#5


「いででででで!」

「やめてー! 耳ちぎれる! イヤー!」

「それで隠してるつもりなのかね、まったく」


 シスター・ハンナは孤児院をコソコソと抜け出した二人を追跡し、訓練を始めたタイミングで捕獲した。

 

 どういう理屈か、すでにシスターよりも背の高い二人を指先だけで翻弄している。

 暴れれば解放されそうなものだが、二人とも何の抵抗もできずに爪先立ちでぶら下がっている。

 その光景をマーガレットは顔を真っ青にしてブルブルと震えながら見ている――。


「に、逃げ、ろ、マギー!」

「ころ、され、るぞ」

「大袈裟だねぇ……耳が千切れたくらいで死ぬわけねぇだろ」

「「ちぎらないでー! イヤー!」」


 ふう、とシスターはため息をついて二人を解放すると、逃げようとするマーガレットを呪文すら唱えずに風魔法で捕獲した。


「きゃああ!?」


 何という魔術なのか、そこらじゅうの木の葉やら小石などが舞い上がっている中、マーガレットは両手を縛られ持ち上げられたかのように宙に吊るされてバタバタと暴れている。

 スカートが捲れて臍のあたりまで顕になり、マーガレットは悲鳴を上げた。


「やぁーーーっ?!」

「なんかあったら報告しろっつっただろ、アホ」

「やめてママ! パンツ! パンツ見えちゃう!」

「うるせぇ。色気のねぇ体しやがって、何がパンツだ」

「イヤーっ! 見ないでー!!」


 見ないでも何も、クルツもグレアムも家族のパンツなんぞに興味はない。

 耳の痛みに耐えるだけで精一杯で、マーガレットに視線を向ける余裕もない。

 

 シスターは吊るされた娘にゆっくり近づくと、シュボッとタバコシガリロに火をつけ、ふーと煙を吐き出した。


「で、どこまで使えるようになった?」

「ふ、二人とも第三位階までは……」

「はん。それで最近獲物の質が良くなったか。……おいマーガレット。何であたしに報告しなかった?」

「ふ、二人に口止めされて……」

「あたしの命令を優先しろよ。パンツ引きずり下ろすぞ、このガキ」

「?! ママ、それでも親?!」

「やかましいわ。あたしゃあんただけじゃなく、こいつら全員の親なんだっつーの。危険なマネしてんのがわかってんのに止めないわけがあるか、アホ」


 シスターはフッと煙を吐き出してマーガレットを解放すると、タバコを踏み消した。

 どさりと落下して、慌ててスカートを押さえるマーガレットだが、実はこういうのもイケるクチだったりする。マーガレット的にはまぁまぁ美味しい展開である。

 

 それを知ってか知らずか、シスターは小さくため息をついて、


「あんたら、冒険者登録してきな」


 と全員を見下ろしながら言った。


「「??」」

「……いいの?」


 男子二人はピンとこなかったようだが、マーガレットは顔を上げて言った。

 

 これまでシスターは冒険者になることを禁止していた。

 少なくとも学院を卒業し、15歳になって成人するまでは、死に仕事なんてするべきじゃないといつも口にしていたのだ。

 しかし。


「ギルドに登録すりゃ変なのに目をつけられることは減る。三大勢力に喧嘩を売るようなバカはいねぇからな」


 むしろ安全になるだろうよ、とシスターは言う。

 

 三大勢力とは、最大勢力である王属の軍や騎士、金で動く傭兵や大商人の私兵、そして庶民が互助組織として作り上げた冒険者ギルドだ。

 ギルドに所属し、そこでお行儀よくさえしていれば、組織がバックについて全力で守ってくれる――もちろん冒険者側もそれだけの組織を運営し続けられるだけの儲けを生み出し続ける必要はあるが、それだけ荒事に従事する冒険者は大切に保護されている。

 

 しかし、冒険者が何なのかすらよく知らないクルツとグレアムには、意味がわからなかった。


「冒険者……?」

「俺たちを捨てるつもりか?」

「違うわ、アホども」


 孤児院を追い出されるのではないかと不安がる二人を、心底バカにした顔のシスターが見下ろす。


「むしろお前らを孤児院から逃すつもりはねぇよ」

「……どゆこと?」

「冒険者として稼いで孤児院に金を入れろつってんだよ。こっちも経営が厳しくてな、タバコを買う金もねぇんだよ」


 いやあんたさっき先っぽだけ吸ったタバコを踏み消してたじゃねぇか、などと言える空気ではなかった。


「実のところ、あたしがお前らのを邪魔しなかったのは、実利があったからだよ。お前らが狩ってくる獲物は高く売れるし、チビどもが腹一杯食えてるのはお前らの冒険のおかげじゃないとも言い切れない……という気がしなくもないきらいが無きしもあらずでな」

「どっちだよ」

「稼いでくるなら、その分衣食住を保障してやる。ただし、どうせやるなら中途半端はやめろ」

「冒険者……って、危ねぇ仕事じゃないのか?」

「そりゃ危ねぇよ。つーか、ガキがイキって冒険者になっても、だいたい一年以内に死ぬ」

「「?!」」

「だが、あたしがお前らを殺させねえ。――おい、クソガキども」

「「「はいっ!」」」


 心底嫌そうな顔をして、シスターは苦々しい濁声で言った。


「あたしがお前らを鍛えてやる。死んだつもりで付いてこい」


 つもりでついてこい、ではなくつもりで、というあたり、そこはかとなく嫌な予感がした。


 ▽

 

 実のところ、シスター・ハンナは子供たちが冒険者になることには反対だった。

 それは、冒険者だったハンナが迷宮で何度も死にかけたことが理由であり、そしてパーティの仲間が自分を除いて全滅した苦い経験からだった。

 立ち直ることができなかったハンナは冒険者を辞め、こうして地元に帰って孤児院の経営なんかをしながら生きている。

 

 ――あんな仕事、真っ当じゃない。

 

 、とシスター・ハンナは思う。


 今でも冒険に対する渇望は、間違いなくこの胸にある。

 未知への挑戦、沸き立つような戦闘の興奮、仲間との強い絆。

 そのどれもが――ハンナにとってはかけがえない宝物だ。

 

 だが、今ではそれ以上に大事なものができた。

 孤児院なんてバカでもできる仕事だと思っていたが、なんのなんの、想像の百倍以上大変で、そして面白い仕事だった。

 今では、十名以上いる孤児たちの母親代わりとして生きることに納得しているし、だからこそ子供たちには知ってほしくなかったのだ。

 

 ――迷宮の持つ、抗い難い魅力を。

 

 、とシスター・ハンナは思う。


 どうせあいつらは止まらない。

 自分だってそうだったのだ。

 未知の冒険への渇望は、魂から溢れ出るものだ。

 止めても無駄なら仕方ない。

 

 ――しょーがねぇから、あたしがあいつらを一人前にしてやろう。

 

「銀狐」「疾風令嬢」の二つ名を戴く元凄腕冒険者。

 冒険者パーティ「ウィンスター村青年会」の元リーダーにして天才斥候の名をほしいままにしたハンナ・ヒギンスは、物置の奥底から冒険者七つ道具を掘り出すことを決心した。


===


 シスターの「言い切れないという気がしなくもないきらいが無きしもあらず〜」は、詩人・小林大吾氏のオマージュです。

 ポエトリー・リーディングがお嫌いでなければ、ぜひ配信サービス等でソロアルバムを聞いてみてください。軽く飛べます。

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