第195話 急発展の日々①

 九月上旬。今日もノエインは、領主執務室で机仕事に勤しんでいた。


 王領から新移民を迎えるにあたって、都市開発を進めたり、移民たちに仕事を与えるために関係各所とやり取りをしたり、人口の増加に備えて領外から必要なものを買い付けたりと、やるべきことは多い。


 それに加えて、砦の建設や領軍の規模拡大についても、報告を受けて判断を下さなければならない場面は多い。ノエインの忙しい日々は、まだしばらく続きそうだった。


 そして今は、財務責任者のアンナから報告を受けているところだ。


「――いちばん高く売れたのは、やっぱり板金鎧ですね。武器にもそれなりの逸品が多くあったみたいですけど、敵の装備の売上の大半は鎧です」


「そっか、やっぱりそうなるよね。あんなに板金鎧が手に入るなんて……敵が見栄を張って来てくれて助かったよ」


 アンナが報告しているのは、ベゼルの戦いでランセル王国軍将兵の死体や魔物の死体からはぎ取った戦利品の利益についてだ。


 敵の侵攻部隊の死者には、武功を上げて略奪で儲けようという中小貴族や手練れの傭兵が多く混ざっていたらしい。その死体から得られる武具には質のいいものが多く、それらは御用商人フィリップに委託して領外へ売られ、金に換えられた。


 その中でも特に高値がついたのが、三十着ほどあった板金鎧だ。全身を覆う板金鎧には一着で家が建つほど高価なものもある。そのため、中古品とはいえそれらを売った利益は莫大なものになっていた。


 アールクヴィスト領軍兵士は革鎧を着込んだ軽装歩兵が主力な上に、最初からデザインの統一された装備を支給されているので、一品ものの板金鎧など無用の長物だ。敵の武具を売って上げた利益は、領軍の規模拡大に伴う装備増産の費用に充てられる。


「それから、魔物から採れたものもかなりの高値がついてます。角や牙、心臓などの素材もですが、特に魔石の利益が大きいです」


「まあ、あれだけ上質で大きい魔石が大量に得られたからね。どれも王国の他の場所じゃなかなかお目にかかれないだろうし」


「ですね。普通なら滅多に見かけない魔物の素材が、数じゃなくて重さで量った方が早いくらいたくさんとれましたから……魔道具で貢献した褒賞として魔石の一部を受け取ったダフネさんが、跳び上がって喜んでたそうですよ」


「あのダフネがね……それはちょっと見たかったかも」


 魔道具職人は仕事上、魔石を必要とする場面が多い。領主に頼まれて『風起こし』と『声真似』の魔道具をいくつか作っただけでご褒美として高級魔石をゴロゴロ渡されたのだから、さぞ嬉しかったことだろう。


「それで、戦利品の利益と、新移民を受け入れるための食糧調達や家屋建設の費用、領軍拡大のための追加予算、それから戦死者の遺族や重傷者への見舞金を含めて計算した結果がその書類ですが……また黒字ですね。さすがはノエイン様です」


「それは何よりだけど……なんか、戦争で儲ける才能があるみたいで複雑だな」


 喜ぶべきか嫌がるべきか決めかねたような、微妙な顔でノエインは呟いた。


 戦争は勝てば儲かる。今回のノエインのように敵から奪った戦利品と、普通はここに賠償金などが加わってさらに儲かる。


 だが、その分リスクも大きく、おまけに犠牲も出るのが戦争だ。なのでノエインは平和を望んでいるのに、やたら戦いに巻き込まれ、しかも毎回しっかり黒字になってしまう。不本意な才能である。


「ノエイン様にとってはそうでしょうけど……財務担当としては金庫の予備費を使わずに済むので助かります。お金はいくらあっても困りませんし、ご自身の領地と領民のためにも、せっかくの才能は思いきり使っていいんじゃないでしょうか?」


「そう言われてしまえば、そうだね」


 財務責任者らしく極めて現実的な意見をくれるアンナに、ノエインは苦笑しながら頷いた。


・・・・・


 九月下旬。最初の移民団が王領からアールクヴィスト領へと送られてきた。


 王領の貧民街の住人の中から、犯罪歴がなく、人格にも問題がなさそうな者だけを選別。さらにそこから年齢(独身者は三十歳まで、家族連れは未成年の子どもがいること)などの条件をクリアして選ばれた移民の、第一弾となるおよそ100人だ。


「はあー、こんなに早いとは思わなかったよ」


「来ちまったもんは仕方ないですよ」


 移民の出迎えのため、マチルダの手伝いを受けて儀礼服の上着やら装飾品やらを身に付けながらぼやいたノエインに、ペンスが答える。ベゼルの戦いの後あたりから、ペンスは領主の親衛隊長のような立場になっていた。


 ノエインがぶつくさ言っているのは、移民たちの到着が予想より遥かに早かったためだ。


 国王に王領からの移民の選別・護送を要請したのが七月の中旬。それから内務省が移民選別のための組織を編成し、貧民街に移民募集を伝えて応募者を集め、審査して移民団をまとめ、軍務省にバトンタッチして護送の準備をして、実際に送り出し……と進めることを考えたら、最初の移民団が来るのは早くとも十月になるだろうと思っていた。


