第33話 餅は餅屋
「みのりんや、今日もよろしくね」
「ぶもっふ」
朝食を終えると、準備をして、俺は本日もお世話になるみのりんに挨拶をしていた。
みのりんは任せろと言わんばかりのやる気満々のご様子。
なんとも頼もしい。
「ところで、殿下。この家どうするんです?」
みのりんと触れ合っていると、他のラクダラを連れてトールがそんなことを聞いてくる。
「ん?まあ、流石に壊すよ。ここに置いておいても管理するの面倒だし」
「壊すって……それにしては大きく作りすぎじゃ……」
「少し寂しいですね」
呆れるトールとは対照的に、アイリスは名残惜しそうに家を見つめていた。
そういう顔をされると壊しにくいけど……まあ、でも形あるものはいつか壊れるしね。
「また、今日も違う家を作るから楽しみにしててよ」
「はい!」
嬉しそうに頷くアイリス。
それを見てさて、壊すかと思っていると、トールが腰の剣に手を添えて俺の前に立つ。
「殿下、下がっててください」
その言葉と同時に他の護衛の騎士さん達も俺を守るように隊列を組む。
「サンドウルフかな?」
そうして守られる俺は、トールの言葉の少し前に感知魔法に引っかかった存在をようやく視覚でも認識していた。
それは、砂漠によく居る魔物で、サンドウルフと呼ばれる狼のような魔物だ。
この魔物は砂に擬態できるので、砂漠初心者が一番駆られやすいターゲットなのだが、個の力はそこまで驚異ではない。
ただ、集団になるとそれぞれそこそこ賢く連携して立ち回るので厄介ではある。
まあ、トール達なら問題ないかな。
そんなことを思っていると、感知魔法に更に複数のサンドウルフの反応を確認した。
30匹くらいだろうか?
少し面倒だな。
「トールくん、手助けは居るかね?」
「アイリスとそこでお茶でも飲んでいてください」
「そう?じゃあ、アイリス。紅茶でも淹れてくれるかな?」
「分かりました」
テーブルと椅子を魔法で作ると、カップやお茶の葉など必要なものを取り出してアイリスに渡す。
最近、お茶も淹れられるようになったアイリスは手際よく準備をする。
前は良くドジしてたのに立派になってきたなぁ……
「あっ……!」
なんて思っていると、カップを落としそうになる。
魔法で受け止めたので地面に落ちることはなかったが、まだまだ時々ドジをするので、可愛いものだ。
「――ふっ!」
そんなことを思っていると、トールは他の護衛騎士さん達と連携してサンドウルフの対処をしていた。
流石は父様が付けてくれた護衛騎士さん達というべきか、なかなか見事な連携で倒していく。
そんな中で、一番輝いていたのは誰であろう……そう、トールだ。
とんでもない跳躍でサンドウルフに接近すると、一瞬で首を落としてしまう。
「トール、また強くなったな」
「ええ、お兄ちゃんは頑張り屋さんですから」
少し自慢げにアイリスが頷く。
騎士団長との稽古は見てたけど、予想以上に強くなってるようだ。
寝首をかかれたら何も抵抗できなさそうだと思ってしまう。
まあ、そんな気配は微塵もないが、なるほど、これが部下に恐怖する上司の図か。
人間とは恐ろしいものだ。
「おーい!トール!回収も忘れないようにねー!」
すぐに決着がつきそうだったので、俺はトールにサンドウルフの素材の回収を念押ししておく。
その言葉に軽く頷いたように見えるトールだったが、少し距離があるので気の所為の可能性もある。
まあ、トールなら分かってるだろうし、大丈夫か。
そんなことを思っていると、トール達が居る反対方向――俺の後方に更に追加のサンドウルフの反応を感知する。
トールも気づいたのだろう、回収を後回しにしてこちらに戻ってくるが……少し間に合わないかな。
「アイリス、ゆっくりお茶の準備よろしくね」
「はい、もちろんです」
大量のサンドウルフが近づいてきているが、アイリスはニッコリと微笑んで頷いた。
