第18話 暑い日の鍋
時期的には冬に近いはずの今日この頃。
本日も熱帯につき、相変わらず太陽からの洗礼が眩しいことこの上ないが、そんな日こそ俺はしたい事があった。
「よし、こんなものかな」
厨房で下ごしらえをして、部屋へと料理を運ぶ。
湯気が隙間から出てるせいか、すれ違う使用人さん達に奇異の視線を一瞬向けられるが、その発生源が俺だと分かると納得したように通り過ぎていく。
……なんか、変なこと=俺みたいに思われてそう。
うん、もう少し良識ある行動も身につけてみよう。
「おーい、ドア開けてー」
『はーい』
鍋で両手が塞がってるので部屋の中に居るアイリスに声をかけると、すぐにドアを開いてくれた。
「エル様、それは……?」
「ん?ああ、今日のお昼だよ。一緒に食べる?」
「え?でも……」
チラリと室内に居る兄のトールに視線を向けるアイリス。
王子と一緒に食事なんて大丈夫?みたいなノリなのだろうが、自室だしプライベート空間だからそこまで問題もあるまい。
「……では、お言葉に甘えて」
トールもその結論になったようで、そう答えるとパァっと顔を輝かせるアイリス。
この子食べ物のことになると途端に無邪気さが増す気がする。
うん、まあ、美味しく食べる娘は嫌いじゃないよ。
むしろ、食に拘るような人の方が一緒に居て飽きないしね。
「それで、これは……?」
「ん?ああ、ただの鍋だよ」
グツグツと煮えている大きめの鍋。
その中身は、肉と野菜を中心としたありふれたメニューだが、そもそもこんな暑い地域で鍋なんて食す習慣はほぼ皆無なので、新鮮な料理とも言えた。
北の方に行けば普通に皆食べてそうだよね。
「おにく……!」
「はいはい、今取り分けるからね」
中身の肉に早くも反応するアイリス。
なんというか、うさ耳が肉食ってギャップ萌えなのだろうか?
まあ、俺もお肉好きだけどね。
「僕がやりますよ?」
「あ……わ、私が!」
「いいから、トールは何が好き?」
サクッとアイリスの分をよそってから、そう聞くと、トールの視線は肉団子に向いていた。
うん、肉団子ね。
「ほい、2人とも熱いから気をつけてね」
この暑い中で湯気が出てる料理を食べるという贅沢……うん、素晴らしいね。
こうして汗が出そうなものを前世ではほとんど食べれなかったし、やっぱり汗をかけるってかなり幸せなことだと思うんだ。
まあ、脱水症状まで行けば流石にそんなこと言えないけど、そんな揚げ足を取る人は居ないだろうから気にしない。
「ん?2人とも食べないの?」
さて、自分の分もよおうと思って、とりあえず白菜を取っていると、2人がまだ手をつけてないのに気がつく。
「エル様、一緒に食べましょう」
笑顔のアイリスにそう言われて、それもそうかと思いその優しさに甘えて手早く自分の分をよそう。
「じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
こっちに、この挨拶の習慣は無かったのだが、たまに口に出てたせいか、2人も真似するようになってしまった。
まあ、食への感謝は必要なことだしね。
「あちゅ!」
さて、冷ましつつ食べようと思っていると、何やら可愛らしい悲鳴が聞こえてきて、そちらを向くとアイリスが肉を早く頬張ったせいかその熱気を口内にダイレクトに感じてしまっているようだった。
「ほい、お水」
「あ、あひがとうございまふ……」
若干呂律が回ってなかったが、水を飲んで一息つくアイリス。
……なんか、見てて和むから今度から食事風景を観察させて貰おうかな?
まあ、そんな酷いこと命令する主ではないので、しないけど。
「あむ……うむ」
内部に熱が篭っている白菜を食べていると、若干汗ばんでくる。
でも、嫌な汗ではないのでゆっくりと水を飲んでクールダウン。
続けて、エノキを食べる。
キノコって、前世ではそんなに美味しいとは思わなかったけど、最近はそこそこ良く感じるのは何故だろう?
味覚が変わったのか、前世の味覚が酷すぎたのか……まあ、何れにしても何でも食べられるに越したことはないか。
「美味しいですね……というか、殿下料理も出来たんですね」
「まあ、少しね。トールは肉焼いたりは得意そう」
「ええ、アイリスに隠れてこっそり狩った獲物を食べてました」
「えぇー!ズルいよぉ!」
このシスコンがそんなことするか微妙なラインだが、ポカポカと可愛らしく兄に抗議する妹の図は確かに可愛いのでなかなか良い仕事をしたと褒めたくなった。
「あの……エル様。今度、お料理をその……」
「ん?ああ、覚えてくれるなら教えるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「勿論。そのうちちゃんと覚えたら、俺に手料理振る舞ってくれると嬉しいかな」
「勿論です!」
やる気満々なご様子のアイリス。
密かに女の子の手料理というリア充っぽいイベントの予約をしたが、ステータスを陰キャに割り振ってる俺には荷が重かっただろうか?
そんなやる気満々な妹に比べて、兄の方は肉団子を気に入ったようで密かにお代わりしていた。
ミートボールとかも好きそうだし、今度作ってあげるか。
鍋を見ながら、今度はこんにゃく芋を見つけて、しらたきを作ろうと決意しながら、ゆっくりとスープを飲み干す。
ふぅ……今度お米探して、雑炊にするのも良いな。
そんなこと思って、鍋を平らげたが結局2人のためにもう2度ほどお代わりを作って、さらにそれを目撃したフレデリカ姉様に強請られて夕飯にも鍋を作ることになったのだが……まあ、仕方ないよね。
ちなみに、地味に鍋を気に入ったリリアンヌ姉様は、将来寒い国でこれを食べたいと仰っていたが……嫁ぎ先次第だよね。
俺?まあ、俺は空間転移を魔法で出来るし、そのうちやるよ。
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