第65話 ブレない女

「うむ……よく寝れた」


朝起きると、見知らぬ天井であったが、ここがアストレア公爵家の屋敷だと思い出してムクリと起き上がる。


流石公爵家、ベッド一つとっても質がよく、旅先では一番と言っていいだろう。


昨日は結局、夕飯を俺が作ってそれを皆で食べたのだが、流石に帰らない訳にもいかないので、名残惜しそうな姉様達には申し訳ないが送り届けることにした。


父様とマルクス兄様は仕事があるけど、後でダルテシア王国の国王陛下に会いに行く時にはまた連れてくることになるだろう。


姉様達はまた別途でこちらに連れてくることになりそうだ。


まあ、別に姉様達がこちらに泊まっても問題はないのだが……フレデリカ姉様は翌日も稽古があるし、なるべくなら向こうで休んでコンディションを整えたいという理由があり、リリアンヌ姉様はあまり外出は好まないというのと、読みかけの本があって続きが気になると帰った次第だ。


そして、俺だが、向こうで休んでも良かったのだが、一応まだ旅の途中とも言えたので大人しくアストレア公爵家にお世話になっていた。


ダルテシア王国に転移先も設定できてるし、これまでの道中にも何ヶ所か転移先を記憶しておいたので、これからはいつでも来られるが、せっかくの他国の王都だし、楽しみたいものだ。


着替えて、身支度を整えると、軽く屋敷を散歩することにする。


あまりうろちょろしても迷惑かもだが、その辺は邪魔しない程度を心掛けようと思う。


「はっ!」


そんなことを思いながら、屋敷の中庭に行くと、そこには朝早くから訓練をするトールの姿と――


「……じゅるり」


――そして、それを見つめる野獣の姿があった。


「……おはようございます、殿下」


その野獣は俺の視線に気づくと、すくりと立ち上がっていつも通りという様子で挨拶をしてくる。


「うん、おはようクレア。トールはいつから?」

「一時間程前からですね」


その野獣、もといクレアの答えに頷く。


つまり、その頃からずっと見てたらしい。


「朝早くから頑張るなぁ……」

「ええ、本当に。とっても美味しそ……じゃなくて、頑張ってますね」

「うん、別に無理に隠さなくていいから」


というか、隠せてないし。


ここまでストレートだと、俺としては割と好印象だったりするかも。


「まあ、何にしても、トールのこと見守っててあげてね。変に無理する時あるから」


そして、奴はそれを俺には見せないようにするだろうし、その辺はクレアに上手くコントロールして貰う方がアイツも無理はしないだろう。


そんな風な意図を察したのか、クレアがくすりと笑って言った。


「殿下も、なんだかんだで、ダーリンのこと気にしてるんですね」

「まあ、俺の騎士だしね。それ以外に深い意味はないよ」


俺は魔法が無ければ、非力な子供だし、トールに守って貰わないとね。


守られるほど偉くも大切でもないが、まあ、そこは念の為。


「それにしても……殿下もアイリスちゃんも気にしないんですね」

「ん?何を?」

「私の行動をです。普通に考えて、年下に結婚を迫る女って怖いでしょうし」


……それを自覚してやれてたのたら、本当に大したものだよ。


「まあ、好きになったら年齢とかそんなに関係ないし、トールはイケメンだからモテても不思議はないかな。それに、本当に嫌ならトールはストレートに断るから心配はしてないよ」


そう、トールという男は、普段からモテるし昔から異性からの受けはいいので、その手のあしらいには慣れている。


興味が無いのなら、尚更だ。


ただ、クレアのようなタイプには弱いので、こうして今も色々と抵抗しつつ相手をしてるのだろう。


まあ、色々言いつつも、放っておけないから、トールもクレアに抗ってるわけで、つまりほとんど合意の上なので俺からどうこう言うつもりは無かった。


その辺はアイリスも一緒かな?


ブラコンだけど、兄の幸せを願ってるのだろう。


そんな俺の答えに驚いたような表情をしながらも、クレアは表情を緩めて言った。


「なるほど、アイリスちゃんが慕うわけですね。ダーリンが仕える気持ちも何となく分かりました」


別にそのまま思っていたことを告げただけだったのだが、クレア的には何か思うところがあったらしい。


そう言ってから、再びトールに視線向けて野獣のような獲物を見る目でトールを見つめるクレア。


なんというか……こういう人を残念美人と言うのだろうか?


まあ、その残念要素がトールに放っておけないという気持ちにさせてるのだろうが……本人としてはその辺は分かってなさそうだなぁ。


トールらしいといえばらしいけど、モテる男というのも大変そうだ。


俺には多分、理解できそうにない気持ちだけど。


それを理解できたら、俺もきっと父様やマルクス兄様、ジーク義兄様と同じイケメンという世界に足を踏み入れたことになるだろうが……先は果てしなく、荒野か砂漠のように広大であった。


そして、そんな俺の黄昏とは別に、トールも、クレアの視線の鋭さが増したと感じたのか背筋を震わせていたが……今のところは無害だと分かったのか、訓練に戻った。


切り替えが早くて凄いね。


まあ、この二人の様子も楽しいので、そのうち進展があることを祈ってるよ。


そうして俺は2人を残して散歩の続きに戻るのであった。










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