
「ハッキリしてるんだね」
「ああ。それが俺の進む道だからね」
セトさんの魔術好きは、それに全てをかけられるほど深いということが理解できた。
と同時に少しだけ危うさも感じつつ、僕たちは会話を弾ませ南へ向かう。
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