第107話 激突
南端のハルゼア砦が陥落したという報が届いた翌日。バレル砦に対峙していたランセル王国軍が再び襲撃の兆候を見せた。
他の砦を落とした部隊が合流したのか、前回100人以上を倒したにも関わらず、敵の軍勢は300人ほど増えて約700となっている。おまけにこちらはクロスボウの存在を知られてしまっているのだから、前より苦戦するのは必至だ。
「やはり敵は森から切り出した木で盾を作っているな。クロスボウで一方的に倒すのは難しそうだ」
急ごしらえの大盾を構えて前進してくるランセル王国軍の歩兵部隊を、城壁の上から見据えてフレデリックが言う。その横に立つのはユーリだ。
「では、またバリスタで驚かせることから始めましょう……ノエイン様」
『はーい、準備はできてるよ』
今回は門の内側に設置したバリスタの前にノエインが、城壁の上にユーリが身を置き、お互いに「遠話」で繋がっている。
「あと1分もかからず敵がバリスタの射程圏内に入るだろう。その前にまた矢が飛んでくるぞ」
『分かった、心構えをしておくよ』
城壁の上には小柄な種族の獣人たちが並び、クロスボウを構える。その下では大柄な種族の獣人たちがクロスボウの装填作業に備える。前回と同じ配置だ。
戦いを前に緊迫した空気が漂い、獣人たちの中には緊張で身を震わせる者もいれば、前回の戦いで場慣れしたのか、落ち着いた様子の者もいた。
ランセル王国軍は着実に近づいて来る。一気に突撃をするのではなく、盾で身を隠しながらじわじわと接近する。ある程度の距離まで近づくと、仲間の盾に守られた弓兵たちが城壁の上に狙いを定めてきた。
「矢が来るぞ! 盾構え!」
フレデリックの言葉を皮切りに、士官たちが「盾構え―!」と口々に叫び、兵士たちは各々の盾で身を隠す。ノエインをマチルダが自分ごと盾で覆い、バリスタの操作担当の兵士たちも盾を持ってそこに密集し、亀甲陣形を作った。
その直後、ランセル王国軍の放った矢がバレル砦に降り注ぐ。その数は前回の倍近い。
「クロスボウと違って弓は曲射ができるのが強いね。射程距離じゃ敵わないや」
「しかし、威力はたかが知れています」
盾に囲まれた中でそう話すノエインとマチルダ。丘の下から放たれて威力が減衰した矢はほとんどが盾に弾かれ、運よく刺さったものも貫通まではしなかった。
城壁の上では、フレデリックが周囲の兵と密集して盾を構えつつも、その隙間から敵を見る。敵も前回の失敗で学んだらしく、隙を見せないよう断続的に矢を放ちながら少しずつ近づいていた。
「従士長殿、バリスタを!」
「はっ! ……ノエイン様、敵が射程圏内に入った!」
盾がこすれ合う音や兵士たちのざわつきが響く砦の中でも、「遠話」による報告はノエインにクリアに届く。
「了解。じゃあ門を開けよう……射手は門が開き次第、自分の判断で撃っていいよ」
「「はっ!」」
ノエインの指示でアールクヴィスト領軍の兵士たちが動く。
砦の門が開くのとほぼ同時に、2台のバリスタから爆炎矢が飛んだ。
一発は敵軍の一列目を直撃して盾もろとも兵士たちを燃やし、もう一発は敵が並べる盾の間をすり抜けて隊列のど真ん中でさく裂し、炎を巻き起こした。
・・・・・
「熱い! 熱いぃ!」
「助けてくれえぇ!」
「馬鹿っ! こっちに寄るな! 火が移る!」
「転がって火を消すんだ!」
隊列の前面と真ん中でそれぞれ炎が飛び散り、体に火がついた兵士も、その周囲の兵士も、パニックに陥る。
しかし、それを一喝する声があった。
