86.戦いの風が吹く

「実にありがたいよ。これで王都に足を運んだかいがあったというものだ」

「そういえば、今まではどこにいたんですか?」

「ん? ずっと北のほうだよ? 異常なほど寒い所だったな」

「それは任務か何かで?」

「いいや? 風の向くまま気の向くままってね。俺は旅人なんだよ。なんとなく風に従って世界中を巡っているのさ。任務を受けろと上はうるさいけど御免だね。俺は縛られるのが大嫌いなんだ」


 堂々と演説するように語るセトさんの後ろで、学園長はやれやれと首を振っていた。

 なるほど。

 以前に学園長が言っていたのはこの人のことか。

 任務も受けずいうことを聞かない特級が二人いる。

 そのうちの一人が今、目の前にいる彼なのだろう。

 なれば王都へ来たのも任務とかではなくて……。


「僕たちの噂を聞きつけて、興味があったから戻ってきただけなんですね」

「ん? そうだけど? そじゃなきゃ、こんなに人が多くて騒がしいだけの場所に戻ってきたりしないさ」

「王都が嫌いなんですか?」

「嫌いというか、肌に合わないんだよ」


 そう言って彼は苦笑いを見せた。

 なんとなく、その気持ちがわからなくもない僕は、彼の笑顔に同調して一緒に笑う。


「それで、今から話せば良いんですか? ここで?」

「うーん、そうだね。それでも構わないんだけど……」


 セトさんはチラッと学園長に視線を向けた。

 目が合った学園長は難しい顔を見せ腕を組み、ため息交じりに言う。


「ワシは構うぞ。ここはワシの部屋じゃ」

「ですよね~ というわけだから場所を移そうか? じーさん悪いんだけど、この学園で一番広い訓練室を借りてもいいかな?」

「構わんが……やりすぎるでないぞ?」

「わかってますって」


 学園長は呆れながら許可を出し、セトさんはなんだかウキウキしているように見える。

 訓練室で話の続きをするのかと一瞬思ったが、たぶん違うだろう。

 何をするかの答えは、すぐにセトさんが教えてくれた。


「それじゃフレイ君、一緒に訓練室へ行こうか? そこで俺と、戦ってほしい」

「話は良いんですか?」

「それは戦いが終わった後で良いよ。俺は今すぐにでも見てみたいんだ。魔神すら退けた君の魔術がどれほどのものかを」

「なるほど」


 子供の様に無邪気な笑顔だ。

 この人は本当に、魔術のことが大好きで、自分が知らない魔術への興味を隠さない。

 あくなき魔術への探求心はまるで、師匠を見ているようだった。


  ◇◇◇


 学園内にある訓練室に移動する。

 以前、エヴァンに勘違いされて戦いを挑まれた時も、同じ部屋を使わせてもらった。

 何もない殺風景な部屋だ。

 ただ広く、自由に飛び回って戦うことが出来る。

 ここへ来ると思い出す。

 あの頃はまだ、障害がありつつも学園生活を送っているのだろうと予想していた。

 でも実際は、学園と飛び出して旅をしている。

 今さら振り返ってみると、なんだか夢みたいだな。

 それはそれとして……。


「……で、なんでエヴァンがいるんだ?」

「無論見学に来た!」

「いや……僕が聞いたのは何をしに来たのかじゃなくて」

「聞きつけたのは偶然さ。なんとなく歩いていたら君たちがいた。それでついてきた!」


 学園長の部屋から訓練室に移動中、いつの間にかエヴァンが隣にいて一緒に歩いていた。

 珍しくエレナさんは一緒じゃない。

 話を聞く限り、授業の合間にふらりと廊下を歩いていただけのようだ。

 どれだけタイミングが良いんだと呆れてしまう。


「見学は駄目なのか?」

「僕は別に良い。あの人も、特に何も言ってこないし大丈夫だと思う」


 すでにセトさんは僕たちから離れ、反対の壁際で待機している。

 その表情はいつでも大丈夫だと言っているようだった。


「それにエヴァンは見たほうが良い」

「む? どういう意味だ? そういえば今さらなのだが、あの方はどちら様だ?」

「……知らなずについてきたのか」


 ほとほと呆れるほどタイミングの良い男だ。

 同じ風を扱う魔術師同士、見えない何かで惹かれ合ったのだろうか。

 どちらにしろ強運だ。

 同じ属性を扱う魔術師にとって、自分より優れた者の戦いを見られる機会は貴重だから。

 それも今回の相手は、現代魔術界最強の風使い――


「あの人はセト・ブレイセス。僕と同じ特級魔術師で、お前と同じ風使いだ」

「なんと! そうだったのか……どうりで彼を見てから震えが止まらないわけだよ」


 エヴァンは笑っていた。

 その震えは恐怖ではなく、歓喜だと僕にもわかる。

 自分より先を行く魔術師に出会えたことを身体が喜んでいるんだ。


「よく見てると良いよ」

「うむ。瞬きもしないと約束しよう!」

「それはしてくれ。それじゃ師匠、ちょっと行ってきますね」

「うん! 頑張ってきてね!」


 最後に師匠の可愛いエールを聞いて、やる気と元気が注入される。

 僕は二人から離れ、セトさんのほうへと歩み寄る。

 それに合わせてセトさんも、僕に向って歩き始めた。


「ようやくかな?」

「はい。お待たせしました」

「そうか。それじゃさっそく――」


 セトさんが力強く地面を踏みつける。

 その瞬間、彼を中心に突風が発生して四方に吹き抜ける。

 試合開始のベルのごとく、風が知らせる。

 僕たちの戦いが始めたったのだと。

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