第82話 肉じゃがの危機
宙を高速移動していた所為か、地面に足をついたのにまだふわふわしている気がする。
亮太はその場で軽く何度かジャンプすると、ようやく地に足がついた感覚に戻った。膝を少し曲げ、飛び出せる様草薙剣を構えて地面に張り付いた首を見る。
リキが全力で突き刺した物干し竿の槍は首の頭から顎まで貫通しているが、黒い煙は出ていない。
「え……? これだけやって、ノーダメージか?」
「亮太、神器でないとダメージは与えられないのです」
結界がぐんぐんと小さくなってきている。蓮が結界の範囲を狭めているのだろう、先程よりも少し落ち着いた表情で教えてくれた。
「槍で穴が空いた程度じゃ駄目ってことだな」
「ですね」
あれでダメージを食らってないのは驚きだが、地面から動けなくなっている分亮太には有利だ。やはり思っていた通り結界の下の方は八咫鏡の光が満ちており、今もなお結界の外からどんどんと粒子が流れ込んできている。その所為もあろう、首が苦しそうに身をよじろうとして失敗していた。
「あれもいつ取れちゃうか分からないわよ! 急いで亮太さん!」
「分かった」
軽く返事をすると、亮太は牙を剥く八岐大蛇の背後に回ると遠慮なく斬りつけた。
「リキさん! コウに光を直接当てて欲しいって伝えてもらえるか!?」
「分かった!」
とりあえずの出番が終わったリキが、光が差す元へと走り寄り、身振り手振りと大声でコウに伝え始めた。亮太の所からはコウの姿は確認出来ないが、あそこまで近付けば見えるのだろう。
早くコウに
であれば、戦うしかない。相手が動けないのを幸いに、亮太は背後からひたすら切り刻む。すると、直線の光が首を差し、首が総毛立つかの様に震えるのを見た。効いているのだ。
「亮太さん! やっちゃって!」
「おう!」
背後から襲うのが卑怯だとか動けない相手を襲うのは狡いだとかいう意見もどこかにはあるだろうが、そんなこと亮太には関係ない。怪我せずに戻り最後の首との戦いまで怪我なく乗り越える、今はそれが一番大事だった。なんせ亮太の行動にはアキラの未来がかかっている。
ひたすら力一杯斬り続けると、黒煙がどんどん舞い上がり始めた。心なしか鱗がぼやけてきている様にも見える。
しかし、アキラの結界が未だに張られないのは何故だろうか。まさか、気を失っている? だが、コウが八咫鏡を使っているということはアキラの着替えは終わっているということだ。分からない、分からないだけに不安だった。
亮太は首によじ登ると、槍が突き刺さる場所へと行った。ここは貫通している、であれば他の部分よりも草薙剣が中の核へと届きやすいのではないか。
亮太は槍に沿って剣の刃を立てると、力一杯押し始める。きついのだろう、首が逃げようと暴れるが、亮太は左手で槍を持ち身体を安定させ、更に押し込んだ。早く、早く状況を確認したい。焦りが亮太を襲う。
すると、核に到達したのだろう、カチン、と固い物に当たる感触があった。亮太は奥歯をきつく噛みしめると、柄を両手で持ちその場に膝を付き、出来るだけ深く剣を押し込んだ。
途端、強風が亮太を襲う。一瞬にして足場がなくなり、亮太はドン! と地面に足をついた。
やっつけたのだ。
黒煙が八咫鏡の光の中でどんどんと薄れていき、八岐大蛇の形をした物は見る影もなくなった。
「わーい亮太やったの!」
ふわふわと
リキも嬉しそうに駆け寄り、蓮は疲れた様に、ほっとしたように小さく笑うと結界と解いた。
「終わったな!」
「うふふなのー」
「やっぱりここが好きなの」
「そうかそうか」
亮太のデレデレ顔を、蓮はいつもの様にただ眺めている。その蓮の顔が、一瞬の後驚愕の表情を示した。
「ま、まさか!」
その目線の先は亮太の背後にある。亮太が慌てて振り返ると、なんとそこにはレジャーシートの上に座り込み、大鍋一杯に作った肉じゃがを今まさに全て食らい尽くそうとしているアキラの姿があった。
