第139話 ゴーレム訓練①
秋も終わりに差しかかった頃、ノエインが王都で雇い入れた傀儡魔法使いたちがアールクヴィスト領に到着した。
七人の傀儡魔法使いの中には家族を伴っている者もいるので、一行の総勢は20人ほどになっている。
「アールクヴィスト準男爵閣下。グスタフ以下七名、王宮魔導士の職を辞し、閣下にお仕えするべく参りました」
「ご苦労様、よく来てくれたね……あと、僕のことは公の場以外では『ノエイン様』って呼んでいいからね」
領都ノエイナの入り口まで出迎えたノエインに七人全員が敬礼し、グスタフが代表して挨拶を述べる。ノエインも答礼しながらそれに答えた。
「七人揃って来たみたいだけど、一緒に王都を出たの?」
「いえ、出発はバラバラでしたが、到着の際は全員一緒の方がいいかと思いまして……あらかじめ隣のケーニッツ領のレトヴィクで集結してからこちらへ参ろうと打ち合わせていました。遅くなってしまい申し訳ございません」
「そうだったんだ、むしろ冬の前に着けたのなら十分早いと思うよ。長旅お疲れ様」
王宮魔導士を辞任するのなら色々と手続きも必要だっただろうし、家族を含め引っ越しの準備もあっただろう。鈍重なゴーレムの輸送にも手間や金がかかったはずだ。
ノエインとしては、グスタフたちの到着はもしかしたら年明けになるかもしれないと思っていた。それを考えると、こうして彼らが冬の前に全員到着してくれたのは喜ぶべきことだ。
「それじゃあとりあえず、君たちがこれから暮らす家に案内するよ。行こう」
「閣っ、いえ、ノエイン様から直々にご案内いただけるとは……畏れ多いです」
「あはは、それだけ君たちを重要視してるってことだよ」
移民への無条件での住居提供はすでに終了しているが、ノエイン自ら勧誘したグスタフたちは別だ。
彼らを引き連れて、ノエインは領都内の道を歩く。
・・・・・
グスタフたちが移住してきた数日後には、早速彼らへの指導が始まる。
「まず確認したいんだけど、君たちは今までゴーレムを操作するとき、どんな感覚で動かしてた?」
領軍の訓練場の隅に集めた七人の傀儡魔法使いに、ノエインはまず問いかけた。
「どんな感覚……操り人形を動かす感覚に近いと思います。傀儡魔法使いとしてはごく一般的な手法だと思いますが……」
「うん、やっぱりそうだよね」
魔法紋様を刻み、操り糸ではなく魔力を以て動かす木製人形。それがゴーレムに対する世間一般の認識だ。
実際に、手乗りサイズの小さなゴーレムを器用に操り、人形劇の芸人として生きる傀儡魔法使いも世の中にはいる。しかし、小さな人形なら軽快に動かせても、人間よりも大きなゴーレムを動かすとなれば難易度は当然上がり、どんなに意識を集中させながら操作しても、その動きは鈍重になる。
そして、この一般認識こそが傀儡魔法使いの成長を阻害しているとノエインは考えていた。
「僕は、自分がゴーレムを動かすときの感覚は『もう一つの体を持つ』ことに近いと思ってるんだ」
「もう一つの体を持つ、ですか……」
ノエインの言葉を聞いても、グスタフたちはいまいちピンとこない様子だ。
「例えばさ、君たちは自分の腕を動かすとき、いちいち『右手を上に上げよう』『左手を突き出そう』とか考える? 歩くときに『右足を出そう』『次は左足を出そう』とかわざわざ考えながら前に進む?」
「……いえ、ほとんど無意識に手足を動かしています」
グスタフたちは合点がいったような顔になる。
「そう、僕たちは特に意識することもなく体を操れる。なぜそんなことができるか。頭から指先まで、全身が神経で繋がっているからだ。だからこそ僕らは自分の体を無意識に動かせる。これをゴーレムでも実現するんだ。自分の頭とゴーレムの体を繋ぐんだよ」
十歳で自分に傀儡魔法使いの才があると知ってから、ノエインも最初は操り人形を動かすようにゴーレム操作を練習していた。本を読む以外の娯楽を初めて得たノエインは、ゴーレムの虜になった。
あり余る時間を使って、ときには睡眠時間も削って、ゴーレム操作の習熟にのめり込んだ。
そしてある日、頭の中で何かが「繋がる」感覚を得た。その直後から、これまで必死に意識を集中させることで動かしていたゴーレムの腕を、まるで自分の腕を動かすが如く、無意識に、自在に振り回せるようになった。
