#2

「またシスターに捕まったの?」


 パンツ一丁で後ろ手と足首をロープで縛られて転がされているクルツとグレンに、眉をハの字にした少女が話しかけた。


「うっせぇなぁ……お前も魚食ったんだろ? あれオレたちが取ってきたんだぞ」

「なのになんてひどい仕打ちだ……お前のカーチャン、ちょっと性格やばくね?」


 クルツとグレンは咄嗟に言い返すものの、半ば力尽きていてその声に覇気はない。

 少女は苦笑するだけで、特に何も言い返さない。

 シスターに似た緑の目は恐ろしく透明感があり、見るものを惹きつけるが、トロンと溶けたような垂れ目がそれを親しみやすいものにしている。

 栗色の髪の毛はざっくり三つ編みにして垂らしている。

 あまり見た目に気を遣うタイプではないようだ。

 

 このちょっとぼんやりした顔の少女――名前をマーガレットと言う。

 年は11歳。

 シスター・ハンナの実の娘である。

 

「シスターが逃げるならもっと上手く逃げろって言ってたよ」

「ああ〜もう……シスターのそういうとこがさぁ……」

「それよりマーガレットマギー、見てねぇでこれ解いてくんね?」

「ダメだよ、あたしが叱られちゃうもん」

「ケッ!」


 クルツとグレンはなんとか縄を解こうと身悶えしている。

 もちろん元冒険者であるシスターの結び方は完璧だ。どんなに暴れようとそう簡単に抜けられるものではないし、かと言って必要以上に少年たちを痛めつけるようなこともない。

 ――単純に解けないだけで。


 おかげでたった一枚残されたパンツがずり落ちて二人とも尻が丸見えである。


「うひっ」


 マーガレットが妙な笑い声を上げ、慌てて口をつぐむ。

 少年たちは気にもせずに身悶えしているが、緑色の瞳がずっとその様子を追っていた。

 

 このマーガレットという少女、やや特殊アレな性癖の持ち主である。

 15歳で成人と見做されるこの世界でも、11歳といえばまだまだ子供である。

 が、この年にして無類の少年好き、それもがイチャイチャしているのを見るのが何よりも楽しいという、何とも残念で度し難い性質を持っている。


 つまり、二人の半裸の少年が縛られながら身悶えしている姿は、マーガレット的には非常に美味しかった。


 にグレアムのことを密かに想っていたりもするのだが、今のところ自分でも気づいてはいない。

 

「あ」


 カァン、カァンと鐘の音が聞こえてきた。

 そろそろ就寝の時間なのである。


「時間が来たから解くね」


 マーガレットはそう言うとそっと二人を縛る縄に手を触れた。

 

「Solvere(解け)」

 

 マーガレットが呪文を唱えると、シュルッと縄が動いた。

 あれほど硬かった結び目があっという間に解け、少年たちを解放する。

 

 魔術である。

 貴族の血を引く冒険者であるシスター・ハンナの娘だけあって、マーガレットも錬金とも呼ばれる土属性の魔術を使うことができる。


「うぎゃー」

「いててて」


 ずっと無理な体制で縛られながら蠢いていたクルツとグレンは、急に解放されたことで体をピキッと言わせたらしく、尻を丸出しにしたまま丸まって「ぎゃー」などと言っている。

 少年の尻はマーガレットの大好物だったが、マーガレットはニヤけるのを必死に抑えながら心の中で「ご馳走様」と手を合わせた。


「あー、腹減ったぁ……」

「飯抜きキッツー」

「そうだと思ったよ。食堂にキミらの分のご飯ちゃんと置いてあるから食べに来なよ」


 マーガレットの言葉に、二人の少年はパッと起き上がった。


「マジ?!」

「ラッキー!」

「シスターは労働した人を飢えさせたりしないよ」

「お前らが魚食ってる間、オレらずっと縛られてたんだけど!?」

「それは、お昼寝タイムから逃げた罰でしょ。さ、行こ」


 折檻部屋とも呼ばれる倉庫から三人は連れ立って脱出し、食堂へ向かった。

 

 ▽

 

「「白パンっ?!」」


 クルツとグレンは食堂に出された丸いパンを見て目を輝かせた。


「シスターが、キミらが取ってきた魚の一部を売って買ってきたみたいだよ」


 たった2個のパンだが、白いパンは贅沢品である。

 白パンは、柔らかくて、甘くて、栄養があって、美味しくていい匂いがする。

 世界に二つとない素晴らしいものだ。

 二人は競うように手に取り、パクリとかじった。


「うめえっ!!」

「やわらけえ……! みんなも食ったのか?」

「ううん、これは働いた者の特権だってさ」


 マーガレットの言葉に、二人はピタッと手を止める。

 すでに口の中にあるパンをもぐもぐもぐと咀嚼して飲み込むと、歯形の付いたパンをカゴに戻した。


「じゃあ、オレ半分でいいや」

「俺も。ガキどもに食わせてやりたい」


 前述の通り、孤児院の経営はなかなかに厳しい。

 生きていくのに最低限の食事、寒くなく暑くない快適な部屋、清潔な衣服に沐浴。

 全てきちんと与えられてはいるのだが、残念ながら食べ盛り・遊びたい盛りの子供たちにはどうしても物足りない。

 

 経営者の娘であるマーガレットを除けば最年長であるクルツとグレンは、いつもガキどもにもっと旨い飯をたらふく食わせてやりたいと思っている。

 昼寝から逃げ出すのは単純に退屈なのが嫌だからだが、ただ遊ぶよりはガキどもがお腹いっぱい飯が食えるように木の実や魚を捕まえるほうを選ぶ。

 

 もちろん、たった2個の食べかけのパンでは、孤児たち全員で分けるのには無理がある。

 しかしそんなことは関係ない。

 彼らは「食べさせたいと思ったから食べさせる」だけなのであって、ガキどものためとか、責任感とか、そんな崇高な目的意識があるわけではないのだ。

 

 そんな二人を見てマーガレットはにっこりと笑う。


「言うと思った。でも、シスターは「あいつらは次はもっと上手くやる。そうすりゃ全員が白パンを食えるだろうさ」って言ってたよ」

「……ケッ」

「だから、今日は二人だけで食べればいいの。ね?」

「ふん」


 二人は口を尖らせて、パンをまた手に取る。

 そしてムシっとちぎると、マーガレットに差し出した。


「お前も白パン食ってねぇんだろ」

「俺らの縄解くためにずっと待っててくれたんだよな?」


 だからやる、と言って二人はパンを差し出す。


「……そういうことなら、ありがたくいただくね」


 二人から差し出された小さな食べかけのパンのかけらをマーガレットは喜んで受け取る。

 別に間接キスを喜んでいるわけではなく、口の悪い不良少年たちの心遣いが嬉しかっただけだ。多分。

 

 三人そろって白パンをむしゃむしゃ食べ、クルツとグレンは心なしか具の多い魚のスープを食べる。

 

 明日はもっと上手くやって、今度こそシスターの鼻を明かしてやる。

 三人の少年少女は、手強い保護者をどうやって出し抜くかを話し合った。

  

 就寝時間を過ぎて笑い合っている声を聞きつけたシスターに三人揃って拳骨を落とされるまで、その楽しい時間は続いた。

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