第412話 釣り餌

※ややグロテスクな表現があります




★★★★★★★


「よし、それじゃあクレイモアは前進」


 魔法とクロスボウによる一斉攻撃の後、ノエインが言った。その指示を受けてグスタフとアレインがそれぞれの率いる二個小隊に命じ、ゴーレムが前進を開始する。


 ノエインたち討伐部隊はこの数日で三回、釣り野伏せを仕掛けた。それらは失敗に終わったが、その三回を経てオークたちは「森に入ってきた人間は襲ってこない」と学習した。


 そのため、森に入った強襲部隊による初撃はオークたちにとって完全に予想外の出来事となり、一方的に数匹を屠り、他の個体にも傷やショックを与えることに成功した。ゴーレムが前進を始めた時点で、オークたちは完全に怯み、逃げ腰になっていた。


「他の者も後に続け! 敵の主力はここにはいない! 一気に押せ!」


 この強襲部隊をノエインと共に指揮するマルツェル伯爵が声を張ると、ゴーレム以外、人間の兵士や魔法使いたちも前進する。ゴーレムが倒れたオークの頭を潰してとどめを刺し、まだ生きているオークを追い散らして進路を確保したところへ、人間の集団が進み入る。


 魔法使いとそれを囲む護衛の後ろに続くのは、クロスボウを手にした兵士たち。その中に混じって、肘までを包む革製の手袋をはめ、小ぶりな壺を抱えている者が数人いた。


 壺の中に入っているのは『天使の蜜』の原液。さらに壺の口にはいくつもの矢が刺さっている。


 クロスボウ兵たちが壺を持った兵士からその矢を受け取り、先端に原液をまとった矢をクロスボウに装填していく。


 ゴーレムによって前方の安全を確保し、クロスボウ兵が射撃準備を整えたときには、強襲部隊は今やオークの巣と化した木材加工所と村の入り口まで辿り着いていた。


 最初にラドレーたち斥候が確認した通り、オークカイザーをはじめとした群れの主力は森の奥へ狩りに出ているらしい。頭を欠いている上に手負いの個体や子供ばかりのオークたちは統率のとれた行動をすることなどできず、てんでばらばらに強襲部隊へ襲いかかり、もしくは森の奥へと逃げていき、あるいは巣の中を右往左往する。


「いいか! できるだけ多く捕らえろ!」


「なるべく子供の個体を狙え! ねぐらになっている民家から飛び出てくるところを撃て!」


「手負いの個体は逃がしていい! オークカイザーのもとに帰してそのまま群れの足手まといにさせろ!」


 士官たちが方々で指示を飛ばす中で、オーク狩りが進められる。


 クロスボウ兵たちは人間とそう変わらない体格か、あるいは人間より小柄な子供の個体に目がけて『天使の蜜』の原液が塗られた矢を放つ。身体に矢を受けたオークの子供たちは短い悲鳴を上げ、そのまま逃げようとするが、すぐに原液が身体に回って倒れ、動けなくなる。


 なかには倒れた子供を助けようとするオークもいるが、それをゴーレムが妨害する。複数のゴーレムを前にオークは戦う術はなく、悔しげな唸り声を上げて逃げ去っていく。


 強襲部隊を直接狙おうとするオークは、隊列を組んだ盾兵と魔法使い、攻撃魔法の魔道具による猛攻を受けて仕留められるか、攻撃を諦めて逃げていく。


 十分とかからず戦闘は終了し、巣にいたオークは森の奥へと逃げるか、絶命するか、『天使の蜜』の原液で麻痺するかに分かれた。


「閣下、報告いたします。生け捕りにしたオークは子供が七、成体が五。その他に、戦闘で七匹のオークを仕留めました。こちらは死者が四人、重傷者が九人です」


「ご苦労だった。下がれ……必要十分な成果と許容範囲内の損害、といったところでしょうかな」


 報告に来た兵士を下がらせたマルツェル伯爵が言うと、その隣でノエインは頷いた。


「そうですね。死者が出たのは残念ですが、相手がオークの群れである以上、ある程度は仕方ないことでしょう。目標としていた十匹を超える数を捕らえられましたし、その半数以上が子供です。これで次の作戦に進めますね」


 ノエインたちが話す周りでは、麻痺したオークたちが兵士の手によって手足を縛られ、ゴーレムに抱えられて運ばれる。


 戦死者の遺体と負傷者の後送、そして生け捕りにしたオークの運搬を迅速に完了し、強襲部隊は森の外の陣地へと帰還した。


・・・・・


 オークの巣を強襲し、合計で十二匹のオークを生け捕りにした翌日。オーク討伐部隊の陣の前面に、捕らえられたオークたちが並べられていた。


 十二匹のオークはその全てが昨日の戦闘で『天使の蜜』の原液を食らっているので、今も手か足、口、あるいはそれらの二か所以上に麻痺が残っている。加えて手足を頑丈な縄で縛られ、さらにゴーレムによって身体を押さえつけられているので、逃走はおろか起き上がることさえ叶わない。


