33.決闘開幕

 初日は授業という授業はなく、午前中に全体の説明があり、午後からは学園内を案内された。

 さすが魔術師を要請する学び舎。

 世界有数の設備が揃っていて、魔術を学ぶ環境としては最適だ。

 数万冊の本に、生半可な攻撃では壊れない実技訓練室。

 様々な催しに使われるコロシアムと屋外訓練場。


「ねぇねぇ! あっちにも何かあるよ!」

「気持ちはわかりますが師匠、勝手に動いたら怒られます。我慢してください」

「置いて行かれますよ」


 師匠も終始こんな様子で興奮していた。

 今すぐにでも飛びつきたいと、まるで子供みたいにはしゃいで。

 僕とジータで上手く誘導して、何とか説明を受けた教室まで戻ってこられた。


 そして――


 放課後。

 僕たちは実技訓練室の一つに招待されていた。

 

「本当に一日で準備したんだね」

「みたいですね。さすが王子様」

「それだけ本気だということでしょう」


 ジータがそう言って、師匠を見る。

 師匠はちょっぴり嬉しそうに笑いながら言う。


「ま、まぁそこまでされたら悪い気はしないよね」

「師匠?」

「ち、違うよ! 私が好きなのはフレイだけだからね?」

「師匠!」

「わ、ちょっ、こんな場所で何言わせるんだよ! と、とにかく負けるな!」

「もちろんですよ」


 負ける気なんて毛頭ない。

 相手が王子だろうと、誰だろうと。


 僕たちは指定された訓練室前にたどり着いた。

 扉を開けると、広々とした殺風景な部屋の中心にエヴァンが待っていた。


「やぁ、待っていたよ」


 彼の後ろには取り巻きの男たちと、他にもたくさん生徒がいる。

 後ろだけではなくて、左右にも集まっていて、僕たちに注目していた。


「随分と人が多いな」

「ん? ああ、彼らは見学がしたいと言うのでね。まずかったかい?」

「……いや、別に」


 見学……ね。

 表情を見れば予想がつく。

 取り巻き以外は、入学試験から合格した生徒たちだろう。

 つまり、僕に氷漬けにされた生徒たち。

 

「あいつが試験で俺たちを凍らせたのか?」

「ええ。インチキしたって噂よ」

「だから監視されてるんだって。ほら、隣にいる兵隊がそうみたい」


 小さい声で話しているつもりだろうが、この部屋はよく音を反射する。

 僕の耳にもヒソヒソ話はしっかり聞こえていた。

 インチキとか、あらぬ誤解を生んでいるようだ。


「それに見て隣の女の子」

「首輪つけてるぞ。女を使い魔にして好き放題してるって本当だったんだ」

「変態……最低ね」


 本気で誤解を生んでいる。

 どうにかして誤解を解けないだろうか?

 このままだと強さを証明する前に、僕が変態だということが世に広まってしまう。

 有名になるにしても、別の理由でなりたい。


「はぁ、それで? 決闘のルールは?」

「簡単だよ。本気で戦って、どちらかが戦闘不能になるか、降参すれば終わりさ。相手を殺すことは禁止だ。女性も多いし、むごい場面は見せられないだろ?」

「そうだな。他は?」

「特にないが、そうだな。魔導具の類も使用禁止にしようか。それと周りのギャラリーに危害は加えないでくれ。試験ではエリア一帯を氷漬けにしたのだろう?」

「了解した。元々そんなことするつもりはない」


 師匠は大丈夫だと思うけど、近くにジータもいる。

 それにせっかくだ。

 僕の実力を、他の見物人たちにも知ってもらおう。


「フレイ、頑張ってね」

「はい」

「くれぐれもやり過ぎないように」

「わかってるよ。忠告ありがとう、ジータ」

「本当にわかっているのでしょうね?」


 ジータには信じてもらえていない様子だ。

 疑いの目でジトっと見ている。

 僕は小さくため息をこぼし、右手を腰に当てて話す。


「大丈夫だよ。僕だって馬鹿じゃない。観客もいるからね」


 試験の時は一瞬で終わらせてしまった。

 力を示すためでもあったけど、今から思えば失敗だった。

 圧倒的な力は、実力のかけ離れた相手には理解されにくい。

 一瞬で終われば、何が起こったのかもわからない。

 強さを証明するには、ちゃんとした手順が必要だったっていうこと。


「丁度良いし、ジータも見ていてくれ」


 僕は一人、エヴァンのほうへ歩み寄る。

 彼女たちに背を向けながら、精一杯格好つけて言う。


「僕と師匠の氷結魔術が、最強だってところを」

「……わかりました」

「見せつけちゃえ! フレイ!」

 

 任せてください師匠。


「待たせたな」

「全くだ。見せつけてくれるじゃないか」

「それは悪かったな」

「ふんっ、その顔は悪いと思っていないな。まぁ良い、君を倒して美女たちを解放しよう」


 そっちの誤解もあったな。


「じゃあ、始めようか?」

「ああ。開始の合図はこれだ」


 そう言って、エヴァンは一枚のコインを取り出した。

 コインを指にかけ、上に弾く。

 クルクル回転しながら落下して――


 カランッ。


 着地した瞬間、決闘が始まる。


「まずは小手調べだ」


 僕は一歩踏みしめる。

 踏みしめた地面を凍らせ、高波のようにエヴァンへ放つ。


「ふっ」


 パチン。

 エヴァンは指を鳴らした。

 彼の周囲を突風が吹き荒れ、迫りくる氷塊を砕く。


「この程度の氷など、そよ風で吹き飛ぶぞ」

「へぇ、風魔術か」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る