第70話 レイナ
「ここだ」
陛下に案内されて、俺とジーク義兄様はダルテシア王国の王城の一室へと来ていた。
王城の隅の方の他の部屋とは、物理的に離れているその周辺は、人払いでもされてるように誰も居ない。
しかし、近づくと分かる。
確かに、微量ではあるが死属性らしき馴染みのない魔力を感じる。
ドア越しでも、微量に漏れるほどの魔力……思いの外強力そうだ。
「レイナ。私だ」
そう、陛下が声をかけると、返事が返ってくる。
それに頷いて、国王陛下が部屋へと入ると、俺とジーク義兄様も後に続く。
少し広めの部屋には、大きめのベッドが置かれており、そこには一人の少女が居た。
長く綺麗な金髪の、どこか儚さを感じる俺と同い年くらいの女の子。
その顔には、酷い火傷の跡が残っており、見えてないであろう目の代わりか、音で父親以外の足音を認識したのか、首を傾げた。
「お父様、お客様ですか?」
「ああ、私の親友の息子のエルダートと久しぶりにジークも来てくれたぞ」
「そうなんですか……えっと、お久しぶりです。ジーク様。それと、初めまして、エルダート様。このような姿で申し訳ありません。私、レイナと言います」
笑みを浮かべながら、そう自己紹介するレイナ。
その健気さに、国王陛下の表情はなんとも苦しげであった。
「うん、初めまして。エルダートです。実は俺、少し治癒の魔法が使えてね。レイナさんのお役に立てたらなと思って来たんだ」
「そうなのですか……?でも、私にはあまり近づかない方が良いかと。お父様も、もう危ないですので、下がって頂いた方が……」
「そんな事できるか!」
レイナの言葉に国王陛下は思わずといった様子で叫ぶ。
その声にビクリとするレイナを見ると、しまったという感じで後悔する国王陛下。
……うん、お互いに互いを思いやっての結果というやつか。
レイナは自分の力で父親に危害を加えたくないし、負担になってることに負い目を感じてる。
国王陛下は、自分の無力さを痛感しながらも、何出来なくても娘を何とか救いたい。
親子愛ってやつか……うん、俺もこの世界で初めて知ったけど、こういうすれ違いは放っておけないね。
そう思って、俺はゆっくりとレイナに近づく。
すると、ジーク義兄様が心配そうな表情を浮かべるが、微笑んで手を振る。
確かに、近づく程にレイナの纏う死属性の魔力が強くなるが……俺の魔力なら、ガードは容易い。
「あ、あの……」
近づく俺の足音に、困惑するレイナ。
まあ、自分から近づくのは中々に度胸が居るかもね。
死の魔力自体が、一種の本能へのプレッシャーというか、死への恐怖を喚起させるようなものなので、まともな神経と一般的な魔力量では対処は難しいだろう。
「さて、やるだけやってみますか……」
気合いを入れて、俺は魔力を体内で練る。
無尽蔵に余りまくっている魔力だが……これから使うのは力技なので、足りるかは不明だ。
死の魔力の波長をある程度把握して、解析すると、大体どうやっての派生かも把握出来た。
その上で応用に使えるかも確認……問題ないようで、クリアした。
「少し失礼するよ」
「え……?」
俺は、驚くレイナにそっと触れる。
その瞬間、物凄い死の魔力が俺に流れ込んでくるが……俺はそれを無理やり死属性から光と無属性の派生である、オリジナルの生属性へと変換することで対処する。
さて、ここからが本番だ。
俺は、レイナから流れる死属性の魔力を徐々に生属性へと変換していく。
一気にやるのはダメだ。
体質的なものだし、馴染むまでゆっくり時間をかける。
深部まで到達するまでかなりの時間を必要とするが……俺は同時に、内部からも生属性を馴染ませるように魔法を行使する。
まるで、光の本流のように室内には白と黒の光が点滅しているが……集中している俺は元より、いきなりの状況に他の3人は絶句しているようだった。
属性変換……俺の開発したオリジナルの魔法で、その効果は任意の属性へと魔力を変換できるというもの。