 さらに、長い鼻先から顎にかけて細い縄で縛られているので、鳴き声を上げることさえできない。


 そんな光景を見ながら、ノエインは傍らのエデルガルトの方を振り向く。


「では総指揮官殿、始めてよろしいですか?」


「……はい。お願いします」


 戦いの幕開けとしては異様なこの光景を前に、エデルガルトは少しばかり複雑そうな表情で頷いた。それを受けて、ノエインは前方にいるラドレーの方を向く。


「ノルドハイム士爵」


「はっ」


 ラドレーは敬礼し、部下たちと共に陣の中央、堀と障害物が途切れている箇所を通って前面に出る。


 ゴーレムがしっかりとオークを押さえつけている中で、その口元に近づいたラドレーと部下たちは、オークの口を封じる縄を短剣で切った。


「グオウッ!」


「ゴアッ! ゴブアッ!」


「ブゴーッ! ブゴオーーーッ!」


 声を発する自由を得たオークたちは、まず顔の間近にいるラドレーたちを威嚇するように吠える。ラドレーたちが顔の前から一旦離れると、オークたちは今度は森の方へ何かを訴えるように、よく通る遠吠えのような鳴き声を上げ始めた。


「よし。それじゃあとりあえず……成体を一匹やってみようか」


 作戦は次の段階に入る。ノエインが作戦開始を命じ、ユーリがそれを傀儡魔法使いたちに伝える。


 十六体のゴーレムのうち四体は森の方を向いて警戒し、残る十二体はそれぞれ一匹ずつオークを押さえつけている。そのうちの一体、雌の成体のオークを押さえていたゴーレムが――そのオークの左腕を掴み、力任せにへし折った。


「ブギャアアアーッ!」


 そのオークが麻痺していたのは足なので、腕を折られた痛みはそのまま感じる。激痛と、動けないまま痛めつけられたことへの恐怖で悲痛な叫び声を上げる。


「ブゴッ!」


「ゴアッ! ゴガアアッ!」


「ブウウッ……!」


 仲間が惨い仕打ちを受けたのを見て、他のオークたちも騒がしくなる。自分たちがとんでもない危機の最中にいると知って怯え、恐怖から凶暴性が増す。


 しかし、どれだけ内心が凶暴になっても、まともに動けないのでは脅威にはならない。オークたちが騒ぎ立てる中で、腕を折られたオークへの暴行はさらに続く。


 もう一本の腕も折られ、足を折られ、惨い有り様になっていくオークは、悲痛な絶叫を上げ続ける。それでもゴーレムによる暴力は止むことはなく、頭の上に太い腕が振り上げられる。


「ブッ、ブギュウウウ……!」


 恐怖で涙さえ流すオークの頭上から、ゴーレムの拳が振り下ろされる。その一撃はオークの頭蓋骨を割り、脳を潰した。


 目玉が飛び出し、割れた頭の中身が露わになり、そのオークはようやく苦痛と恐怖から解放される。


「一匹目でこれだけ騒いでくれるなら上手くいきそうだね。それじゃあ次、子供を一匹やってみようか。もっと惨く」


「はっ……グスタフ、お前の個体をやれ」


 ユーリの指示にグスタフが頷き、自身のゴーレムで押さえていた子供のオークへの暴行を開始する。


 まだ生まれて数年程度なのか、小柄な人間程度の体躯しかないそのオークの片足をゴーレムの足で押さえつけ、もう一方の足を手で掴む。オークの足を縦に開くような格好になったゴーレムは――そのまま片足を持った手を上に伸ばす。


 オークが限界まで足を開かされる格好になっても、ゴーレムがその足を引き伸ばすのを止めることはない。牛裂きならぬゴーレム裂きだ。


「プギャアアアアアーーー!!」


 成体のオークよりも甲高い、子豚の断末魔のような叫び声が辺りに響く。


「……これは、正視に耐えないな」


 エデルガルトは思わずといった様子で呟き、その横ではマルツェル伯爵が、無言を保ちながらも顔をしかめる。


 北西部閥の士官や兵士たちも、残酷極まりない光景に顔を青ざめさせたり、目を背けたりと、それぞれ反応を示す。


「オークたちには気の毒ですが、これは彼らと人間との生存競争ですから。運が悪かったと諦めてもらうしかありませんね」


 そんな中で、ノエインたちは平然としていた。ノエインとユーリは涼しい顔で目の前の惨劇を眺め、マチルダとペンスは護衛という自身の仕事に専念し、ラドレーとリックは森を注視し、グスタフとアレインはゴーレムの操作に集中していた。