それからの成長は早かった。ゴーレムの手足と自分の脳が繋がる感覚を得ていき、ゴーレムのバランス感覚も我が身のことのように把握できるようになり、やがてゴーレムを走らせ、跳ばせ、戦わせることさえできるようになったのだ。
「君たちはある程度ゴーレムを動かせるようになったら、すぐに傀儡魔法使いとして働き始めたと思う。だけど僕は違った。ひたすらゴーレム操作の習熟に励んだ。気が遠くなるほど練習を続けて、そしたら自分の頭とゴーレムが繋がって、ゴーレムをもう一つの体として扱えるようになったんだ」
「……ですが、それはノエイン様に多大な才能がおありだったからではないのですか?」
おそるおそるといった様子で、セシリアが発言する。
彼女の考え方は、魔法の才持ちにとって一般的なものだ。魔法の上達は個人の資質による。稀にゴーレムで戦えるほどの逸材が世に現れるが、それはその者に才能があったからであり、ノエインも偶々そんな一人だっただけなのではないか。そういう考えだ。
「二体同時に動かせるのなんかは僕個人の才能だと思う。だけど、最初にゴーレムを自在に動かせるようになったのは間違いなく地道な努力の結果だよ。この点については、個人の器用さによる差はあれど、僕以外の人にもある程度は再現性があると思ってる」
ノエインの考え方は王国の常識とは違った。魔法使いの技量に大きな個人差があるのは、魔法の扱い方を体系的に学ぶ術がこの国になく、各自が独学に頼るしかないからだと考えていた。少なくとも傀儡魔法の才に関してはそうだと。
「王国軍で、君たち傀儡魔法使いは冷遇されてきたと思う。だけどこのアールクヴィスト領では違う。僕の領民たちは僕のゴーレム操作の腕を知ってる。この領では傀儡魔法使いは嘲笑の対象じゃない。それどころか、今後の成長によっては『偉大な魔法使い様』として尊敬を集めることさえできる」
ノエインはにやりと笑って七人の傀儡魔法使いを見た。その視線を受けて、グスタフも、セシリアも、他の五人もごくりと唾を飲む。
彼らは想像した。目の前の主のように、ゴーレムを素早く巧みに動かせるようになった自分の姿を。その能力で領に貢献し、破格の力を持った魔法使いとして他の領民たちから讃えられる自分の姿を。
それが決して夢物語ではないと、あり得る未来なのだと考えるだけで、体がゾクッと震える。
「そのために努力してみる気はあるかな?」
「……も、もちろんです。そのために私たちはここへ来ました!」
グスタフがそう声を張って敬礼する。他の六人もそれに続く。
「よし、それじゃあ早速、訓練を始めよう……まずやってもらうことは二つ。ゴーレムの腕を交互に突き出す動作と、ふつうの歩行。これをひたすらやってもらう。人間なみの速さでできるようになるまでね」
彼らの反応に満足げに笑ったノエインは、具体的な訓練内容を説明した。
「腕の突き出し練習については午前七時から、昼食を挟んで午後二時まで。歩行については午後二時から八時まで。これを毎日だ。できるようになるまで休日は与えない」
ノエインがそう言うと、グスタフたちはポカンとする。
「どうしたの?」
「その……私たちは、本当に訓練だけを行うのですか? 労働は一切なしで?」
王国軍の倍もの給金をもらう以上は、訓練ばかりでなくある程度は働かされるのだろう。グスタフたちはそう考えていた。
「そうだよ。ちゃんとした訓練をせずに働き続けたことが君たちの成長が止まった原因だと僕は考えてるんだ。それなのに働かせるわけないじゃない。勧誘のときに言ったように、僕の半分ほどの技量に到達するのが君たちのひとまずの目標だ。それまでは訓練しかさせない」
当たり前のように言ったノエインに、七人は驚愕した。
ただ訓練を積むだけで、以前の倍の給金をもらう。それは想像を絶する厚遇だった。ノエインが自分たちに一体どれほど大きな投資をしてくれているのかが、この厚遇に表れている。
「君たちが成長を見せてくれることを期待してるからね」
「……必ずやご期待に応えて見せます。身を削って努力を重ね、一日も早く結果を示します」
七人は再び敬礼する。敬礼はあまり何度も重ねるものではないが、今はそうせずにはいられなかった。
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