#4

「Ignis(火よ)!」


 グレンが真っ直ぐ指を伸ばして呪文を唱えると、指先から勢いよく炎が噴き出した。


「わぁ?! 一発目がヒットした! グレン、キミは火属性だー!」

「ちょ、マギー?! これ、どうやって止めるの!」

「勢いが良すぎ! 止めて! オシッコ止めるみたいに!」

「ふぬぅー!」


 ふ、と指先から出る炎が止まった。

 が、グレンが指差していたあたりがすごい勢いで燃えている。


「あわわわわ」

「Murus(壁よ)! Murus(壁よ)! Murus(壁よ)!」


 マーガレットは慌てて土魔法で壁を作り、火を閉じ込めようとする。

 なんとか周りに燃え広がるのは止めることができたが、火は轟々と燃えていて、一向に止まる気配がない。


(これ、もしかしてすごく才能があるのでは……)


 普通、基礎魔法の「Ignis(火よ)」に、こんな威力はない。

 これはグレンの魔力量が普通より多いか、または効率的に使えるのか、あるいはその両方か。

 何にせよ、ちょっと困った事態である。


(どうしよう、煙で村に知られちゃう!)


 本来なら、魔術の訓練はもっときちんと準備をして、なんなら大人の立ち会いの上で行うものだ。

 子供だけで勝手にやらかして、山火事にでもなったら大問題だ。

 

 と、困り果てたその時。

 

「Aqua(水よ)!」


 呪文が聞こえたと思ったら、燃え盛る火の真上から巨大なバケツをひっくり返したような水がドカンと降ってきた。


「クルツ?!」

「……チッ」


 クルツは思いっきり顔を顰めながら、手を開いたり閉じたりしている。


「くそっ……使えちまったじゃねぇか」

「すげー!?」

「クルツ、まさかキミも魔力……あっ」


 マーガレットがクルツの生まれのことを思い出し、思わず口を塞ぐ。

 クルツが貴族を嫌っていることくらいは、一緒に住んでいればわかる。

 そしてその理由も、知らないわけはない。

 

 そして貴族には必ず魔力の才能がある――。


「……本当にションベンみたいな感覚だ……初めてなのにあっさり成功しちまったじゃねぇか」

「だよな? な?」


 少年二人がオシッコオシッコと連呼しているのはマーガレット的にちょっと美味しかったが、それよりも言葉にはしづらい魔力持ち独特の感覚と言われていた魔力放出の感覚を、こうも的確に表現するグレンへの驚きの方が大きかった。


 女子的にはまさか公開するわけにもいかないが、もしかしてこれ、人に知られたら魔術を使える人間が爆増するんじゃないだろうか。

 

 ▽

 

 それからというもの、三人は人気の少ない北の森に入っては、魔術の秘密特訓をするようになった。

 

 秘密特訓。

 良い響きである。

 

 グレアムはどうやらものすごく器用であるらしい。

 魔力量は普通よりも少し多い程度だが、効率が凄まじく高い。

 とにかく燃費が良い上に、術の発動速度が異常なまでにに速い。

 さらには、効果の増減から効果時間のコントロールなど、普通なら何年もかけて習得するような技術をみるみるうちに身につけていった。

 今や、なら大体なんでもできる。

 火おこしや炎の攻撃はもちろんのこと、熱を奪うことで獲物を倒したり、獲物が傷まないように急冷したりと自由自在だ。

 火属性とは文字通りの「火」に関する属性ではなく、「熱」に関する属性なのだ。

 しかもグレアムの場合、難しい呪文を使うのではなく、全て簡単な呪文の組み合わせによって行われている。

 それは、学院で専門的に魔術を学んでいるマーガレットが舌を巻くほど。

 最大威力や術の多彩さとなれば学院の教師たちや有名冒険者に劣るものの、小さな魔術を組み合わせて大きな効果を得る器用さは、他に類を見ない。


 クルツにも魔術の才能と、努力する根性があった。

 クルツ的には、嫌いだろうが何だろうが使えるもは何でも使うと決めたらしい。

 忌まわしき(と自分では思っている)貴族の血がそうさせているとしても、便利なものは便利だ。

 クルツの魔力量は並程度であり、またグレアムほど器用なタイプではなかったが、一つの魔術をとにかく精度を上げて上げて上げまくるという、とにかく丁寧な魔術行使を得意とした。

 特に、ぎりぎり目視できるほど遠くにいるウサギや鳥を捕まえる時に、最小限の魔力を消費するだけで的確に水を発生させて相手を窒息させる仮想水源魔術「Aquae(水よ)」の活用方は、同じ水使いなら惚れ惚れするくらいの精度だ。

 一瞬で肺の中を水で満たすと、獲物は苦しむ間も無く一瞬で気絶する。

 心臓が動いている間に血抜きをすれば、どこにも傷のない完璧な獲物が手に入る。

 これが高値で売れるので、クルツはガンガン狩って、換金しまくった。


 ▽

 

 しかし、三人は自分達の実力を人に教えなかった。

 主にクルツが人に知られることを嫌がった――自分に貴族の血が流れていることを知られれば、場合によっては命を狙われたり、孤児院が危険にさらされるかもしれない――だけでなく、もっともっと恐ろしいものを警戒したのだ。

 

 シスター・ハンナである。

 

 しかしその実、シスターはグレンとクルツの二人が魔力に目覚めたことなどとっくに気づいている。

 当然だ。魔術師は魔術師を知る。

 どんなに隠したつもりでも、一度開通した魔力経路はじわじわと魔力を漏れ出させる。

 達人の域に入るシスターなら、その魔力だけで相手の属性や、ある程度の力量まで看過できる。

 

 だから老婆心ながらシスターは三人に言った。


「一度魔道に手を染めると普通の生き方は難しくなるよ」


 と。

 

 不良ではあるが普通の人生を望むグレンとクルツは、だから必死に自分が魔力持ちになったことを隠し通そうとした。

 

 もちろんそんなことは無駄だったが。

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