第414話 頭の最期

 ぶつかり合ったオークカイザーと巨大ゴーレムの力は拮抗した。


 肉の身体ではゴーレムに敵わないと考えたのかは定かではないが、オークカイザーは手にしていた丸太のような棍棒を自身の正面に構えてゴーレムと激突した。


 棍棒はミシッと音を立てながらもゴーレムの突進を受け止め、それを挟んでオークカイザーとゴーレムの力比べが始まる。


「……っ」


 昔を思い出す。などとノエインは場違いなことを思った。アールクヴィスト大公国がまだアールクヴィスト士爵領だった開拓初期、こうしてオークと戦ったときのことをふと思い出した。


「閣下!」


 束の間の思考をかき消したのは、臣下の声だった。クレイモアの隊長であるグスタフが、ノエインを援護するために自身の操るゴーレムをオークカイザーの横っ腹に突っ込ませたのだ。


 体躯が違うとはいえ、いかなオークカイザーもゴーレムの本気の突進を受けて微動だにせずとはいかなかった。ややバランスを崩したところで巨大ゴーレムに突き飛ばされ、グスタフのゴーレムを巻き込みながら斜め後ろに倒れ込んだ。


「よし、今なら……っ!?」


 ノエインはこの隙に巨大ゴーレムでオークカイザーにのしかかろうとするが、オークカイザーの反応は敵ながら素晴らしかった。未だ右手に抱えていた棍棒を、咄嗟に巨大ゴーレムへ向けて投げつけた。


 倒れた姿勢からのやけくそのような投擲とはいえ、丸太のように大きな棍棒が当たって巨大ゴーレムはわずかに怯む。そうして稼いだ時間で素早く起き上がったオークカイザーは――横っ腹にまとわりついていたグスタフのゴーレムを引き剥がし、その足を両手で掴み、そのまま巨大ゴーレム目がけて振った。


 ゴーレムの体重と遠心力が合わさって、その一撃は恐ろしく重かった。巨大ゴーレムの上半身と、鈍器と化したグスタフのゴーレムがまともに激突し、無骨な打撃音が戦場に響いた。


 そして、巨大ゴーレムは無様に倒れた。


 ノエインが巨大ゴーレムを起き上がらせる間もなく、オークカイザーは次の行動に出る。


「うわっ」


 巨大ゴーレムにぶつけた際に頭と片腕が欠損したグスタフのゴーレムを、そのままノエインたちのいる陣中央に投げつける。ノエインが驚いて声を漏らしている間に、その両脇にマチルダが腕を通す。


「ノエイン様っ!」


「避けろ!」


 マチルダがノエインを抱えて真横に跳躍し、ペンスの指示で親衛隊兵士たちもその場から飛び退いた。しかし、全員の退避は間に合わず、地面を抉るようにして突っ込んできたゴーレムの身体に数人が弾き飛ばされる。


 ノエインたちが態勢を崩したところへ、オークカイザーが真っすぐに突っ込んでくる。


「撃て!」


 それを阻んだのは、攻撃魔法の魔道具を手にした大公国軍兵士と、リックたち狙撃班だった。ユーリが彼らに隊列を組ませて撃たせたその一斉射が、殺傷力を持った壁となってオークカイザーに迫る。


 オークカイザーは腕で自身の顔を庇いながら身をよじり、攻撃の大半を避ける。しかし全てを避けることは叶わず、攻撃魔法の何発かが手足と胴に当たる。どれも致命傷とはならなかったが、それでも確実にダメージを与え、怯ませる。


 さらにそこへ、近くにいたゴーレムたちが殺到する。その中には、ノエインが巨大ゴーレムへと操作を切り替える際に放棄したゴーレムを使い、戦線に復帰したグスタフの操る個体もあった。


 オークカイザーから見れば、通常のゴーレムは子供も同然の体格。いくら集団とはいえ力の差は歴然。それでも、ゴーレムたちは数に任せてオークカイザーに飛びつき、まとわりつく。


 オークカイザーはそれを鬱陶しそうに蹴り払い、投げ捨てるが、倒れたゴーレムがすぐさま起き上がってまたオークカイザーを襲う。オークカイザーはなかなか前進できず、足や胴を殴られた際には痛がる素振りも見せた。


 そうやって臣下たちが稼いだ時間を使って、ノエインは巨大ゴーレムを再び立ち上がらせる。オークカイザーの後ろで立ち上がった巨大ゴーレムは、そのまま長く太い腕を回してオークカイザーを羽交い絞めにした。


「グオアアアッ! ブグウウウッ!」


 身体を拘束されたオークカイザーは激しく暴れまわり、巨大ゴーレムの腕を振りほどこうとする。しかし、その足に数体のゴーレムがまとわりつき、さらに拘束を強める。


 ゴーレムたちの中でも特に動きの良い一体――グスタフの操るゴーレムが、動き回るオークカイザーの足の一か所、左膝に拳を叩きつける。膝の関節が本来曲がるべき方向とは真逆に折れ曲がり、オークカイザーは苦しげな鳴き声を上げる。


 さらに、オークカイザーの顔を、リックたち狙撃班が狙撃用クロスボウで狙う。装填されたのは貫通力に優れる漆黒鋼製の矢。斉射された数本の矢はその全てが的確にオークカイザーの顔目がけて飛ぶ。


「ブゴッ……」


 オークカイザーの頬に、顎に、鼻に漆黒の矢が突き立ち、なかでもリックの放った矢は右目から脳まで貫いた。


 三メートルを超える巨躯がぶるりと震え、やがて弛緩する。頭を貫かれてさすがに絶命したものと見たノエインが巨大ゴーレムを操作し、オークカイザーの身体を地面に倒そうとすると――


