#15

「「「ドワーフ!!」」」


 クルツ、グレアム、マーガレットの三人は驚いて声を上げた。


 ドワーフといえばはるか東方にいる種族だ。

 こんなところで出会うのはかなり珍しい。

 しかしユーフェンとカインは顔を見合わせた。


 ドワーフの扱いは難しい。

 東方とは五百年ほど昔に大きな戦争があり、西と東、そのどちらにも属さなかったドワーフたちは二つの勢力に挟まれてかなり面倒な目にあった歴史があるのだ。

 

 ドワーフが職人種族である故にどちらの陣営もなんとか味方につけたがったが、ドワーフは究極のインドア派――はっきり言うと引きこもりの性質があり、中立を保つためにさっくりと双方と縁を切った。

 どちらかと揉めるくらいなら、どちらとも関係しないほうがマシ。

 それがドワーフの決断だったが、もともと人好きであるドワーフにとってそれは苦渋の選択でもあった。

 

 そうした歴史と事情により、ドワーフは戦争当事者である王属の兵士や騎士、人間と共に戦ったハーフエルフを嫌う傾向にある。

 

 聞けば、少女はハーフドワーフらしい。

 混じっているのが人族ヒュームであるなら、あと数年すれば人族と見分けは付かなくなるだろうが、どうやらまだ思春期が終わっていないらしく、背が低いのもそのせいらしい。


「私は行かなければならないのだ! 何と言われようと前に進む!」

「死にに行くようなものだ! 許可できない!」

「くっ、騎士め……! 邪魔をするな!」


 ぎゃいぎゃいとやりあうカインと少女だったが、そこにピョンとアイリスが飛び込んだ。


「喧嘩もいいけど、仲良くしたほうがもっと楽しいよっ!」


 人工精霊など見たことがなかった二人は、ギョッと驚いて硬直した。


 アイリスは笑いながらくるくると二人の周りを飛び回る。

 ドワーフの少女はブルブルと震えはじめたかと思うと、「ははーーーっ!」とひざまずいた。


「「「?!」」」


 皆が驚愕する中、少女は脂汗を流しながら震える声で言った。


「こっこれは精霊様! おっ、お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございませんっ!!」

「えー? いーよいーよ、それよか顔あげなよっ! 可愛い顔が台無しだっ!」

「はっ! あ、あ、ありがとうございます!」


 バッ、と顔を上げ、アイリスを見た途端また「ははーっ!」と頭を下げるドワーフの少女。


「……何?」


 マーガレットが恐る恐る少女を指差すと、一人だけ状況を理解するユーフェンがため息をついて言った。


「ドワーフは極端な精霊信仰でね……アイリスの存在は、信仰対象そのものなのよ」

「貴様っ! ハーフエルフか?! 精霊様を呼び捨てにするとは……」

「アイリスに呼び捨てにしろって命令されてんのよ。仲間は呼び捨てにし合うものだって……エルフも精霊信仰なんだから、あたしだって呼び捨てには抵抗あるわよ」

「仲間?! そ、それは本当か……?!」


 少女は愕然としながらアイリスを見るが、アイリスは「本当だよん」と言ってくるくる飛び回っている。


「恐れながらっ!!」


 ガバー、と少女は平伏し、アイリスに言った。


「私はハーフドワーフのオリヴィアと申します! 訳あって迷宮深層に赴かねばなりません!」

「ふぅん、でもキミの実力だと死んじゃうよー?」

「覚悟の上です! ですが、お願いがございます! どうか一言、祝福を与えてくださいませ!!」

「祝福ー? ……あ、思い出した」


 少女の懇願に、アイリスは一瞬キョトンとしたが、ポンと手を打った。

 

 アイリスはこの世に顕現する際に力のほとんどを失っている。

 それでも人間とは比べ物にならないほどの魔力を持っているが、重要なのはことだ。

 こうして誰かに質問されるなど、きっかけさえあれば精霊界にある図書館ライブラリに接続してあらゆる魔道の知識を引き出すことができる。

 しかしそもそも検索ワードごと忘れているため、自分では検索できないのだ。


 ある意味「誰よりも博識であり、同時に無知である」状態だ。 

 今はこうしてドワーフの少女に懇願されたことで、精霊が人に祝福を与える存在であることを思い出したようだ。

 

