64.賢者の隠れ家

 イフリートと対峙する僕を、師匠たちは見守る。

 互いに動かず、間合いも詰めることなく見合っている状態が続く。

 まるで人間と戦っているような感覚だ。

 炎の賢者様の半身というのは、意識や戦い方も受け継いでいるのだろうか。

 だとしたら侮れない。

 元より侮ってなどいないが、より一層集中するべきだ。


「すぅーはー」


 呼吸を整える。

 イフリート自身が超高温の熱を帯びている。

 千刃氷柱はあれの身体に触れた直後に爆発して、威力が散ってしまったのだろう。


「だったら小細工はなしだ」


 僕は両拳を強く握る。

 防御のために発動していた【氷鎧】を強化して、接近戦に持ち込む。

 一歩踏みしめたマグマが凍って足場となり、力強く蹴り出して砕ける。


「いくぞ」


 イフリートも反応する。

 急接近した僕に対して構えを取り、僕の打撃を肘で受ける。

 そのまま廻し蹴りを繰り出すが、瞬時に身を屈めて回避、今度は足もとを狙う。


「っと!」


 僕は軽く跳んで足払いを交わしてから、空中で身を捻ってイフリートの顔面に蹴りを入れる。

 しかしこれも防御される。

 イフリートは両腕を交差して蹴りを受け止めた。

 交差した両腕を開き、僕の脚を弾く。

 僕は空中で一回転して体勢を整え、殴り合う前に立っていた地点に再び着地する。


「まるで人間みたいな動きだな」


 さっきから何度もそう思わされる。

 見た目こそ小さな魔神みたいだけど、中に人間が入ってるんじゃないのかと。

 それほど賢者様の術式が精巧で、完成されているということだ。


「これほど術式、壊すのが惜しくなるな。けど……」


 こっちにも通らないといけない理由があるんだ。

 賢者様には悪いが、押し通らせてもらおう。

 僕が拳を振るうと、イフリートも対抗して拳を振るう。

 超至近距離での殴打合戦。

 冷気の拳と炎熱の拳のぶつかり合いは、一撃一撃が爆発を生む。


「イフリートと殴り合ってやがる……」

「凄まじいな。どちらも」


 シルバ兄さんとグレー兄さんが息を飲む。

 そんな中師匠は冷静に僕らの戦いを見ながら呟く。


「あの頃より弱いなぁ。ってことはやっぱりあいつじゃなくて……」

「弱い? あれでかよ」

「え? うん」

 

 信じられないと言いたげなシルバ兄さんに、師匠は僕を指さして言う。


「だってほら、フレイも余裕みたいだよ」


 交差する二つの拳。

 ぶつかり合う熱と冷気の爆発はリズムを刻む。

 攻撃の威力にも、速度にも慣れて来た。

 動きは精密だし、こっちの行動に合わせて裏をかこうともしてくる。

 間違いなく強い。

 その辺の魔物なんて比較にならないだろう。

 ただ――


「魔神よりは……弱い!」


 僕は打撃の速度を加速させる。

 蹴りも交え、的確に頭部と心臓部を狙う。

 イフリートは対応しきれずに防御の割合が多くなっていった。

 強さも戦い方も魔神に近いけど、所詮は使役術式。

 賢者様の半身なら賢者様本人にも及ばない。

 その程度じゃ、今の僕には傷一つ付けられない。


「これで終わりにしよう」


 見たい物は十分に見れた。

 もう満足だ。

 僕は右拳に魔力を集中させ打撃を放つ。

 イフリートも対抗して、右拳を放ってぶつけ合った。

 打撃の攻防が止まり、一瞬の静寂が訪れる。

 そして――


 ピキピキ、パキ。


 僕の拳に触れているイフリートの拳から凍結が始まる。

 そのまま腕、上体と続き、全身まで完全に凍らせた。

 最後に頭が凍り付いたことを合図に、イフリートは粉々に砕け散る。


 僕は小さく息を吐く。


「終わりました!」

「うん! お疲れ様!」


 僕は師匠たちに手を振る。

 師匠の素敵な笑顔が見られて、今しがた消費した魔力が戻ってくるようだ。

 もちろんただの気分的に。


「師匠、兄さんたちも降りてきてください!」


 僕は三人が乗れる足場を生成。

 そこに三人とも降りた所で気付いたことを伝える。


「実は戦っている途中に気付いたんですが、この下……かなり魔力が濃いんですよ」

「あーホントだね」

「うーん、俺は魔力感知鈍いからな~ 兄上は?」

「確かに他よりは強い。それに深いな」


 グレー兄さんの言う通り、マグマのずっと深い場所に強い魔力を感じる。

 おそらく強力な結界か、それに近いもので守られているのだろう。

 師匠が僕に言う。

 

「この下で確定っぽいね」

「はい」

「じゃあ予定通りトンネルを作ろうか? 私も手伝うよ」

「助かります」


 僕と師匠は氷の地面に両手をつける。

 それからタイミングを合わせて術式を発動。


「「せーの」」


 氷麗術式――旋門!


 マグマを円柱状に凍結させ、その中心を渦を巻くように削ってトンネルを作る。

 師匠と二人でやっている分早くトンネルは生成され、ガシャンと何かにぶつかって止まる。


「開通ーしたけど何かに当たったね」

「みたいですね。たぶん結界だと思いますけど」

「うーん」


 覗き込んでも深くてハッキリとは見えない。

 

「とりあえず降りちゃおうか」

「ですね。先に行くから兄さんたちも付いてきて」

「わかった」

「おう」

 

 僕と師匠が飛び降りて、続けて兄さんたちが降りる。

 トンネルは深いだけで遮る物もない。

 マグマの熱も氷の壁で遮断され快適だ。

 そして問題の地点、やはりぶつかったのは結界だった。

 しかし僕たち人間は阻んでいないようで、そのままするりと抜けてしまう。


「ここは……」


 到着したのは巨大な空間だった。

 真っ白なタイルで構成された四角い部屋で、右も左も何もない。

 ただ広いだけの空間。


「よくたどり着いたな!」


 甲高い女の子の声が響き渡る。

 僕たちは声がした方に目を向ける。

 そこには――


「最近の魔術師にしてはやるじゃん」


 出迎えてくれたのは元気な女の子。

 手のひらに乗るくらい小さな……とても小さな妖精のような。

 その小ささは人間ではない。

 感じられる魔力の質は明らかに違う。

 僕らは直感的に理解した。


「……精霊?」

 

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