 その他の兵士や傀儡魔法使いたちも、ショッキングな光景を前に時おり目元をぴくりと揺らしたり、口の端を動かしたりはするものの、表立って表情を変えることはない。


「ブギュウウウーーー!! プギイイイーーー!!」


 自分の血にまみれながら、未だ絶命できずにオークが泣き叫ぶ。


「く、くそ、いくらオーク狩りのためって言ってもこいつは……」


「ここまでやらなきゃいけねえのかよ」


「あの大公はやっぱり悪魔だ。あいつらは悪魔の軍隊だ」


 通常の戦いや狩りではありえない、ただ残酷を求めて行われる惨い行為を前に、一部の兵士たちが言った。隊列のあちらこちらでアールクヴィスト大公国軍を非難する呟きが零れた。零しているのは主に若い兵士や徴集兵、領軍のない下級貴族領の従士などだ。


「止めろ、彼らは友好国から来た援軍なんだぞ」


「ここで群れを仕留め損なって、いつか人間に被害が出るよりいいだろう」


「元はと言えば、森に入って真正面から戦う力のない俺たちのせいだ」


 非難の呟きを、士官やベテランの兵士たちがたしなめる。職業軍人としての理性から言ったそんな彼らの顔色もあまりよくはない。


 オークはその後もしばらく泣き叫び続けて、ついに死んだ。


「……んー、まだ来ないか。それじゃあ次は、まとめて三、四匹やってしまおう」


「では成体を一匹、子供を三匹で」


「そうだね、それでいいよ。ああ、ゴーレムばかりでも何だから、子供二匹はラドレーの隊にやってもらおうか」


 ノエインの指示をユーリが伝達し、大公国軍の面々が動く。


 ゴーレムが成体と子供を一匹ずつ引き起こすのと同時に、陣の前面に出たラドレーの隊が、子供のオーク二匹を囲む。


 片方のオークの顔に剣を持った兵士たちが近づき、もう片方のオークの尻の方に、槍を持った兵士たちが近づく。


「よし、始め」


 四匹のオークに同時に始まった凄惨な行為。オークたちの凄まじい断末魔の叫びが響き渡り、未だ無事なオークたちも恐怖のあまり絶叫を上げる。辺り一帯に大音量の濁った悲鳴が広がり、それを見守る兵士たちの中には気分を悪くしてふらつく者や、嘔吐する者まで現れる。


 それら全てを意に介さず、アールクヴィスト大公国軍によるオークへの行為は続く。


 戦慣れしていない徴集兵や、経験を積むために送り込まれた貴族家の若い子女の中から、何人か気絶者が出て後方の救護所に抱えていかれたそのとき――森の中から、いくつもの遠吠えが響いた。


「っ!」


「ラドレー! 全員陣の中に戻れ! クレイモアは戦いに備えろ!」


 それを聞いたノエインがはっとしている横で、ユーリが命じる。ラドレーが部下を引き連れて急ぎ陣の中に駆け戻り、クレイモアの操るゴーレムたちがオークを放置して一列に並び、森の方を向く。


「総員、戦闘用意! オークが来るぞ! 備えろ!」


 エデルガルトの命令を、マルツェル伯爵やオッゴレン男爵、リュドー子爵が各隊に伝達。それを士官たちが手伝う。クロスボウが、バリスタが、攻撃魔法の魔道具が、槍と剣と盾が、森の方に向けられる。


 オークたちは、頭であるオークカイザーに服従することで群れを成すようになった。番や親子の枠を超えて互いに世話をし合うほどの社会性を得た。


 その社会性こそがオークの新たな弱点。もともとオークは感情のままに生きる魔物だ。仲間が、とりわけ子供たちが痛めつけられる断末魔の叫びを延々と聞かされて、いつまでも森の中でじっとしていられるほど忍耐強くはないだろう。


 おそらくはオークカイザーでさえそれは同じだ。むしろ、最初の奇襲の際、仲間の撤退を助けるために一匹で飛び出してきたオークカイザーこそ、抵抗できない仲間が惨たらしく殺されていく様には耐えられないだろう。


 そう考えたノエインの発案によって、この残酷な作戦が決行された。大切な仲間を、可愛い子供たちを惨殺され、痛めつけられる様を延々と見せつけられたオークたちの我慢は限界を超た。ノエインの策略は見事に成功した。


「ゴガアアアッ!」


「ブギャアアッ! ブガッ!」


「ブゴオオオオオオッ!」


 怒り狂いながら次々に森を飛び出してくるオークの群れを、万全の準備を整えた討伐部隊が迎え撃つ。

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