#3

 クルツ、グレン、マギーはそれぞれ10歳、11歳、12歳に成長した。


「ねーえー、今日はどこ行くの?」

「付いて来んなって。シスターにバレるだろ、孤児院に帰れって」

「今日は北の森まで行こうと思ってるんだ」

「あってめっ! グレン! マギーには内緒って言ってただろ!」

「ははは。まぁまぁ」


 三人は、まんまと孤児院を抜け出し――というか、もはやシスターも諦めつつある――今日も軽く狩りをするつもりだ。

 

 森はそこらじゅうにあるが、東西南北の名を冠する森は特に大きいものになる。

 北の森はその中でも危険な部類に入る、かなり鬱蒼とした森である。

 その分獲物が多いので、クルツたちは好んで冒険に出かけている。

 

 クルツとグレンは安物の剣を腰に帯びている。ここらの森で遭遇する程度の獣であれば、ヘタなことはないはずだ。

 対してマーガレットは小さなワンドを手に持っている。

 貴族の血の混じったマーガレットは、珍しい土属性の魔術が使えるのだ。

 錬金とも呼ばれる土属性は攻撃力も防御力も高い。

 何ならクルツやグレンよりもよほど使ほどだ。


「マギー、お前シスターにチクんなよ」

「しないよ、そんなこと」

「クルツ……今までマーガレットがそんなことしたことある?」

「ねぇけどさ……」


 つまり、今日行く北の森は、シスターから「危ねぇから行くな」と止められている場所なのだ。

 近くの森での収穫では満足できなくなった二人の少年は、目的のために軽々とルールを破る。

 無事に帰って来れればそれでいいと思っているのだろう。

 

 ▽


「ねぇマギー、魔術を使うのってどんな感じ?」

「ええっ? うーん……何て言うのかな……」


 グレンは最近、自分がクルツほど剣の才能がないことに気づき始めている。

 だから、自分でもできる一発逆転の何かを探している。

 

 そんな中、大して体を鍛えるわけでもなく、訓練だってほとんどしたことがないマーガレットが魔術を使って獲物を倒すのを見て、思うところがあったらしい。


「言葉にしづらいんだよね……こう、魔力を出そうとするとじわっとして、そのあといきなりドバッと溢れ出てくる感じ」

「ほぉん」

「で、止めようとすると結構難しいの。上手く使わないとあっという間に全部出ていっちゃう」

「オシッコみたいな感じか?」

「えええっ……ま、まぁ人によってはそんな感じ……かも……」


 マーガレットは顔を赤くする。

 確かに、感覚的にはちょっとだけ似ている気もするので、否定はできない。

 あと、この会話はマーガレット的にちょっとだけ美味しかった。


「ふんぬぅ……っ!」

「そんな力んじゃダメだよ、むしろちょっと力を抜いたほうがいいかも」

「……でろぉ〜」

「抜きすぎ」


 近くで剣を振るクルツは、いきなり魔術の訓練を始めたグレンのことを横目で見る。

 

 試したことはないが、魔術ならグレンよりもクルツのほうが上手く扱える可能性がある。

 というのもクルツには貴族の血が混じっているからだ。

 それも魔術に長ける大貴族、ゴダート家。


 大貴族の落とし胤。

 邪魔になり、かと言って殺すのも忍びないと教会に捨てられた少年――それがクルツ・ゴダートである。

 

 そんな生い立ちのせいで、クルツは貴族を嫌っている。

 産むだけ産んでおいて、邪魔になったからと子供を捨てる。

 そんな存在がこの世界で大きな力を持っているという事実が、クルツには理解できない。


 あえて「復讐したい」というほどの積極的な感情は持ち合わせていなかったが、クルツは貴族や魔術に対してあまりいい印象をもっていない。

 

(魔術なんて、くだらねぇ)


 だから、クルツは魔術を使いたいと思ったことがない。

 

「お、お、おお?! 出る、出る!」

「わぁ!? 止めないと! グレン! 魔力の出口を絞るみたいにして止めて! でないと枯渇して動けなくなるよ!」

「お、オシッコを止めるみたいにか?!」

「男の子のことはわかんないよ?! それでいいから止めて!」

「うぉおおりゃあああ!!」

「力みすぎ!」

「止まれへ〜」

「抜きすぎ!」


 ……一体何をやってるんだか。


 ▽

 

「と、言うわけで、なんとグレンに魔力があることが判明しました」

「ぱちぱちぱち」

「……チッ、パチパチパチ」


 マーガレットが土属性で作った拠点――魔術で作った簡易的な椅子とテーブルで、三人は顔を突き合わせている。


 グレンが魔力を手に入れたことで、クルツは少しだけ機嫌が悪かったが、それでも祝福すべきことには違いない。


 なにしろ、魔石を使わずに魔術が使える人間など、貴族を除けば千人に一人見つかればいいところなのだ。

 というか、実際はもう少し人数はいるはずだが、そもそも自分が魔力を持っていることに気づくきっかけそのものがない。


 こうして魔力持ちの人間にワンツーマンで教えを乞うことなど、普通ならあり得ない……つまり、グレンは特別に運が良かったことになる。

 

 そして、イヤイヤながらちゃんと拍手しているあたり、悪ぶっていてもクルツの善良さが見て取れる。


「でも、先生、属性がわかりません!」

「グレン君、それは呪文を唱えて確かめるしかありません」

「呪文でありますか、先生!」

「そう、基礎魔法の呪文を順番に唱えていけば、どれかが引っかかるでしょ。魔石を使った時と違って、純粋魔術の場合、同じ属性の魔術以外は使えないから、魔力がでっぱなしになっている間に、片っ端からいろんな属性の呪文を唱えましょう」

「わかりました!」


 なぜか学校ごっこが始まっているが、実はマーガレットだけは実際に魔術学院に通っている。

 一部の例外はあれど、学院に通うことができるのは貴族と教会関係者だけと決まっているのだが、不完全ながらその両方の条件を満たすマーガレットは、国のお金で教育を受けている。

 

「まず、魔術には火、水、土、風、光の五属性があります」

「聞いたことがあります!」

「それぞれ、魔石さえあれば誰でも簡単に使えるような基礎魔術がありますので、それを使って属性を調べてみましょう」

 

 まぁ何にせよ……グレンに対して先生ぶることができるというのは、マーガレット的に美味しかった。

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