「あ、あ、アキラああああっ!」
「あ、お疲れ」
軽く片手を上げたアキラがゲフッと小さくゲップをした。蓮が手で額を押さえて首を横に振っている。それはゲップに対するものか、はたまた肉じゃがを完食してしまったことに対するものか。
亮太が叫んだ。
「……だから毎回毎回、全部一人で食うなっつってんだろーが!」
大鍋を抱えて座っているアキラの横には、口をポカーンと開けている椿がいた。
「わ、悪い、俺アキラちゃんがこんなに食うと思ってなくて、お腹空いたって言うから鍋ごと持ってきちゃって……」
「……知らなかったんだもんな、椿さんの所為じゃない」
亮太が慰めるように伝えた。
「いやさ、さっき具合悪い時に食べたら凄く美味しかったからさ、辛そうなアキラちゃんに肉じゃが食わせたら元気になるかなって思ってさ、は、ははは」
もう笑うしかないのだろう。だがまあ、美味かったという意見は素直に嬉しい。亮太の味付けである。自分の味付けが好みと言われて怒る人間はいない。
「まあ食っちまったもんは仕方ねえな。アキラ、どうだ? 美味かったか?」
すると、アキラが親指をグッと立ててみせた。はいはい、美味かったんだな。そりゃよかった。亮太はもうそれで満足することにした。八咫鏡をしまい終わったコウを見る。
「コウ、ありがとう。助かった」
「うん。――ねえ亮太、さっき八岐大蛇の上に乗ってたのって」
疑わしそうな目で亮太を見てきたので、亮太は慌てて身体の前で両手をぶんぶん振って否定した。
「あ、あれはリキさんだ! ほら! 物干し竿を首に突き刺してくれたんだよ! ほらあれあれ!」
急いで地面に突き刺さっている物干し竿を指差した。まだ少し納得いってなさそうな顔をしたが、とりあえずは納得したらしい。
「リキさん、滅茶苦茶格好よかったぞ!」
見てはいないが、言うだけはタダだ。それを聞くとコウにようやく笑顔が生まれた。
「そうか。リキ、頑張ったな」
「うん、コウちゃんありがとう」
蓮が手をパン、と叩いて皆に声をかけた。
「さあ、それでは戻りましょうか。亮太もお疲れでしょう、ビールを買ってありますよ」
「お! いいねえ」
わらわらと一行がお堂へと向かう。亮太はコウの隣にすすっと寄る。コウに酒が入る前に伝えたかった。
「なあコウ」
「何だ?」
「後で食事が終わったら、コウの背中に乗って一緒に飛んでみないか?」
「私のコウの背中に? 二人も乗れるのか?」
亮太が頷く。
「余裕余裕。さっき俺が乗った時も全然問題なかったし、角が生えてるから掴んでたら落ちないし」
そこまで言い、コウの顔を見て、亮太は今の自分の発言が失言だったことに気が付いた。しまった。
「……私のコウに、さっき乗った?」
「……乗りました」
「さっき、乗ってないって」
「八岐大蛇には乗ってないです」
いや、これは嘘だ。乗った、しっかり乗った。亮太の目が泳いでいるのはコウにはばればれなのだろう。そういう時はどうするか。
「は、ははは」
笑って誤魔化すのだ。じと、とコウに見られるのが辛い。
「……まあ、無事だったならいいか」
仕方ないな、と呆れた風な苦笑を見せて、コウが亮太の腕を取り肩に頭を寄せた。
「飲み過ぎない様にしておく」
「うん、俺もそうするから」
一旦飲み始めるとなかなか止まらない亮太とコウだが、今日は記念日だ。一生忘れられない日にしたいから、少し位は我慢だ我慢。
「亮太! コウ様! 早く! 食べ足りない!」
先頭を行くアキラが急かした。あれだけ食べておいて、まだ食べる気らしい。亮太とコウが顔を見合わせ、次いで二人で声を出して笑い始めたのだった。
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