五章 「過去」
#1
過去編スタートです。
ダイチの前世、グレンとその仲間達の話となります。
ご存知の通り最後にはパーティは全滅するわけですが、全く暗い話ではありませんので安心してお読みください。
どちらかと言うと下ネタありのおバカテイストとなっております。
===
「待たんかーーーーッ! こんクソガキどもーーーっ!!」
ドスの効いた女性の声が、ここウィンスター村中に響き渡った。
シスター・ハンナ……ウィンスター村の教会のシスターの声である。
「この時間は昼寝だっつってんだろぉが!!」
怒鳴った先には、走り去ろうとする二人の少年の姿。
「眠くねぇもんは眠くねぇんだよっ!!」
「ここまでおいでっ!!」
煽るように言い返したのはウィンスター教会に併設された孤児院で生きる孤児だ。
名をクルツとグレアムという。
9歳になったばかりのクルツは、銀に近い金髪に青い瞳、端正だが吊り目がちのいかにも悪ガキと言った風体だ。
グレアムはクルツの一つ上の10歳。ごく普通のブラウンの髪に
対するシスターは酷薄そうな顔を引き攣らせている。
年の頃は五十ほどで、髪は法衣で隠れている。
筆舌に尽くし難い目つきの悪さと薄緑色の三白眼で逃亡者を睨んでいる。
逃げた二人は孤児院の脱走常習者であり、昼寝を嫌がって逃げる二人を怒鳴るシスター・ハンナの迫力のある濁声は、この村ではごく当たり前の風景だ。
村人たちは「おーやっとるやっとる」と軽く流しているし、走り去る少年たちに「頑張れよー」などと声をかけたりもする。
この世界では孤児は珍しくない存在だ。
医療が発展しておらず出産後に死んでしまう母親も多く、貧しくなると口減らしに子供を捨てる親も珍しくないのが主な原因だ。
また、死に仕事――冒険者や兵士などの子供も親が死ねば孤児になる。
そうした孤児たちは教会が預かるのが慣習となっている。
教会は主に寄付によって成り立っている。
いつ何時自分達が教会の世話になるかわからないこの世界では、余裕があれば教会に寄付するのが常識だ。
つまりそれなりに寄付は集まる。
それでも教会は基本的に貧乏だ――というより、単純に孤児の数が多すぎるのだ。
子供たちはいつも満足するほどは飯が食えず、だから一部の孤児たちはこうして事あるごとに教会を抜け出し、山や川で食料を調達するのだ。
と言っても、この二人の不良孤児、クルツと
教会では少しでも腹が空かないように昼食後に一時半ほどの昼寝が義務付けられており、それがこの二人には我慢ならない。
舌を出したり尻を叩いたりして煽る二人に、シスターはビキビキとこめかみに血管を浮かべる。
「ガキどもぉ……あたしから逃げようとはいーい度胸だ」
しかし、今すぐに追いかけることはできない。
昼寝する子供たちを放置して追いかけるわけにはいかないのだ。
どうもあのガキどもはあたしを舐めている。
貴族の血を受け継ぎ、元冒険者でもある自分を煽ったことを、必ず後悔させてやる。
シスターは指をボキボキと鳴らし「ケッ」と吐き捨てるようなそぶりを見せ、自分が守るべき孤児院へと振り返った。
▽
「くそッ! また見つかった!」
「どうやって見つけんだよ!?」
追跡を振り切ったつもりだった二人は、気配を消して影のように忍び寄ったシスター・ハンナに耳をつままれて爪先立ちになっている。
昼寝する子供たちを暇な農夫たちに任せたシスターは、即座に二人の追跡を始めると、迷うことなくほとんど一直線に逃亡者の元に辿り着いた。
凄まじい追跡能力である。
「お前ら、あたしを舐めすぎだ」
シスターはドスの効いた声でため息混じりに言った。
「足跡を消すくらいで、元冒険者を撒けるわけねぇだろ、アホ」
「でもっ! 何の痕跡も残してねぇはずだ!」
「あれか、匂いか?! 匂いを追ってきたんだろっ! この犬め!」
「あ"あ"?!」
シスターは二人の耳をさらに上方向に引っ張る。
少年二人は情けない泣き声を出した。
「いででででで!! すんません、すんません!!」
「離せ! いや離してください! 耳取れる!! いやー!!」
「このくらいで取れてたまるか。ちゃんともげるギリギリの力で引っ張っとるわ」
シスターは「逃げるなよ、逃げたら次は引きちぎるぞ」と言って手を離す。
「おー痛て……クソシスターめ……」
「どうやったら撒けるんだ、こいつ……」
「好き放題言ってくれるね」
耳を押さえて涙目の少年たちをバカにするように見下ろし、シスターは言った。
シュボッ、と
「お前ら、足跡を残したくなくて草むらを突っ切ったろ? ありゃ悪手だぞ」
「なんでだよ」
「草が折れれば追跡できる。真新しい跡をあんなに残したら、自分はここにいますって言ってるようなもんだ」
「じゃあ、竹馬に乗っていけば追跡できなくなるな!」
「アホか。そんなわかりやすい痕跡がありゃ、もっと早く見つけられるわ」
元冒険者としてはこの程度のことは朝飯前だ。
経験を積んでいない子供に、シスターから逃げ果せることなど不可能なのである。
とはいえ、二人とも本気でシスターから逃げ出したいわけではない。
なんだかんだ言って二人はシスターのことを母親……というよりは師匠として尊敬していたし、この柄の悪いシスターはシスターで、孤児たちを心から愛している。
むしろこの悪たれ坊主のことは気に入っている――だから逃亡するたびに、足跡(文字通りの足跡ということではなく、後を追えるような痕跡全般)を残さない逃亡方法を伝授していたりする。
「今回は教えてやらんが、そのほかにも大量の痕跡があったぞ」
「うそだっ!」
「次は体洗ってから逃げようぜ、こいつ絶対犬だぞ」
「お前らなぁ……一度でもあたしから逃げ切ってからそういうことを言いな」
シスターはタバコをポイと捨てて――この世界のタバコは
「収穫はあったのかい?」
「ああ! 見ろよシスター!」
「これだけありゃガキどもも腹一杯食えるぜ!」
確かにそこにはそこそこ大量の川魚やザリガニ、亀などが積まれている。
魚がピクピクと動いているのを見て、シスターは眉間に皺を寄せてフンと鼻を鳴らした。
「あーあーもったいねぇなぁ」
「もったいない?」
「魚はうまく処理すりゃ何倍も美味くなる。そうすりゃ村で高値で売れて、白いパンが買えただろうよ」
「白いパン……」
「ゴクリ……」
二人は顔を見合わせる。
白いパンは柔らかくて旨いが高価だ。
教会では普段玄麦の粥か、黒パンしか食べていない。
二人は頷き合うと、バッとシスターに頭を下げた。
「シスター! その処理方法を教えてくれっ!」
「そしたら、ガキどもに白パンを食わせてやれるっ!!」
シスターはハッと笑って、
「お前らもガキだろーが。っつーか、まず昼寝の時間に逃げ出すなつってんだろ」
逃げ出すならあたしにバレないように逃げな、と言ってシスターは腰に刺したナイフをシャッと抜くと、この不良で善良な二人に、魚の上手な締め方を教え始める。
「見ときな。まず魚は生きてるうちにココを……」
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