第156話 剣帝vsケモ耳騎士
「では――行くぞ」
その掛け声と共に、最初に飛び出したのはトールであった。
先程までの困惑や呆れから一転、鋭い一撃を振り下ろすトールだが、皇帝陛下は僅かな動きでそれを受け止めていた。
「ほう……思いの外やる気だな」
「我が主の命ですので」
……俺、そんなにガッツリ頑張れとか言ったかな?
まあ、間違ってはないが、トールさん俺を軽く言い訳に使ってそうでなんか少しムッとしそうになるが、気にしても仕方ないな。
「ならば、こちらもそれ相応に相手をするとしよう」
そう言った瞬間に、皇帝陛下の姿が掻き消えた。
いや……目に見えない程のスピードで移動したのかな?
辛うじて捉えられている俺なんかとは違い、トールは普通に見えているようで当たり前のように常人では見えない速さに動きをシフトする。
「素晴らしいな。亜人とはいえこれ程の相手はいつ以来になるか」
「恐縮です」
……怖い、物凄く怖いよ。
ほとんど見えない上に風圧が凄まじいのだが、声だけは普通に聞こえてくるこの状況怖すぎる。
魔法で視力を強めていてもギリギリの動きなので、アマリリス義姉様達には本気で声だけ聞こえてる状況だと考えるとより一層ホラー要素しか感じない。
これが達人の領域か……
「うわー、トールくんも凄いね」
「ええ、相変わらず凄い奴ですよ」
「エルの自慢の騎士だもんね」
無邪気にそんな事を言うマルクス兄様。
否定したいが、ここまで真っ直ぐ言われてしまうと否定できないというのがマルクス兄様クオリティというものだろう。
本当に凄まじくイケメン具合の高い兄である。
「やっぱりエルの騎士は凄まじいね。父上の動きにこれ程着いてこられた相手は久しぶりかも」
そして、どうやら俺と同じかそれよりも少し上くらいではこの高次元の戦いが見えているようなアクセル義兄様は、なんとも楽しげにそんな事を言う。
その声の様子は今戦っている父親と似たような感じに聞こえてくるので、親子でそっくりなのだろうと思った。
「アマリリス、大丈夫かい?」
「ええ、エルちゃんの魔法のお陰で大丈夫よ」
「なら良かったよ。エル、ありがとう」
「いえ、当然のことですから」
今のところ、俺の魔法を貫通するような攻撃が飛んでくる事はないが、戦っている2人の熱量が上がっているのが気になるところ。
「まだ上がるだろう。もっと速度を上げても良いぞ」
「……では、お言葉に甘えて」
移動の衝撃と、斬撃の余波で空気が振動する。
先程よりも圧倒的に速い速度で2人は戦っているが、2人ともまだまだ全力には程遠い様子であった。
例えるなら準備運動のような、ストレッチ感覚でのウォームアップ。
……あかんな、この2人の本気が出たら止められるか不安になってきた。
最悪は俺の最強の水魔法で2人の動きを止めてみせるが、使わないことを祈っておく。
「剣技は独学と教えの両方といったところか。その若さで大したものだ」
「恐れ入ります」
「だが――まだまだ青いな」
ギンっ!と、それまで動きが見えなかったトールが弾かれて、姿を表す。
それ程の威力だったのだろうが、それでもトールには傷一つなく、至って平気そうではあった。
それを見て、ゆらりと幻影のように姿を表した皇帝陛下もニンマリと笑みを浮かべる。
「受けも悪くない。惜しいな。我が国の人間なら間違いなく騎士団に迎えていたのだがな」
「私は殿下の剣ですので」
「うむ、主とも共我が国に居たら間違いなく後世を託していた逸材と言えるな。しかし、まだまだ青い」
トントンと、自身の手元を叩いて、トールに何かを伝える皇帝陛下。
すると、トールは自身の手元を見て。グローブに着いていた傷を見て驚いたような表情を浮かべる。
距離的にハッキリとは見えないが、恐らく技と表面だけに傷をつけた皇帝陛下。
その気になっていたら、今頃手首は無くなっていると言わんばかりのそれに、トールは一瞬震えてから、何とも挑戦的な笑みを浮かべて言った。
「……なら、今ここで成長してみせます」
「そうこなくてはな。面白い」
そうして、本来の予定を大幅に超過したこの戦いは、訓練場に綻びが出来るまで行われたが、終わった後皇帝陛下は何とも満足気な表情で激務に戻って行ったのは何とも印象的であった。
トールは珍しいことに、久しぶりに全力近くまで力を使ったからか、クレアとのイチャイチャ以外での疲労をしていたが、こちらも満足気で、時間のある時にまた稽古を付けてもらう約束までしていたので凄まじいものだ。
というか、そんな約束したら俺も更にこちらに来る頻度が上がってしまうのだが……まあ、無粋なことを言うほど野暮でもないし、トールが強くなるのは悪いことでもないので諦めて受け入れることにする。
大人になったね、エルダート。
どうせ、アマリリス義姉様の里帰りや、首脳会議(俺の親族限定)で移動することもあるだろうし、今更一つ増えてもそんなに変わらないよね。
ただ、それを口実にアクセル義兄様がさり気なく俺というタクシーを便利に使いそうだというのは、何となく予想出来てしまうのだが……まあ、対して手間でもないし仕方ないかな。
そんな訳で、思わぬ戦いを見てから、予想外の事がちょいちょい起こりつつも、当初の目的であるアマリリス義姉様の里帰りは悪くない結果であった。
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