俺を信じてくれてるのだろう。
その期待には答えなくてはね。
「『アイシング・ブレス』」
そっと、手を翳す。
すると、前世に凍てつく波動が流れて、向かってきたサンドウルフ達を広範囲で凍らせた。
氷魔法の一つ、『アイシング・ブレス』は、広範囲に作用する魔法なので、こういう多対一にはもってこいだ。
本当は凍結したら短時間で壊れて結晶化するのだが……今回は素材も欲しいので加減している。
「やっぱり、殿下は護衛いらないんじゃ……」
片付けてきたらしいトールが、凍りつくサンドウルフ達を見て呆れたようにそう呟く。
「いやいや、俺は魔法がないと非力だからね。誰かに守って貰わないと」
「魔法使えない状況の方が珍しいような……それで、これ溶けるんですか?」
つんつんと凍りつくサンドウルフを触るトール。
「適度に凍らせたから素材の鮮度はいいと思うよ」
「器用なことしますね……」
「それより、素材の回収は大丈夫?」
「ええ、後は凍ってるのだけですね」
チラッと視線を氷像から護衛の騎士さん達に向けると、一箇所にサンドウルフの死骸を纏めてくれていた。
仕事が早いね。
「殿下、お怪我は?」
「ないよ、ありがとう」
「いえ、申し訳ありません。もう少し早く駆けつけるつもりだったのですが……」
「結果的に無傷だから大丈夫だよ。皆、ありがとうね」
恐縮する騎士さん達にそう言うと、感激したように頭を下げられてしまう。
本当に父様はいい部下に恵まれてるね。
マルクス兄様も父様の跡を継ぐために色んな人と交流をしてるけど、マルクス兄様なら父様に負けないくらいの多くの忠臣に恵まれるだろう。
うん、大変そうだけど頑張ってください。
「にしても、トールまた強くなったね」
「そうですか?まだまだ騎士団長には及びませんよ。あの人なら今ここで凍ってるのサンドウルフを1人で片付けられますから」
化け物だろうなぁと思っていたけど、予想よりも化け物じみた実力を騎士団長はお持ちのようだ。
「殿下の姉君のフレデリカ様も楽勝でしょうし」
「姉様もやっぱりとんでもないのか……」
「エル様、どうぞ!」
姉の予想以上の力を知ってしまって黄昏る俺に、癒しをもたらすようにアイリスがお茶を淹れてくれた。
この戦闘区画でここまで普通にお茶を淹れられるこの子も案外大物かもしれない。
信頼が嬉しくもあり、守りたいと思わせるこの笑顔。
「……うん、美味しい」
「良かったです」
凍りつくサンドウルフを片付け始めたトール達を尻目にうさ耳美少女にお茶を淹れてもらって飲む俺。
実に罪悪感があるが、お仕事なので仕方ない。
俺はここで堂々としてないと、父様や兄様の顔に泥を塗るヘタレ王子になるし、なんちゃって王子でも平然としてないとね。
それにしても、アイリスのお茶も日に日にレベルが上がってる気がする。
メルのレベルまではまだ距離がありそうだが、少なくとも砂糖の分量を間違えていたあの頃に比べると随分と遠くに来たものだ。
そこまで出会ってから時間経ってないと思うが……
チラッとアイリスに視線を向けるとニッコリと微笑まれる。
やだ、可愛い。
「さっきのエル様かっこよかったです」
「ん?さっき?」
「沢山の狼さんが来る時に、私に笑ってくれた時です。凄くかっこよかったです」
少し頬を赤く染めてそんなことを言う。
なんか美化されてるような……確かに、アイリスを心配させないように軽く微笑んだけど、彼女的にはそれが中々高評価だったらしい。
世の中何が需要があるか分からないものだね。
少し照れくさくて俺は視線を逸らすが、アイリスはそれでも俺に少し熱を込めてそうな視線を向けてくれた。
まあ、あれだ。
餅は餅屋、戦闘はトールに任せるに限るね。
そんなことを思いながら作業を見守りつつ、ティータイムを楽しむのであった。
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