「落ち着くのだ! あれは2発きりで、続けては飛んでこない! 恐れず盾を構えて進め!」
声の主は、バレル砦との緒戦で苦汁を飲まされた指揮官の男だ。その横にはやはり壮年の古参兵が副官として付き従う。
指揮官の自信に満ちた言葉に鼓舞されて、ランセル王国軍の兵士たちは再び前進を開始する。
「よし、いけるぞ! 今回こそあの砦を落として我が武功とする!」
「炎をまき散らすあの兵器さえ凌げば、敵に打つ手はないでしょう。白兵戦まで持ち込めば獣人の農民風情など敵ではありますまい」
勝利への手応えを感じながら馬を進める男に、副官はそう言葉をかけて鼓舞する。そして、ちらりと砦の方を見やる。
そして副官は気づいた。炎の魔道具を放ったにも関わらず、敵の門が閉じられていないことに。
前回は魔道具を発射した後、敵はすぐに門を閉じた。だからこそ、指揮官の男も副官も、あの兵器は連射ができないと考えた。
しかし、今回は門が閉じない。これが何を意味するか。
「閣下! 敵の門が!」
「何? 門がどうした?」
「門が閉じておりません! 敵はあの兵器をまだ撃ってくるつも――」
副官の言葉はそこで途絶えた。男が副官の方を振り返ると、そこには声を発するための頭がなかった。
・・・・・
「通常弾が敵に命中! しかし指揮官ではなく、横にいた参謀らしき騎兵に当たりました! 指揮官はそれを見て馬を降り、隊列の中に隠れました!」
「外しました、申し訳ありません!」
観測手を務めている兵士が叫び、それを聞いたバリスタの射手が言った。
「いいさ、指揮官の側近を仕留めたのなら十分な大戦果だよ……じゃあ、もう一台には爆炎矢を装填したね? いつでも撃っていいよ」
「はっ! 撃ちます!」
ノエインに言われ、もう一台の射手がバリスタから爆炎矢を放つ。敵の隊列の中で再び炎が巻き起こった。
「ユーリ、敵はどんな感じ?」
『ひどい慌てぶりだ、進軍の速度も鈍ってる』
「それはよかった」
ノエインは満足げに言いながら、ゴーレムを操作してバリスタの弦を引かせる。
クロスボウと違っててこの原理で弦を引くバリスタだが、本来は力自慢の男が二人がかりで行う作業をノエインのゴーレムは一体だけで軽々と行う。
そこへ手早く次の矢が装填された。数が少ない爆炎矢を節約するため、次に撃つのは普通の矢だ。
「通常弾、撃ちます!」
「こちらも撃ちます!」
弦がしなって空気を切る音が響き、極太の矢が敵に飛ぶ。門の向こうに目を向けると、敵の隊列の中で血飛沫が上がるのが見えた。
『通常弾の有効性も十分だ。盾を突き破った上に敵を貫通して数人同時に仕留めたぞ。先頭の奴なんて真っ二つだ』
「盾が意味を成さないんだ。敵もさぞ混乱してるだろうね」
『まったくだ……おっと、敵が前進を速めた。バリスタは次弾で最後にしてその後は門を閉めろ。あとはこっちで倒す』
「はーい」
呑気な声で答えながらも、ノエインはバリスタの弦を引くゴーレムの手を止めない。
・・・・・
「側近の首が目の前で消し飛んだのに、あちらの指揮官は健気に兵を鼓舞していますな」
「ああ、敵ながらいい度胸だ……いいか! 敵も城壁に迫れば盾を構えてはいられなくなる! 城壁を登ろうと盾を捨てた兵士から狙うんだ! 真上から矢を浴びせてやれ!」
「「おおっ!」」
フレデリックが檄を飛ばし、獣人たちが威勢のいい声を上げる。またもや自分たちが優勢を保っているので、彼らの士気も高い。
対するランセル王国軍は、バリスタによって少なくない損害を負いながらもついにバレル砦の城壁にたどり着こうとしていた。