とはいえ、レイナの死属性の魔力は生まれもってのもの。
本質を変えるのはかなり難しいが……出来ない訳ではない。
例えば、これが身体的特徴だった場合、元から欠損してるものを治すのは不可能に近い。
ただ、魔力ならば、レイナの纏う魔力と、内包する魔力それらの根幹を属性変換の魔法で逆転させれば少なくとも、誰かの命を奪うような死属性の魔力は出せなくなる。
ただ、それを為すには俺の魔力でもギリギリと言えた。
これでレイナがもう少し年上だったらたぶん無理だろう。
その頃には今の倍以上に死属性の魔力が高まってるから、今の俺ではそこまでは難しい。
だが、今ならなんとか……
そうして、しばらく格闘していると、徐々にレイナの魔力が俺の属性変換によって変わった生の魔力として馴染んでいく。
(くっ……目眩が……我慢だ我慢)
慣れない魔力による酔いと、大量の魔力消費による消耗、そして、複数の複雑な魔法操作とそれらの行使による負担。
正直、辛い。
でも、一時の辛さなんか、この子が味わっていたものに比べれば微々たるもの。
アレルギーというイレギュラーがあった俺だからこそ、近くて遠いように気持ちが分かる。
だから、そんな人を放っておけない。
「何でしょう……凄く温かい……」
そんな呟きをするレイナ。
その瞬間、レイナの体に完全に魔力が馴染んだのが分かった。
その身にあるのは、先程までの恐怖を喚起させるような死属性の魔力ではなく、包み込むような優しさを感じさせる、安心感のある生属性の魔力へと完全に変わっていた。
ぐわんぐわんと、視界が回る。
やばい……流石に限界かも。
とはいえ、最後にまだやるべき事がある。
俺は揺れる視界を何とか把握して、レイナの頬に手を添えると、最後の力を振り絞って治癒魔法をかけていく。
「これは……!」
「光が止んだと思ったら、今度は治癒……」
驚くような声が後方で聞こえるが、それも仕方ない。
先程まで悲惨なほどであった火傷の跡が、まるで時を戻すように治っていく様子は、俺が観客でも同じリアクションをしたかもしれない。
ただ、俺は火傷跡だけを治してる訳ではない。
そうして、みるみるうちに、レイナの顔が元の整った美少女の容姿へと変わっていくと……ついに、変化が生じた。
「あれ……?」
違和感でも感じたのか、目元を手で覆うレイナ。
その様子に心配そうな国王陛下だったが……次のレイナの言葉に驚愕する。
「見える……見えます!お父様!目が見えます!」
「な、なんと!?」
完全に失明していたはずの目が見えるようになった……驚愕と喜びが入り交じった声がするが……遠くに感じる。
「……エル?」
喜ぶ国王陛下とは対照的に、ジーク義兄様は俺の異変に気づいたようだ。
「とりあえず、これで大丈夫かと。あとは……」
ふらっと、俺はついに限界が来て床に倒れ込む。
駆け寄ってくるジーク義兄様と、心配そうなレイナが見えたが……声を発するのもしんどい。
俺はついに限界が来て意識を閉じてしまうが……不思議なことに充実感で一杯であった。
前世の俺には出なくて、今世では出来たこと……少なくとも、悲しんでいた女の子の悲しみを和らげられたのではないかと、少しは誇りたい。
死ぬ訳では無いが、疲労で多分何日かは寝込むだろう。
あ、しまった……その辺説明を忘れてた……
アイリスに心配かけちゃうなぁ……トールよ、上手く誤魔化しといてくれ。
あと、ジーク義兄様が上手くレフィーア姉様をフォローしてくれるだろうし、次に起きるまでゆっくり休ませて貰おう。
とりあえず、しんどかったぁ……うん、頑張った俺。
そんな自画自賛は多分いつもはしないだろうが……たまにはいいだろう。
そうして、その日、俺は一人の女の子に手を差し伸べられたのだった。
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