85.セト・ブレイセス

 翌日の朝。僕たちの元に学園からの使者が訪ねてきた。

 なんでも僕たちに合わせたい人物がいるから学園に来てほしいという。

 そろそろ王都を出発するつもりでいた僕たちは、出発前の挨拶もかねて学園に足を運んだ。


「会わせたい人って誰なんだろうね~」

「さぁ?」


 僕たちに知らせをくれた人も、合わせたい人物の情報は持っていなかった。

 知っているのは学園長だけのようだ。

 見当がつかないまま僕たちは学園の敷地に足を踏み入れる。

 それにしても今日はやけに風が強い。

 木々が揺れ、葉が舞い上がる。

 室内に入った僕たちは、そのまま一直線に学園長が待つ部屋へと向かった。

 トントントンとドアをノックして、学園長の許可が聞こえてから扉を開ける。

 誰が待っているのか期待していたのだけど……。


「突然呼び出してすまなかったのう」

「いえ、それより……」


 部屋の隅から隅まで見渡す。

 他の気配なく、隠れている様子もない。


「学園長一人ですか?」

「うむ」

「会わせたい人がいると聞いたんですが?」

「そうなんじゃがのう。あのアホめ、待っておれと言ってたんじゃが……まぁ立ち話のなんじゃ。そこに座ると良い」


 学園長は呆れたようにため息をこぼし、僕たちに座って待つように言った。

 僕と師匠は言われた通りにソファーに腰を下ろす。


「すまんのう。ついさっきまではおったんじゃが、気づいたらどこへ行ってしまったようなんじゃよ」

「はあ……」

「まったく困ったものじゃ。毎度人を待たせてフラフラと出かけおって」

「な、なんだか大変そうだね」

「ですね」


 僕が知っている学園長はいつも落ち着いていて、話し方も優しい。

 そんな彼がアホと言ったり、呆れていたり。一体どんな人物なのか、より一層興味が湧く。


「少々待ってもらえるかのう? ワシが探しに行ってくる」

「あーいえ、そこまでして頂かなくても」

「そうはいかん。お主らの時間は貴重じゃ。こんなことで無駄には――ん? はぁ……どうやら探しに行く必要はなくなったようじゃな」


 学園長が窓のほうへと視線を向ける。

 すると突然、窓が勢いよく開き、冷たい風が吹き抜ける。

 今日の風は一段と強かった。

 それでも窓を強引に開ける程ではなかったのに、窓は勝手に開いていた。

 それもそのはずだ。

 こうして吹き抜けた風は自然のものではなくて……。


「この風……」


 僕はこの風を知っている。

 つい最近、同じ風を感じたから。

 師匠も僕も気づいていた。

 会わせたい人物が誰なのか。

 その答えが、窓の外からふわっと舞い降りる。


「――っと、ギリギリセーフかな?」

「間に合っておらんわ! あれほど勝手に行くなと注意したじゃろう!」

「いやー悪いねじーさん。俺も待っているつもりだったんだけど、良い風を感じたからついな。でも戻ってきたから良いだろ?」

「良くないわ。まずワシではなく二人に謝らんか!」


 珍しく声を荒げて怒る学園長を前に、彼は爽やかに笑って返す。

 そんな態度じゃもっと怒られそうだけど、学園長は呆れていた。

 彼は僕たちに視線を向け、ニコッと微笑む。


「貴方は昨日の……」

「やぁ二人とも、昨日ぶりだね」

「む? なんじゃお主らもう会っておったのか? ならばわざわざワシに言わんでも良かったじゃろう」

「いやいや、昨日は偶々会っただけだし。二人ともデート中だったみたいだし、邪魔しちゃ悪いだろ?」


 そう言って彼はウインクをする。

 デート中とは一言も話してなかったけど、彼には気付かれていたみたいだ。

 僕たちがデート中だと気づいて気を遣ってくれたのか。

 なるほど、誰かはわからないけどこの人は良い人だ。

 師匠は学園長の前で昨日のデートをばらされて恥ずかしそうだけど。

 しかしこれで合点がいく。

 名乗っていないのに彼が僕たちの名前を知っていたのは、学園長の関係者だったからか。

 ただしまだ、彼が何者なのかという疑問の解決には至っていない。


「それで、貴方は誰なんですか?」

「ん? ああ、そういえばまだ名乗ってなかったね? 初めましてフレイ君、アルセリアさん。俺はセト・ブレイセスだ」

「セト・ブレイセスって――」

「さすがに名を聞けばわかるか。そうだよ。君と同じ、特級の名を冠する魔術師だ」


 この人があの……『風来』の異名を持つ特級魔術師セト・ブレイセス。

 世界最強の風使いと呼ばれ、大気を支配し嵐を起こすも治めるも自由自在。

 風に関する様々な逸話を残しながら、普段から国中を旅していることもあって、僕を含むほどんどがその実態を知らない。

 特級魔術師ほど有名でも、顔を見たことがないのだから知るわけもない。

 昨日の出来事で相当な使い手だとは思っていたけど、まさか特級とは……。


「――それで、特級の貴方が僕たちに何の用ですか?」

「おっと警戒しないでくれ? 別に変なことは考えてない。ただ知りたいと思ってね」

「何をですか?」

「君たちは魔神と戦ったんだろ? それに今も、魔神の心臓を集める旅をしているそうじゃないか!」


 この人も僕たちの役目を知っているのか。

 別に驚くことじゃない。

 特級なら機密性の高い情報だって開示されることがある。


「知りたいのは魔神のことですか?」

「それも気になるな。けど、俺が一番知りたいのはそこじゃない。君の……いや、君たちの魔術についてだよ!」

「え、僕たちの?」

「そう! かの魔神と渡り合えるほどの魔術師なんて会ったことがない! しかも扱う術式も特殊だと聞いた! そんなの気になるに決まっているだろ!」


 急に上機嫌になったセトさんは、新しいおもちゃを強請る子供みたいな表情で僕の両肩をガシッと掴んでくる。


「なぁ話してくれ! 魔神との壮絶な戦いを! あとできれば術式も直で見たいな! 昨日は遠目だし一瞬だったからね」

「ちょっ、揺らさないでください! わかりましたから」

「本当か? いやー嬉しいなぁ」


 肩から手を退けてもらって、僕はため息をこぼす。

 この時、僕はとある噂を思い出していた。

 特級魔術師セト・ブレイセスは、世界一番魔術が大好きで、あらゆる魔術を見て知るために旅をしているという。

 どうやらその噂は本当だったらしいと、今しがた確信した。

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