 そしたらまさかの九月到着である。王家はよほど急いでアールクヴィスト子爵家に力をつけさせたいらしい。


 数日前に先触れの騎士から移民団の到着を予告されたノエインは、大慌てで受け入れ準備を済ませ、今日は移民たちへの演説のために朝から正装を着込んでいるのだ。


「それはそうだけどさー……さて、どうかな? ちゃんと立派な領主に見える?」


「はい、ノエイン様の偉大さが伝わる佇まいです」


「いいんじゃないですか?」


 ノエインが手を広げて体をひねりながら問いかけると、自身は既に儀礼用の軍服を着ているマチルダが褒め称え、ペンスもそう答える。


「ならよかった。それじゃあ行こうか」


 自身の身なりに問題がないことを確認したノエインは、屋敷を出て移民たちが集められている広場へと向かう。最初の登場の仕方も大切だからと、わざわざ領主家の馬車に乗って屋敷から広場までの短い距離を進んだ。


 広場には例のごとく演説用の壇が設営され、その前には王領から送られてきた移民たちと、その見物に来た領民たちが集まっている。


 御者である従士ヘンリクの操る馬車が壇の傍につけられ、馬に騎乗して先導していたペンスが馬車の扉を開け、ノエインが降りる。その後ろにマチルダが続く。


 ノエインが壇上に上がると、広場で兵士たちを指揮して移民を監督していた従士長ユーリが声を張った。


「静まれ! これより領主ノエイン・アールクヴィスト子爵閣下の御言葉を賜る!」


 その言葉を受けて、少しばかりざわついていた移民たちが静かになる。それを確認してノエインは拡声の魔道具の前で口を開いた。


「……諸君。私がこのアールクヴィスト領を治めるノエイン・アールクヴィストである。諸君がここへ来た事情は知っている。貧しい暮らしを経験し、今はまだ不安を抱えている者も多いだろう」


 ノエインを見上げる移民たちの表情は覇気がない。いつも活力のあるアールクヴィスト領民たちを見慣れている分、とても頼りなく見える。


 およそ100人の移民のうち、八割が普人。残りの二割弱が獣人で、亜人のドワーフが数人。生活を変えるために一か八かで名前も知らない辺境領に来たのだから、これからどんな扱いを受けるのかと心細さも感じているのだろう。


「しかし、何も心配することはない。この領では、全ての者が働きに見合った幸福を得られる。出自も種族も問われない。懸命に働き、他者の幸福を害することなく真面目に生きれば、諸君はこの地で確かな希望を得られる。私がそれを保障する。諸君がここで得る財産を、家族を、人生を、私が守る!」


 ノエインが力強く言うと、広場に見物に集まっている領民の方から拍手が起こった。


 右も左も分かっていない新移民の信頼を掴むには最初の印象が肝心だ。こうして既存の領民たちが素敵なリアクションをとってくれれば、ノエインの言葉の説得力が上がる。


 なので、見物人の中には非番の領軍兵士や古参の住民など忠誠心の高い「模範的な領民」が多く混ざっていた。サクラを仕込んだのではない。あくまで「この日は広場で演説があるから、見に行くと領主様からの印象がいいかもね」という話を広めておいただけである。


 ノエインを称賛する場の雰囲気に飲まれて、新移民たちも表情が明るくなる。


「領地とは民だ。私は民とともに手を取り合って、この地に新たな故郷を作り上げた。移民として足を踏み入れた時点で、諸君はアールクヴィスト領の一員だ。ここは既に諸君の故郷なのだ。今日からは私が諸君を庇護する。私のもとで、ここで新たに幸福な人生を送ってほしい……以上だ」


 ノエインが演説を締めると、また拍手が巻き起こる。今度は見物人の領民だけでなく、新移民たちも拍手をノエインに送った。


 その音に包まれながらノエインは壇の前に降り――領主様の演説がよく見えるようにと移民たちの最前列に出ていた小さな子どもたちの頭をそっと撫でて回る。優しげな表情で、20人ほどいた子ども全員を撫でてやる。長旅のせいで汚れてべたついている子どもの髪にも構わず触れる。


 あまりに慈悲深い行動に、子どもたちの親の中には目を潤ませる者もいた。この領に来て正解だったと思ってくれているはずだ。


 感動的な雰囲気の中で、ノエインはまた馬車に乗り込み、屋敷へと戻る。


 以降の移民たちの面倒は、ユーリ率いる領軍や、文官たちに見てもらうことになる。最も発展した領都ノエイナに住んで小作農や単純労働者になるか、生活は苦しいがいずれ自作農になれる開拓村の住人になるか、仕事はきついが手っ取り早く稼げる鉱山労働者になるか。移民たちは「仕事を選ぶ自由」という最初の希望を目の当たりにすることだろう。


 屋敷へと帰る馬車の中で、ノエインは傍らのマチルダに尋ねる。


「マチルダ、どうだったかな?」


「素晴らしかったです、ノエイン様。慈愛に満ちたお言葉とお振る舞いに、移民たちも心を打たれていました。ほぼ例外なく好意的な反応を見せていたかと思われます」


「それはよかった……じゃあ、残りの演説もこの演出でいこうか」


 移民はこれからも百人単位でやってくる。ノエインは今日のような演説を、今後も何度となくこなさなければならないだろう。

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