#11

「ウィンスター教会」と臨時パーティを組んだユーフェンは、その実力に舌を巻いた。


 今は戦闘が終わり、カルロスが準備していた安全地帯でため息をついているところである。


「……とんでもないわね、あの子たち」

「あはは。私も最初は驚きましたからね」


 まずはクルツ。

 主に剣で戦い、時には水魔術も使いながらテキパキと的確な指示を出すパーティの司令塔――初見ではわからなかったが、どうやらめちゃくちゃ頭がいいようだ。

 

 そしてグレアム。

 自身の魔力属性である火の魔術だけでなく、魔石を使って多彩な攻撃を繰り出し、脅威的なスピードで敵を打倒する――こんな器用なやつは学院でも見たことがない。

 

 さらにはマーガレットも学院で見るのとは印象が全く違う。視野が広く、少ない魔力で堅実な土魔法を駆使して二人を援護する紅一点――どんな生き方をしていればこんなことになるのか。

 

 マーガレットが二人を「家族」と表現したが、本当のことらしい。

 三人はよほど信頼し合っているのか、視線すら交わさずに完璧な連携でモンスターを危なげなく倒し続けている。

 

 しかも、意外と人工精霊のアイリスが役立っている。

 使う魔術は小規模のものばかりだが、さすがは上位存在である。人間では到達不可能なほど、異常なまでに手数が多い。敵の攻撃を適切に弾き、お陰で皆攻撃に専念できている。

 

 精度、威力、柔軟さ、連携、速度、そして持久力。

 どれをとっても超が付く一級品だ。


 自分の実力にそれなりに自信のあったユーフェンだが、ついていくのもやっとだった。


「……自信無くしそう……」

「いえいえ、あなたも十分すごいと思いますよ。その歳で大したものだ」


 カルロスが慰めると、プライドの高いユーフェンは眉を寄せた。


「下手な慰めはよして」

「嘘じゃありませんよ。こう見えて私は実力派パーティと組むことが多いですから、見る目は確かなつもりです」

「……実力派パーティ?」

「たとえば『石英の古郷パトリア・クリスタル』などですね」

「!! 超有名パーティじゃないの!」

「そんな私が言うのですから確かです。ソロであなたほど動ける冒険者は少ない」

「……まぁ、これでもハーフエルフだからね。でも、彼らの前じゃ形無しね」


 ハーフエルフは、文字通りエルフと人間ヒュームの混血だ。


 総じてエルフの血を引く者は人間ヒュームよりも強いが、純粋なエルフは社交性が皆無で、決して里から出ようとしない。

 その点、ハーフエルフは社会性が高く、魔術は純粋なエルフも差がほとんどない。

 だから国も魔術学院の入学資格の例外としてハーフエルフを学院に迎え入れている。

 つまりハーフエルフは貴族や聖職者と同じように優遇される種族なのである。

 

 そんなハーフエルフの中でも秀才であるユーフェンは、馬鹿みたいに実力のある三人の人間ヒュームを前に、自信を喪失していた。

 

 その三人の人間ヒュームは――人工精霊も一体混じっているが――戦闘疲れもないようで、アイリスが作り出した光の球を打ち合って遊んでいる。

 

 ――一体どんな体力だよ。

 

 悔しそうに口を尖らせるユーフェンだったが、カルロスはお茶を啜りながらその秘密を打ち明けた。


「そもそも、彼らは『石英の古郷パトリア・クリスタル』の紹介で知り合ったんですよ。すごい奴らがいるぞ、とね」

「……納得」

「『石英の古郷パトリア・クリスタル』のリーダーはご存じで?」

「あの白い筋肉ダルマでしょ?」

「はい、そのガラハドさんですね。彼に効いたんですが、彼らの師匠は、ウィンスター村の教会のシスターらしいですよ」

「は? シスター? どういうこと?」

「もう引退して随分経つらしいですが、元冒険者です。その二つ名は――『疾風令嬢』」


 その名前を聞いた途端、ユーフェンは勢いよく立ち上がった。


「ハンナ・ヒギンス!?」

「そうです」


 彼らの実力にも納得でしょう? と言って、カルロスはユーフェンにお茶を勧めたが、ユーフェンにはそれどころではなかった。

 

「あたし、ハンナ・ヒギンスに憧れて冒険者になったのよ!」

「そうなんですね。では、ひょっとしてご存じないのですか?」

「何を……?」

「クルツさんとグレアムさんは孤児ですが、マーガレットさんはハンナ・ヒギンスの血を分けた実の娘らしいですよ」

「はぁ?! なにそれ、聞いてないんだけど!?」


 その実、「疾風令嬢」ハンナ・ヒギンスに憧れて冒険者になる女性は多い。

 

 女性、しかも五属性の中でもと言われる風魔術の使い手でありながら、冒険者パーティ「ウィンスター村青年会」のリーダー。

 パーティの持つ『最果ての迷宮』の階層踏破数の記録は未だに破られていない。

 

 そして、ほとんどの魔術師が丈夫な木の杖ワンドを使う中、ハンナだけはタバコシガリロをワンド代わりにして戦うのだ。

 

 荒れ狂う戦場でたった一人、ゆったりとタバコシガリロを吸いながら、その煙の及ぶ範囲全てを支配する天才魔術師。

 

 この特異な戦闘スタイルはハンナのトレードマークとなっており、それに憧れる女性冒険者は多い。

 

 対して男性冒険者の評判はあまり良くない。

 目つきが怖いことと、その苛烈な性格がその理由だろう。


 だからハンナが妊娠して冒険者を辞めた時にも「そんな物好きがいたのか」と驚く者や、「どうせハンナが無理やり迫ったんだろう」などと噂するものが多かった。


 その実、ハンナを孕ませた男はハンナにベタ惚れで相思相愛だったのだが、妊娠中のハンナを残して迷宮に潜り、パーティごと全滅したせいで、その事実は闇に葬られている。

 

 ユーフェンは、学院でハンナ・ヒギンスの存在を知って以来、いつか会ってみたいと夢見ていたのだ。

 まさか、クラスメイトがその実の娘だとは思ってもみなかった。


「メグ!!」

「ん、何? ユーフェン」


 ユーフェンが話しかけると、マーガレットは光の球を撮り損ねてポトリと落とす。

 グレアムが「あーっ、あとちょっとで新記録だったのに!」と騒いでいるが、アイリスがケラケラと笑っている。


「あなたがハンナ・ヒギンスの娘ってのは本当なの?!」

「え、本当だけど……」

「そんなこと一言も言ってなかったじゃない!」

「えー? あたしだってユーフェンのお母さんのこと知らないよ?」

「うっ、そりゃそうだけど!」


 マーガレットの言っていることは正しい。

 確かに、ユーフェンは自分がハンナに憧れて冒険者になったことを誰かに言ったことはないし、普通は自分の母親が元冒険者であることをわざわざ吹聴したりはしないだろう。


 ユーフェンはマーガレットの肩をガシッと掴んだ。


「……マーガレットさん」

「な、なんでしょうか」

「お母さんを紹介してください」

「え、良いけどなんで?」

「あたし、ハンナ・ヒギンスに憧れて冒険者になったのよ。できれば『疾風令嬢』に鍛えてもらいたい!」


 ユーフェンの言葉に、アイリス以外の全員がピシッと固まった。


 クルツは「あーあ」と言って頭に手を置き、このプライドの高そうなハーフエルフの行く末の安全を祈った。

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