#18

 ハンナの死後、グレアムが妙な二つ名をつけられる裏で、冒険者パーティ「ウィンスター教会」の面々も平素通りというわけにはいかなかった。


「ゔえええええええん……ハンナぁ……! ハンナぁ……!」

「おい、泣くなよ……」


 特に、最後にハンナの特訓を受けたユーフェンが爆泣きだ。

 あまりの泣きっぷりに、マーガレットとクルツは泣くタイミングを逸してしまっている。


「まぁ、ママはああ見えて人気者だったから……」

「びえぇえええ」

「だから泣くなって……つか、大往生だろ? 寿命ばかりはしょーがねぇだろ」

「ヒュ……人族ヒュームの寿命は、み、短すぎんのよっ……!」


 涙と鼻水でボロボロになったユーフェンの言葉に、クルツとマーガレットは顔を見合わせる。

 

 言われて思い出したが、ハーフエルフの寿命は人族の倍ほどだ。

 純粋なエルフになると5倍ほどになる。

 クルツは思う。

 

(早死には御免だけど、一人だけ長生きするのもキツイな)


 ……と。


 自分達はハンナからいつも「いつあたしが死んでも困らないようにしときな」と言われ続けていたので、覚悟もあったしショックもそう大きくなかった。

 しかし、ユーフェンにはその覚悟はなかっただろうし、50代はまだまだ青年期という感覚なのだろう。

 さらに、物心ついた頃からハンナと一緒にいた自分達と違って、ユーフェンとハンナの過ごした時間は短い。

 その分ショックの大きさは、自分達とは比べ物にならない。

 

 マーガレットは葬式やら教会とのやりとりやらで忙しい。

 他に適任もいないし……と、クルツはユーフェンの悲しみを慰めるべく、肩をぽんぽんと抱いてやった。

 ユーフェンはクルツに頭を預けてグスグスと泣いているが、少しだけ落ち着いた様子である――こう見えて孤児たちを寝かしつけるのが得意なクルツであった。

 

 マーガレットはホッとして、アイリスの手を借りながら教会に提出すべき大量の書類に向かった。

 悪戯好きのアイリスだが、流石にこういう時にはちゃんとしてくれる――ただ、精霊信仰のこの世界では人工精霊のアイリスは立派な信仰対象である。

 そのアイリス自身が精霊教会の書類と悪戦格闘しているというのは、考えようによっては壮大なギャグである。

 

 ▽

 

「ぎゃはははははは!!!!」

「あははははははは!!!!」


 村人からの叱責が終わったグレアムとメンバーが合流し、グレアムが村長直々に「罰当たり」の二つ名をもらったことを報告すると、クルツとアイリスが爆笑した。


「なんだそりゃ! 二つ名ってなぁ普通もっとかっこいいもんだろ!?」

「俺も嫌だけどさ……まぁ、村のみんなと険悪になるよりゃまだマシかなって……」

「早速広めようぜ!「罰当たりのグレン」くくく……最高じゃね?」

「やめなよクルツ……くくくっ……」

「マギーも笑ってんじゃねぇか……」

「だって……!! くくくっ……」


 笑っていないのはユーフェンだけだが、それもそのはず泣き疲れてクルツの膝枕で眠ってしまっている。

 もし起きていればこの二人以上に爆笑していたことであろう。


「できれば『疾風令嬢』みたいな方向の二つ名がよかったぜ……」

「アタシは好きだなっ!」

「そう? アイリスがいいなら俺もいいけど」

「グレアムに似合ってるし、笑えるからっ!」

「ああっ!? ひでぇ! このっ!」

「きゃーー♡」

「あはは……なにやってんだか……あははは!」


 悲しんでいいのか笑っていいのか迷っていたマーガレットは、結局笑うことにしたらしい。

 

 ▽


「でさ、俺ちょっとやってみたいことがあって」

「なんだよ?」

「新人冒険者の訓練っつーか、教育? やってみようかなって」

「ママの遺志を継ぐってこと?」

「うん。だってハンナが死んだのも、寿命っていうけどさ」

「……ああ、なるほどね」


 ハンナの死因は怪我でも病気でもなく、ただの寿命である。

 これは間違いない事実だ。

 

 しかし、違う見方もある。


 ハンナは元冒険者だ。

 迷宮では、探索者たちの身体は全盛期の状態が維持されるため、引退しても大人しく生きていれば八十や九十まで生きる者も珍しくないのだ。


 しかしそんなつまらない生き方をハンナが選ぶわけもなく、ハンナは無駄な寿命を燃料にして冒険者を目指す子供たちへの指導に力を入れていた。

 

 つまり、もしここにいるメンバーが冒険者を目指さなければ、あるいはハンナはまだ生きていたかもしれない。


 またその場合、自分達が迷宮に飲み込まれて死んでいた可能性が高い――。


 その事実に対して、ハンナに「申し訳ない」などと言う間抜けはここにはいない。

 ユーフェンあたりはどうだかわからないが、幸いなことに今はぐっすり眠っている。


「だから、今度は俺の番かなって」

「なるほど、いいんじゃね?」

「あたしも協力するよ。ユーフェンだって反対はしないと思う」

「流石はアタシのグレンだねっ! よっ! この『罰当たり』!」

「それ、定着しちゃうの?」


 グレアムは情けなく眉を八の字にして笑った。

 

 迷宮に生きる者にとって、死は身近なものだ。

 ハンナは死んだが、その遺志は自分達が受け継いだ。

 故に、泣くのは間違っている。

 

 なら、笑え笑え。

 恋人や仲間を亡くし、笑えなくなったまま死んでいったハンナの分まで、自分達は笑って行こう。

 

 ハンナの弔いの意味も込めて、冒険者パーティ「ウィンスター教会」のメンバーたちは、皆で声を揃えて笑った。

 

 ふっ、と懐かしいタバコの煙の香りがしたような気がしたが、もちろんそれは気のせいに違いなかった。

 

 ▽


 それから数年経ち、グレアムを中心とした新人冒険者研修により、冒険者の死亡率はグンと下がることになる。

 生き残ったものの中から優秀な冒険者が生まれることも少なくなく、荒事である冒険者にも教育がいかに重要かを証明してみせたことになる。

 

 貴重な人材を無駄に消費せずに済むと知り、ギルドではこれまでおざなりだった新人教育がきちんとしたカリキュラムとして扱われるようになっていく。

 

 こうして「ウィンスター教会」の名は世界中の冒険者たちに広まって行くことになる。

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