すいーーーーーーっ

エリー.ファー

すいーーーーーーっ

 泳いで行ってしまった彼女はもうどこにもいない。

 最初は、冗談だと思ったのだ。海は危険なところだし、沖に出てしまうのはよくないことは周知の事実であったし。

 でも、彼女は行ってしまった。

 戻ってくることはないだろう。

 たぶん、死んでしまったということになる。

 一年経過し、二年経過し、三年経過し、四年経過し、五年経過した。

 僕は新しい女性と恋を始めていて、もう間もなく結婚というところだった。子供が欲しいという彼女のためにお金を稼がなければいけなくなったこの体はもう自分だけのものではなくなっていた。

 副業も始めた。

 いくら稼げるかわからないが少しでも家計の足しになればと思った。

 自分の頑張りが誰かの幸せにつながっていると信じられる、そんな論理を頭の中に作り出したところで、自分は酔っていることに気が付いた。

 遅かった。

 何もかも。

 妻は浮気をしていた。

 お腹の中の子供は僕の子ではなかった。

 ショックで病気になってしまった。

 会社もやめて、実家暮らしを七年続けた。

 僕は。

 いつのまにか、僕が一番見下していた人間たちと同じような生活をしていた。


 復活する兆しが見えないまま、今日も生活をしている。

 状況に一切の変化がないことは安心を生んだが、自分がまるで取り残されたような気分になり、鈍った感覚との誤差がより一層際立って気分が悪くなる。

 あえて、自分は狂ってしまったのだと思い込もうとしたが全く無意味だった。ここまで繰り返してきた選択が全く無意味であり、そのまま遠ざけてしまいたいと願っていたことを自分は分かっていたからだ。

 狂っていないのに、狂っていないと到達できない人生の終末に立っている。

 悲劇三割増しである。


 死のう死のうと思ってこの年齢になってしまった。

 死ねない。

 死ぬ勇気があるかないかという問題ではない。そんな低俗なものではなく、それ以上の悲しさが積みあがってきてしまうのだ。

 どことなく達観していると思う。けれど、その視点だとなんの行動もできないのである。まるで現実と自分の座標軸がずれてしまったかのようである。しっかりとオブジェクトがあって、それについて反応がるかどうかを注意して調べなければいけないというのにも関わらず失敗している。

 まともであることを自分に言い聞かせるために取った証明方法がそもそもまともではないのだ。

 こんなことを普通しないし、一度してしまったら帰って来れなくなる。

 絶対にそうに決まっている。

 間違いない。

 誰もがそう言っている気がする。たぶん。


 明日こそ絶対に死んでやると思っている。

 そうだ。絶対に死ぬんだ。

 自殺してやる。

 怖くない、怖くはない。

 すいーーーーーーーっと死ぬ。

 絶対に死ぬ。

 水滴のように死ぬんだ。洗練された形で死ねるようにしっかりとイメージはしてきた。自分の中にある、心と向き合うことによってできる本当の死を手に入れることはできた。

 詩的であるとかそういうことじゃなくて、これはマジのやつ。絶対に死んでやる。だって、もう社会と関係を断ち切ってこの年齢になったんだからどうにもならないだろ。

 そういうものだろ。

 分かってるんだよ、こっちだって、明日よりも今日の方が簡単で、今日よりも昨日の方が絶対に簡単だったはずなんだよ。

 でも。

 でも、できないんだよ。

 できなかったし、ずっとこれからも、できないままなんだよ。

 できないんだって、なんか難しいんだよ。

 

 今夜も死ねないんだよ。

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