先頭の兵士たちが盾をその場に捨て置き、後続の兵士たちが長い梯子を城壁に立てかける。
そこへ城壁の上から獣人たちがクロスボウを射かけ、矢に当たった不運な敵兵がバタバタと倒れる。
「梯子を外せ、一兵たりとも中へ入れるな!」
そう言いながらユーリが敵のかけた梯子のひとつを蹴り落とす。
それを真似ようと獣人の一人が梯子に近づき――敵の放った矢を頭に食らった。
頭に矢が突き立ったまま、その獣人は城壁の下、内側へと落ちた。ぴくりとも動かない。即死だ。
「ひいいっ!」
「し、死んだ! 仲間が!」
「狼狽えるなああっ! 怯めば次に死ぬのは自分になるぞおおっ!」
獣人たちに動揺が広がりかけるが、ユーリがそう一喝して抑える。空気を震わせるほどの声だった。
「手を止めるな! 泣くのは後だ! 戦え!」
フレデリックもそう叫びながら、梯子を上ってきた敵兵を剣で斬り伏せる。
「装填手の奴らも武器を持って上がれ! 加勢しろ!」
ユーリの指示を聞いて、クロスボウの装填を務めていた大柄な獣人たちも白兵戦に加わった。数が倍増し、おまけに力の強い獣人が戦列に加わったことで防衛側の勢いが増す。
門の前では、敵が突撃で門をこじ開けようとするのを、ノエインのゴーレムやバリスタ担当兵たちが全身で押さえる。門の上に配置された兵士たちは、敵の突撃の勢いを殺そうと真下に石を投げ落とす。
門を挟んで反対側では、フレデリックの副官とペンスの指揮のもとでこちらも激しい防衛戦がくり広げられていた。
・・・・・
果てしなく続くかに思えた戦いも、夕暮れ前には終わる。敵陣の後方からラッパの音が響き、それを合図にランセル王国軍は退却していった。
敵が引いたのを見て、バレル砦の防衛部隊も皆が息を吐きながらその場に座り込む。中には疲れ果てて倒れ込む者もいた。
「よし、重傷者を本部の医務室に運んでやれ。軽傷者は自分で歩け。あとは……死者を確認しよう」
フレデリックが指示を飛ばしたことで、一息つき終えた兵士たちはまたそれぞれ動き出す。
「ノエイン殿と士官たちは……無事か」
砦の中を見回したフレデリックはほっとした様子で言った。自身の副官も、ユーリも、ペンスも、そしてノエインも生きている。
幹部と一般兵で命の重さを比べるわけではないが、ゴーレムを扱えるノエインや、経験豊富な士官が死んだら大損害なのだ。
門の前では、ノエインがぺたりと地べたに座り込んで肩で息をしていた。直接敵と戦ったわけではないものの、長時間ゴーレムに力を使わせたせいで疲労困憊だ。
「ああ……きつかった……」
「お疲れ様でした、ノエイン様」
ノエインを守るために盾を構え続けたマチルダも、表情こそ変えないものの汗だくだ。
「……味方にも死者が出たんだね。負傷者もたくさん」
周りを見ると、血を流して倒れたまま動かない獣人の姿がいくつもあった。
「そのようです。アールクヴィスト領軍には死者までは出ていないようですが」
「そっか、よかった……とか言っちゃいけないね」
思わず出た言葉を、ノエインは慌てて自分で否定する。声が小さかったので幸いにもマチルダ以外には聞かれていなかった。
「自分の領民じゃなくても、一緒に並んで戦った仲間が死ぬっていうのは悲しいものだね、マチルダ」
「本当に、仰る通りです、ノエイン様」
土埃が舞い、血が地面や壁面を濡らす砦の中で、ノエインとマチルダはそう言葉を交わした。
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