 祝福を与えるとどうなるかと言えば、有体に言うと運が良くなるのだ。

 運が命を分ける迷宮では、これほど有用なものもないだろう。

 

 しかし、アイリスの行動基準は「面白いか面白くないか」だけだ。

 このまま祝福を与えてやるのでは、いまいち面白みがない。

 

 だからアイリスは言った。

 無理やり低い声で、ゆっくりと威厳のある口調を作りながら。


「オリヴィア。お前に祝福を与えることはできない……」

「うっ……はい、私にその資格がないと言うことですね……」

「しかしこのままお前を殺してしまうのも忍びない。故に、冒険者パーティに同行することを許可しよう」

「ははぁーーーーっ!!!」


 オリヴィアは地面に頭を擦り付けるようにして感謝の意を表現した。

 それを見たアイリスはニヤリと笑い、もっと面白くしてやろうと決めた。


「ただし、それにも条件がある」

「は、何なりと!!」

「この騎士も同行させる」

「この騎士をですか……!?」

「えっ、僕をかい?!」


 カインとオリヴィアはアイリスの言葉に驚いているが、深い考えなどもちろんない。

 要するにアイリスは単純に「みんなで仲良くしたほうが楽しい」と考えただけである。


「この者、我の目に叶う程度には魂が清く、実力も確か。オリヴィアよ、この者から学べるものは多いぞ?」

「し、しかし騎士は……」

「嫌ならよいぞ?」

「ははあーー!! 仰せの通りにいたしますーっ!!」

「騎士よ。貴様はどうじゃ?」

「ぼくかい? そりゃ、もともと深層を調査に行くところだから構わないけどね」

「ならば話は早い! このメンバーであれば、より多くの迷宮の謎が解き明かされるであろー! であろー! あろー! ろー、ろー、ろー……」


 アイリスは威厳を出したかったのか、偉そうな口調にセルフエコーまで付け加えたが、オリヴィア以外の面々には奇妙な寸劇にしか見えなかった。


 ▽


 下層へ向かう「ウィンスター教会」に、オリヴィアとカインの二人も加わり、8人の大所帯となった。

 

 クルツがアイリスに小声で文句を言う。


「アイリス、リーダーはてめぇじゃねぇだろうが」

「その方が丸く治るからしょうがないねっ!」

「チッ……それでなくてもリーダーなんて柄じゃねぇのに……いっそこのままお前がリーダーをやるってのはどうだ?」

「やめてよクルツ……アイリスの気まぐれに振り回される未来しか見えないよ……」

「リーダーはやっぱクルツだろ! アイリスはいつだって自由じゃないとな!」

「どうでもいいけどアンタたち、ちゃんとオリヴィアを守ったげなさいよ?」


 雑談をしながらの潜行だが、油断しているものは一人もいない。


「……キミたちすごいね……」


 危なげなく敵を倒し、魔石を回収しつつ迷宮を突き進む「ウィンスター教会」を前に、騎士のカインは驚きを隠せない。

 見れば平均して成人してすぐくらいの面々だが、練度が凄まじかった。

 

 罠を事前に見抜き、あっという間に解除し、索敵も的確。

 戦闘ともなれば、それぞれが好き勝手に戦っているかのように見えて連携は完璧だ。

 さらにいえば、同行しているシェルパもすごい。戦闘には参加しないものの、陰になり日向になり八面六臂の大活躍である。


 王国騎士といえば戦闘のプロフェッショナルである。

 その騎士の中でも上位の実力をもつカインにして、舌を巻くほどの実力だ。

 しかも、ほとんど魔術に頼らない戦い方だが、よく見ればわかる。

 

 ――全員が魔術師。

 ――しかも別々の属性だ。

 

(エレメンタル・マスター……!)

 

 カインは長く迷宮の調査任務を続けているが、こんなパーティは見たことがなかった。


 そして何気にオリヴィアの動きも悪くない。

 見た目のせいで実力を見誤った部分もあるが、なかなかどうして立派に冒険者をしている。

 自信ありげな態度にも頷ける――だが、「ウィンスター教会」の実力には、一歩どころか十歩も二十歩も劣る。

 とうとう自分の役立たずっぷりにずーんと凹んでいる。

 

 カインはつい慰めそうになって――嫌われていることを思い出して口をつぐんだ。

 

 それに、迷宮では自分の実力を過大評価するものは長生きできない。

 上には上がいることを知るのは、彼女にとって良いことだと、カインは考えた。

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