第154話 ご指名
「時にエルダート殿。少し頼みがあるのだが……」
娘との交流を堪能した後にそう切り出す皇帝陛下。
「えっと、どのようなことでしょう?」
このタイミングでの頼みというと、何か厄介事かと少し警戒をするが、そんな俺の予想とはかなり違う言葉が皇帝陛下から出てくる。
「貴殿の連れてる従者……亜人の彼と少し手合わせをしたいのだが、貸してくれぬか?」
「トールをですか?」
「ああ、最近はあまり骨のある強敵と剣を交えていなくてな。軽い運動に付き合って欲しいのだ」
俺の護衛に徹していたトールは俺以上に驚いているのだろうが、それを表に出さない辺り、相変わらず表情を作るのも上手いものだと関心をするが、さてどうしたものか。
別にトールを貸すこと自体は問題ないのだが、アクセル義兄様曰く、『剣帝』という二つ名を持つらしい皇帝陛下相手に軽くとはいえ手合わせさせるとなると、トールの嫁達から許可を貰った方が後々恨まれるリスクも少ないだろうか……うーむ、非常に悩むところだ。
なお、トール本人の意思は確認の必要は無いだろう。
強い相手との手合わせを拒むほど、ドライではないので、むしろ熱くなり過ぎないようにだけさせればいいだろうし。
「分かりました。今からですか?」
「うむ、あまり時間が取れぬのでな。悪いが直ぐに頼めるか?」
「承知しました。トール、行けるよね?」
俺の確認に一礼して答えるトール。
それが様になるのが相変わらずイケメン様々なのだが、気にしたら負けだと自分を励ましておく。
「では、先に訓練場に向かっていてくれ。支度をしたらすぐに向かう」
「凄いね、まさか父上が自分から手合わせを申し込むなんて予想してなかったよ」
流石は大陸最大規模の帝国の城というべきか、皇帝陛下専用の訓練場があるらしく、そちらへ向かって歩いていると、何とも楽しげにそんな事を言うアクセル義兄様。
「そうなんですか?」
「うん、私も初めて見たかもしれない。レインさんはどう?」
「私も記憶にないですね」
アマリリス義姉様もレインも驚いていたようなので、本当に珍しいケースのようだ。
「娘に良いところを見せたいのが半分、後はトールくんの実力に期待が半分ってところだろうね」
「期待ですか……」
どこか表情を引き攣らせているトール。
まあ、気持ちは分かるが、どうせ本番になれば楽しんでしまうのだろうし、気にしても仕方ないか。
「ちなみに、近衛騎士団の精鋭100人との稽古でも息ひとつ乱さない化け物だから、気をつけてね」
「それ、本当に人間なんですか?」
帝国ほどの規模の近衛騎士団……しかも、精鋭100人との稽古をして息ひとつ乱さないって、普通におかしいのだが、トールとフレデリカ姉様も似たような話があるので上位クラスの世界の凄まじさを実感させられるというもの。
うん、俺には多分到達できない領域だよね。
「アクセル義兄様は剣の方は得意なのですか?」
「僕はそこまでかな。マルクスくんよりは多少上手いくらいだろうね」
「僕はそこまで剣は得意じゃないから、参考にはならないだろうけどね」
そんな謙遜を言うマルクス兄様だが、普通にスペックは高いので帝国の騎士団の稽古に混じっても問題ないくらいには強かったりする。
ただ、本人が好戦的な性格ではないからあまりそちらに本気を出てないのだが……まあ、そんな所もマルクス兄様らしくて良い思う。
なお、アクセル義兄様は絶対自分の実力を誤魔化したと思うのは俺だけではないはず。
レイン溺愛ガチ勢のこの人は、資質でいえば間違いなくこれまで会った人の中で一番総じて高いはずなので、レインを守るために腕を磨くのを怠ったりはしないと読んでいる。
「でも、お父様は強いから怪我だけはしないようにね」
優しくそう言うアマリリス義姉様だが、その辺の心配は要らないだろう。
「大丈夫ですよ。俺の騎士は最強ですから。ね?」
「……殿下の御心のままに」
「頼もしいね。エルの信頼が厚い騎士様の実力が見れるのが楽しみだよ」
別に信頼が厚いという訳では無いが……あくまで手合わせだし、それにどんな強敵でもトールなら何とかするだろうという確信があるので任せられるのだ。
これが信頼と呼ぶものかには一考の余地があるだろうが、トールは亜人という枠組みすら越えうる器を持ってそうなので、そろそろ次の目標を決めるには持ってこいと言えた。
現状、フレデリカ姉様が一番身近な強敵だが、それすら越えうる皇帝陛下の存在が居れば、トールはより一層強くなるし、そうなれば俺も守ってもらいやすいというもの。
うむ、WIN WINの取り引きだよね。
その当の本人のトールは、何とも言えない表情ではあったが、決まったことなので仕方ないという感じで一応割り切ったような感じではあったので問題ないだろう。
にしても、トールは女だけでなく強い男にもモテるようで、きっとこいつはモテの加護とか貰ってそうだなぁとしみじみ思った。
ここまで来ると、流石にそれも有り得そうだが、今回の例を見るにあまり羨ましいとは思わなかったけどね。
うん、平和が一番だよね。
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