第33話 そして皆で餃子を食べるんだ
亮太が足首に付いていた黒いモヤを確認すると、どうやら本体と共に消え失せたらしくもう何も残っていなかった。
後ろを振り返ると、
「
「
「振り回さなければ大丈夫です」
「分かった」
狗神の言う通り、亮太は
ある程度剣が口の中に収まったところで、亮太は手をぱっと離した。するとストン、と剣が奥へ吸い込まれるように入っていき、消えた。
「亮太ー」
「はいはい」
亮太を見上げて可愛らしい声で呼ぶので、亮太はつい笑ってしまった。すっかり定位置となった胸ポケットの中に
「ふう」
さすがに疲れた。オカルトなんて嫌いだと思っていたが、黒いのはあまりオカルトっぽくはなかったので耐えられた。触っても平気だったのが大きいのだろう。ただの煙だと思えば大したことはない、うん。
「ううん……」
「……タケル!」
鳩尾への一発で一瞬酸欠となり昏倒しかけていたのだろうが、そこまで強くは叩いていない筈だ。これは黒いモヤが離れていったことで前後不覚になっていただけに違いない、そう思いたかった。
亮太は自分の一発が思ったよりも効いてしまった可能性を否定しつつ、タケルを起こしにかかった。
「タケル、大丈夫か?」
声をかけつつタケルの身体を起こしてやると、タケルがボロボロと涙を流しエグエグ言いながら亮太を見上げた。眼鏡は湿気で半分以上曇ってしまっている。鼻水も垂れていた。
「りょ、亮太さあああん!」
うわああん、と大きな泣き声を上げてタケルが亮太の胸にしがみついてきた。つい先日、同じ場所で同じことがあった様な既視感を覚えたが、そういえば既視感でも何でもなく事実だった。
勿論男に抱きつかれても嬉しくも何ともない。
「ごめんなさいいいい!」
亮太の服に鼻水を付けながら、タケルが謝ってきた。
「あー、まあ散々言われたけど、まあいいよ」
亮太はそう言うとタケルの頭をポンポン軽く叩いた。
「僕、僕……うわあああん」
しゃがんだ状態で抱きつかれてはどうしようもない。これが女なら横抱きにでもして連れて帰ってもいいが、さすがにタケルを抱きかかえるのは嫌だった。
少し強めに頭をぐい、と後ろに押すと、亮太は精一杯人好きのする笑顔を作った。
「とりあえず帰ろう、な? 餃子、一緒に食おうぜ」
「ぎょ、餃子ですか……えぐっ」
「そうですね、そろそろアキラ様のお腹も限界でしょうし早く帰りましょう」
「え? アキラちゃんが? え? い、犬?」
それまで狗神が横にいることに気付いていないらしかったタケルは、涙を引っ込めると狗神をマジマジと見つめた。だが眼鏡は半分曇っている。ちゃんと見えているのだろうか。
「え? 今喋って……」
「私は狗神と申します。以後宜しくお願い致します」
「え? え?」
馬鹿丁寧な狗神の挨拶に完全に混乱してしまったのか、タケルは「は、はは」と怪しげな笑いを見せた後、カクン、と伸びてしまった。
「あ! おいタケル!」
亮太が慌ててタケルを支えた。だらんとしてしまい、完全に伸びてしまっている。どうすんだこりゃ。
「気を失われてしまいましたね」
狗神がしれっと言う。亮太はそんな狗神に憎々しげに抗議してみた。
「お前がいきなり喋ったからだろーが」
「いえ、もうてっきり認識していたものだと思い込んでおりまして。大変失礼致しました」
まあそれに関しては亮太も同じ様に思っていたので否定は出来ない。もしかしたら
だが、これはチャンスではなかろうか。
亮太は狗神と
「よし、イヌガミが喋ったことと
「……そんな簡単にいくものでしょうか……」
「僕、亮太信じるのー」
「よし、じゃあそういうことだ、分かったな!」
出来れば面倒は避けたい。犬が喋った位で昏倒する奴だ、全部話したらあっちの世界に行って戻って来ないかもしれない。
「亮太は全然平気でしたのにね」
狗神がぶつぶつと言う。
「亮太は純粋なのー」
「順応性が高いと言ってくれ」
「まあ、目に映る物を疑うことなく受け入れられるというのも一つの才能ですね」
「何かその言い方俺のこと小馬鹿にしてないか」
「気の所為でしょう」
「ったく……」
亮太は口の端を曲げながら力なくだらんとしているタケルの腕を掴んで引っ張り、背中に乗せて立ち上がった。こいつが小さめサイズで助かった。
「帰ろう」
「はい」
空を見上げると、もうすっかり暗くなっていた。
◇
帰りは首に下げている勾玉ネックレスのお陰だろう、人間一人を背負っている割には比較的楽だった。勾玉様様だ。
亮太は横にタシタシと可愛い足音を立てながら歩いている狗神に尋ねた。ずっと気になっていたことだった。
「そういや、アキラは料理はしないのか? 教えたらすぐに覚えそうなのに」
すると、狗神が低い声で唸る様に言った。
「絶っっっ対にアキラ様には調理方法を教えないでください」
「? どうしてだ? そうしたら家事分担も出来るんだけどなあ」
「亮太!」
「は、はい」
狗神が思い切り睨みつけてきた。そんな顔をしなくてもいいだろうに。
「考えてもみてください。アキラ様が調理出来る様になりますと、夕餉用に買い置きしていた食材が全て夕餉前になくなる可能性があるんですよ!」
「あ」
その考えはなかった。でも可能性は十二分にある。というか確実にそうなることが容易に想像出来た。
「ですから、絶対に台所には立たせないでください」
「わ、分かった」
成程、主人だから家事をさせないという訳ではなかったのだ。考えてみれば洗濯物は狗神はアキラに手伝わせていた。つまりはそういうことなのだろう。
だが、そうすると。
亮太は一つの可能性に思い至った。
「拙い! 刺身があったんだ!」
「え、お刺身? 僕のご飯? わーい」
胸ポケットから
「急がないと喰われている可能性があるぞ!」
「僕のご飯、ないの?」
「走るぞ!」
「急ぎましょう」
「僕のご飯ー」
亮太は一気に駆け足で走り始めた。背中におぶわれているタケルの顎がガックンガックン亮太の肩に当たるが、それよりも今は刺身だ。
全速力はさすがに息が切れる。しかも今は背中に荷物を背負っている。はあ、はあと息をしながら、茶沢通りから右に折れて坂道を一気に登る。
嫌な予感がした。
「イヌガミ! 全速力だ!」
「畏まりました!」
狗神が坂道をぐんぐん駆け上る。さすがは犬だ、スピードが全然違う。アパートの入り口で狗神の姿が見えなくなり、そのすぐ後に亮太の家のドアが開いて光が外に漏れ出すのが確認できた。
「アキラ様!」
悲痛な狗神の声に不安に駆られ、亮太は急いで狗神の後に続く。
刺身が盛られていた皿は空。皿の上には使用済みの刺し猪口が乗せられていた。
「しまった……! 遅かったか!」
「亮太!それどころではありません!」
狗神が蓮の姿になって立ち尽くすその向こうには、炊飯器があった筈だ。
「……まさか!」
「やられました……!」
三合炊いた炊飯器の釜の中は空っぽになっていた。なんてこった。
亮太は感覚が麻痺してしまった様な気分になり、目線を部屋に移すと、アキラが呑気に自分の布団を敷いてすやすやと寝ていた。
「僕のご飯は?」
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