#14

 ユーフェンをメンバーに加えた冒険者パーティ「ウィンスター教会」は、何度かの試行潜行テストダイブを繰り返し、手応えを感じていた。


「随分と連携が綺麗に決まるようになってきましたね」

「深層に潜れそうか?」

「十分だと思いますよ、むしろ前よりもずっと深く潜れるでしょう」

 

 同行者中たった一人の大人であるカルロスの太鼓判に、クルツはグッと拳を握りしめた。


 これなら、もっともっと深く潜れる。もっと強い敵と戦える。

 稼いで稼いで、孤児院の雨漏りだって治してやれる。

 仲間たちもうずうずしているのがわかる。

 

 グレアムが拳を振り上げて行った。


「んじゃ、早速深層へ向かおうぜ!」

「「「おーーっ!」」」

「ウィーーーーっ!!」

 

 考えてみれば、このパーティ。

 なんと基本五属性全ての魔術適正者が含まれている。

 それも、全員が熟練者である。

 

 水属性のクルツ。

 火属性のグレアム。

 土属性のマーガレット。

 風属性のユーフェン。

 光属性のアイリスに至っては、神聖属性まで持っている。

 

 風の噂によると、全属性の魔術師が揃ったパーティが大きな功績を残すと「エレメンタル・マスター」の称号が得られるという。

 

 称号。

 良い響きだ。

 ぜひ手に入れたいものだ。

 

 常に前のめりの「ウィンスター教会」のメンバーたちは、自分たちがもっともっと強くなることを確信していた。

 

 果たしてそれは現実のこととなる。

 

 ▽

 

「待て、なんかおかしい」


 上層から中層へ向かう大階段を下る途中、クルツがメンバーに指示を出す。


(しずかに)

(どしたの?)

(人の気配だ。何か揉めてるっぽい)


 迷宮では揉め事が少なくない。

 獲物の所有権をめぐる喧嘩も少なくない。


 皆に緊張が走る。

 向こうに気づかれないように、小声でやりとりするが、アイリスがグレアムの肩からぴょんと飛び上がった。


「アタシが見てくるよっ!」

「……頼む」

「任せといておくんなましっ!」


 アイリスは人工精霊だ。

 人工といってもその性質は本物であり、人族よりも上位の存在である。

 そんじょそこらの連中に傷をつけられるものではないし、こうした場合には適役だろう。


 ピューっと飛んでいったアイリスだったが、すぐに引き返してきた。


「危険はないねっ! 強そうなのと弱っちそうなのが喧嘩してるけど、どちらも悪意がないからねっ!」

「強そうなのと、弱そうなの……?」

「大丈夫なの、それ」


 メンバーは顔を見合わせ、そしてすぐにそこへ向かうことにした。

 なにしろ、アイリスは人の魂を見抜く。特に悪意や害意には敏感だ。

 だからアイリスが「危険はない」と言ったなら、それは見た目がどうあれ安全なのである。

 

 みんなはアイリスが自分のチームにいる奇跡になんの疑問も感じていない。

 だが、これは曲者揃いの「ウィンスター教会」の面々が、魂レベルで見ればアイリスの目に叶う程度には汚れていないということを意味する。

 人間が十人いれば最低九人以上は精霊にとって「臭い」人間である中、この五人――シェルパのカルロスも含む――を好きでいてくれるというのは、実はとんでもない奇跡なのであるが、彼らは能天気にもその事実に気づいていない。

 

 とはいえ、結婚しているカルロスは「女の匂いがする」らしいし、マーガレットは「なんかよくわかんないけど香ばしい」と思われている。

 つまりどちらも「臭くない」のでお目溢しされているというわけだ。


 ▽


 メンバーが一応警戒しながら進むと、なにやら二人の人間が騒がしくやり合っている。


「だから許可はできないんだ」

「お前の許可などいらん!」

「これ以上進むのは危険なんだ。わかってほしい」

「上から目線で指図するな! これだから騎士というヤツは……」


 みなで顔を見合わせる。

 どうも妙な組み合わせだった。

 

 片方は、街でたまに見かける王国騎士の格好だ。

 王国騎士。

 基本的には清廉潔白で騎士道を重んじる者が多いが、中には権力を傘に好き勝手するものもいる――アイリスが「悪意がない」と言っているのだから、この騎士は前者だろう。

  

 もう片方は、なんだかちんちくりんの少女だ。

 身の丈に合っていない大げさな防具に、使い古されたような剣を帯びている。

 金色のおかっぱ頭に縁取られた顔は童顔で、燃えるような闘志を讃えている。

 

 つまり、騎士が「強そうなの」で、少女が「弱っちそうなの」で間違いなさそうだ。


 あまり関わり合いにはなりたくないが、無視して通り過ぎるのも不自然だ。

 クルツは一つため息をつくと、二人に近づいていった。


 ▽


「なるほど、そりゃ止めた方がいいですね」


 騎士の話を聞いて、クルツは深くうなずいた。

 

 カインと名乗る騎士は随分と人当たりが良く威圧感もない、騎士らしくない青年だった。

 ちょっと頼りない印象を受けるが、しかし身のこなしは熟練者のそれだ。

 アイリスが「強そう」などというほどだから、よほどの実力者なのだろう。

 

 そのカイン曰く、どう考えてもレベルに見合わない深層へと向かおうとする少女を発見したので、引き返すように説得中だという。


(そらま、止めるわな)


 と、クルツはギラギラと闘志を滾らせる少女を見て思った。

 

 実力がまるで階層のレベルに見合っていないし、武器も防具もチグハグだ。

 背も低い。

 おかっぱ頭も相まって、はっきり言えばただの子供に見える。

 練度も低そうだし、このまま強行すればもう戻ってはこれないだろう。

 

 なんだこりゃ。


「この騎士様の言うことが尤もだと思うぜ」

「なにっ!? 貴様も私の覇道の邪魔をするつもりか!」

「覇道て」


 どうやらこの少女、なにかおかしなものに毒されているっぽい。


 この世界にたまにいるのだ。

 そう、現代日本であれば厨二と呼ばれるような、自分が特別だと思い込んでいる子供が。


「お前まだ子供だろ? 体力が尽きりゃ、生きたまま食われて終いだぞ?」

「ぼくもそう言っているんだけどね。なんでも騎士は嫌いだそうで……聞く耳を持ってくれなくて困っているんだ。よかったらキミからも説得してくれないか?」

「そっすね……」


 どうやらこの騎士、随分と人がいいようだ。

 騎士に生意気をな口をきくなど普通なら考えられない。無礼斬りとまではいかなくとも、捕縛されて投獄されかねないからだ。

 だというのにこの騎士は、自分への態度の悪さなど問題にもしておらず、ただ少女の身を案じているだけだ。


 クルツは思った。

 なるほど。さてはこいつ、いい奴だな?


 しかし少女は怒りに身を震わせながら言った。


「私は貴様らより年上だ! 背が低いのは私にドワーフの血が流れているからだ! それに、体力ならこの中の誰にも負けん! ドワーフを舐めるなよ!?」

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