91.頼もしい味方

 沈黙が続く学園長室で、僕とセトさんは並んでいた。

 立っているわけではなく、座っていた。

 ただ座っているのではなく、綺麗に膝を折りたたんで地面についている。

 要するに、正座をしていたわけだ。

 目の前には、とても怖い顔をした学園長がいて、僕たちは揃って下を向いている。

 なぜ顔を見ないのかって?

 そんなの決まっているよ。

 だって怖いからね。

「それで? 戦いに夢中になって気が付いたら壊れていたというんじゃな?」

「……はい」

「その通りでだけどじーさん、先に一つ言わせてもらえない?」

「なんじゃ?」


 僕より先に顔をあげて、セトさんが何か言うようだ。

 この状況だし、発言には気を付けないといけない。

 言えることは限られている。

 おそらく謝罪だろうとは思ったけど……。


「俺たちの力に負ける訓練室さんサイドにも問題があると思うんだよ」


 そんなことは全然なくて、思いっきり言い訳だった。

 これには学園長も驚き目を見開き、次の瞬間には怒りが大爆発だ。


「バカ者がぁ! 言い訳の前にまず謝罪せんかぁああ!」

「うっ、ご、ごめんなさい?」

「始める前に言ったじゃろうが! やり過ぎるなと!」

「あ、ああ……そんなこと言ってたっけ」


 覚えていないと言わんばかりに目を逸らすセトさんだけど、僕も師匠たちもしっかり聞いていた。

 知らないのはその場にいなくて、今は一緒にいるエヴァンだけだろう。


「大体まずわかるじゃろ!? ここは魔術師を目指す者たちの学び舎じゃ! お前たち特級に合わせて作ってはおらん!」

「い、いやでもほら、訓練室なんだからもっと頑丈にしないと」

「あれで十分頑丈なんじゃ! 少なくとも一級以下の術師では精々傷をつける程度で精一杯じゃ。それをぱっくり割りおって! 修理にどれだけかかると思っておるんじゃ! そもそもじゃ……そもそもお主は三度目じゃろうが!」


 学園長が声を荒げて怒声をあげる。

 まさか三度目だったなんて、さすがの僕も驚きだ。

 それなら最初から貸さなきゃよかったのに……とか思ったけど口にはできない。

 たぶん僕が一緒だったから気を利かせて貸してくれたんだろうし。

 だとしたら本当に申し訳なくて頭が上がらないよ。


「いいかセト! 金輪際、いかなる理由があろうとも学園の訓練室は使わせん!」

「えぇ! それはあんまりだよ。というか俺だけ?」

「フレイは初犯じゃ。そもそも、お主が勝負するなどと言い出さんかったら壊れることもなかったじゃろう」

「そんなたらればで処罰に差を付けないでほしいな」

「愚か者が! お主はまず反省せい!」


 まったく反省している様子を見せないセトさんに、学園長も顔を真っ赤にして叱り続けていた。

 その様子はまるで、言うことを親に反抗する子供を叱っているようにも見える。

 まぁ今は僕も怒られている側にいるし、傍観できる立場にはいないのだけど。

 セトさんが学園長に怒られているお陰で、僕はあんまり怒られない。

 セトさんが怒りを一身に受けてくれているのだと思うと、なんだか申し訳ない反面、兄に庇われている弟の気分だ。

 数分後。

 怒り疲れた学園長が長く深いため息をもらす。


「まったく……フレイよ。お主も以後気を付けるのじゃぞ? 特級の名を持つということは、他の魔術師と一線を介する力を持つということじゃ。自分の力を自覚しておくことじゃな」

「はい。すみませんでした」

「うむ。それでどうじゃった? 同じ特級と戦ってみた感想は」


 学園長は穏やかな表情で尋ねて来た。

 怒りは一先ず治まってくれたようだ。

 そう感じたから僕も、正直に答える。


「楽しかったです。何のしがらみもなく純粋に戦えたのは、これが初めてでした」

「そうか。それは良かったのう」

「はい。セトさんもありがとうございました」

「いやいやこちらこそだ。俺も良い経験が出来たよ。まさか初見であそこまで完璧に対応されるなんて思わなかった。俺の魔術もまだまだ完璧じゃないな」

「それはお互い様ですよ」


 魔神や賢者様以外にも、強い魔術師は存在する。

 激動の時代から千年以上経った現代にも、魔術の極致に手を伸ばす人がいるんだ。

 それを知れて良かった。

 僕はまだまだ強くなれる。

 いいや、強く成らなきゃいけない。

 彼らを越えて、僕と師匠の魔術が最強だと証明するために。

 僕は正座から立ち上がり、師匠に向って言う。


「師匠、僕はもっと強くなりますよ」

「うん。知ってるよ!」


 師匠は偽ることなく笑顔で答えてくれた。

 師匠の期待もある。

 この戦いは僕にとって有意義な一戦になった。

 そしてそれは、僕だけじゃなくて……。


「エヴァンはどうだった? 参考になったか?」

「ああ……ああ! 君の言う通りだったぞフレイ! 二人の戦いを見られて良かった! お陰で、僕がこれから目指すべき道が決まったよ」


 そう言って彼は、よいしょと言いながら正座から立ち上がるセトさんを見る。

 セトさんもその視線に気づいて目を合わせた。


「ん? 俺かい?」

「はい! 貴方こそ僕たち風使いが目指すべき道を行く先人です! 貴方を見ていたら、自分に何が足りないのかがわかってきました」

「そう? いやー目標にされるってなんだか照れるね~」

「間違っても性格は真似るでないぞ? エヴァンよ」

「そこは大丈夫です!」


 ハッキリと答えたエヴァンに、セトさんはありゃりゃと言いながら膝から崩れていく。

 リアクションも面白い人だ。


「セトさん。この後はどうしますか? 魔神の話を聞きたいと言っていましたけど」

「ああ、それなら旅の道中でも聞かせてもらうさ」

「旅? え?」

「君たちは魔神の心臓を探す旅をしているんだろ? それに俺も同行することに決めたんだ」


 あまりにあっさりとした宣言だった。

 僕は初耳だし、学園長も知らなかったようで驚いていた。

 決めたと言っているけど、まさか今決めたわけじゃないだろうか。

 この人ならあり得そうだと呆れてしまう。


「先に言っておくけど、拒否しても勝手についていくからそのつもりで」

「……師匠はどうです?」

「私は良いよ? フレイが良いなら」

「そうですか。なら……」


 彼の実力は身をもって体験した。

 風の賢者様と同じ境地に手を伸ばす現代の魔術師。

 これほど頼もしい味方はいない。

 断る理由なんてないだろう。


「わかりました」

「よし決まりだ! それとフレイ君、いつかまた戦おう。今回は決着がつかなかったから、今度は最後まで」

「そうですね。次こそは決着をつけましょう」


 そうして僕たちは固い握手を交わした。

 お互いに実力を認め合い、いずれ決着をつけるという約束を結んで。


 この日よりしばらくして、僕たちは死闘を演じることになる。


 敵として。

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