「……ブオッ、ブギュルウウウオオオオッ」


「嘘っ!?」


 死んだかに思われたオークカイザーは奇妙な鳴き声を上げながら全身を激しく震わせ、巨大ゴーレムの腕から抜けた。


「くそっ、まだ死なないのか! なんて奴だ!」


 後ろからエデルガルトの嘆きが聞こえる中で、ノエインは慌てて巨大ゴーレムでオークカイザーを再び拘束しようとする。


 脳に損傷を負ったオークカイザーは最早まともな状態ではなく、酩酊したかのように滅茶苦茶に動き回る。関節の潰れた片足にも平気で体重をかけながら跳ねまわっており、感覚や意識がまともに残っているのかも怪しい。


 そんな状態では動きが読めず、かえって拘束しづらい。ノエインが再びオークカイザーを捕えるのに苦労していると、


「ぬおおおっ! 道空けろおおおっ!」


 ノエインの左手側でアレインが叫び出した。彼の操るゴーレムの方を見やると、左手側のバリスタ陣地から一台のバリスタを引きずり、オークカイザーのもとまで運んでいる。いくらゴーレムとは言え、バリスタを単機で運ぶのは尋常でない。アレインだからこそできる力技だ。


 それを見たノエインは、オークカイザーを羽交い絞めにするのではなく、ただその足を掴んで地面に引き倒した。


「プギュッ、 バグギュウウブウッ」


 意味不明な鳴き声を漏らしながら横倒しにされたオークカイザーの上に、巨大ゴーレムがのしかかる。付近にいた数体のゴーレムも集まり、オークカイザーの手足を押さえつける。


「でえええいっ!」


 バリスタの足回りを壊しながら引きずってきたアレインのゴーレムは、そのまま渾身の力でバリスタを抱え上げ、装填された矢の先端がオークカイザーの胸のど真ん中を向くように調整する。


 矢の先端とオークカイザーの身体の距離は数十センチメートル。この近距離で、アレインのゴーレムはバリスタの引き金を引く。


「ブグウウウウウッ……」


 これほどの超至近距離では、オークカイザーの毛皮も筋肉も、骨さえも鎧の役目を成さない。弦が跳ねる硬質な音とともに射出された極太の矢は、ほとんど根元までがオークカイザーの体内に吸い込まれた。


 オークカイザーの上げた鳴き声が徐々に力を失い、やがて消える。


「……相手が相手だし、念には念を入れないとね」


 ノエインは呟き、また巨大ゴーレムを操る。


 ゴーレムはオークカイザーの頭を掴み、胴体に足をかけると、そのまま力任せに頭を引き千切った。


 いかに魔物といえど、頭を切られて生きていることはできない。オークカイザーは今度こそ絶命した。


 そして、オークカイザーの絶命の瞬間から、オークたちの挙動がおかしくなる。


「ゴアアアッ……ブヒッ?」


「ブガアッ!? ブゴオオオッ!」


 自分が何故この場にいるのか、何をしようとしていたのか分からない。オークたちはそんな様子でキョロキョロと周囲を見回し、ある個体は森に逃げ帰り、ある個体は混乱しながら再び討伐部隊に突進する。


 先ほどまでは手負いの個体を助けるそぶりも見せていたオークたちだが、今は各個が他の個体を顧みることもなくてんでばらばらに動く。


「……まるで洗脳でも解けたみたいだな」


「このオークたち、ただオークカイザーに力で屈服させられてただけじゃなくて、何かしら魔力的な繋がりもあったのかもね。魔物の群れについては昔からそういう仮説があるし」


 完全に戦線を破壊され、連携も何もない状態で各個撃破される、あるいは逃走するオークたちを見ながら、ノエインはユーリと言葉を交わした。


「どうやら我々の勝利のようだな……」


「まだ油断は禁物だ。歩兵を前進させて逃走するオークたちの戦意を完全にくじき、戦場に転がっている手負いのオークを全て確実に仕留めるべきだ」


 参謀であるマルツェル伯爵の助言に頷き、エデルガルトは声を張る。


「オッゴレン卿、歩兵部隊を動かし、逃げたオークたちの追撃を! 隊列は崩さず森に入り、加工所や森よりも奥深くまで追いやってほしい!」


「承った!」


 オッゴレン男爵が歩兵部隊を率い、堀や障害物、バリスタ陣地を迂回して森に向かう。


「アールクヴィスト閣下、戦場に転がるオークたちの息の根を止めてもらいたい!」


「分かりました」


 ノエインの指示でクレイモアのゴーレムが動き、まだ息のあるオークたちにとどめを刺していく。


 頭であるオークカイザーを殺されたオークたちは最早群れとは呼べない烏合の衆と化し、その多くが死に、生き残った個体も森の奥へと帰っていった。


 百匹を超えるオークの群れとの戦いは、人間側の完全勝利に近いかたちで幕を閉じた。


★★★★★★★


ノエインがふと思い出した開拓初期のオークとの戦い、ちょうどその部分が描かれる『ひねくれ領主の幸福譚』書籍版2巻がもうすぐ発売です。


1巻に引き続きWeb版からの大幅加筆でお送りします。よろしくお願いいたします。


また、2巻の新規キャラデザ付き登場人物紹介を、近況ノートや作者twitterに投稿中です。そちらもご覧いただけますと嬉しいです。

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