第101話 フレデリック・ケーニッツ

「父上!」


 そう呼びながら近づいてきた騎士は、アルノルドに顔立ちがよく似ていた。アルノルドを二回りほど若くしたらこんな顔になるだろう、という容姿だ。


「フレデリック……そうか、お前も来ていたのだったな」


「ええ、私の所属する王国軍第一軍団は今回の戦争で中枢部隊になっていますので」


 会話の温度感や距離感を見ても、二人の関係性は明らかだった。


「ノエイン、私の長男が修行を兼ねて王国軍に勤めているという話は以前聞かせたな。これがその長男だ。フレデリックという」


「父より手紙でご活躍は聞いています、アールクヴィスト卿。どうぞよろしく」


「お初にお目にかかります、フレデリック様。こちらこそよろしくお願いします」


 ノエインはフレデリックと握手を交わした。


「ノエインとともに王国軍の小隊がバレル砦防衛を務めると聞いたが、もしかしてお前のことか?」


「はい。義弟であるアールクヴィスト卿が砦に配置されたと聞き、自らこの任を買って出ました」


 父親から尋ねられて、フレデリックはそう説明する。


「フレデリック様のお話はアルノルド様より伺っていましたが、まさか第一軍団の所属とは……とても心強いです」


「ははは、そう言われると照れますね。私もまだ若い身ですが、頼りがいのあるところを見せられるように努めますよ」


 王家直轄の常備軍たる王国軍は十の軍団で構成されているが、なかでも第一軍団は別格の精鋭として知られていた。そこに騎士として所属しているということは、フレデリックはこの国の軍人でも最上級のエリートということだ。


「アールクヴィスト卿への詳しい説明は私が引き継ぎます。父上もどうぞご自分の配置先へ」


「分かった、では頼む……二人とも、死なないようにな」


「はい、父上もご武運を」


「アルノルド様、どうかご無事で」


 お互いの無事を願う言葉を交わして、ノエインたちはそれぞれの配置に就くために移動した。


・・・・・


「アールクヴィスト卿。これが、我々の預かることになった徴募兵たちです」


 フレデリックに案内され、ノエインが自身の領軍を連れて移動した先に集合していたのは、大勢の獣人だった。粗末な服を着て佇む様は、一見するとただの貧しい農民にしか見えない。


 持っている武器も槍や棍棒などバラバラで、防具を身に着けていない者も多い。よくて革製の胸当てを付けている程度だ。


 その数は200人を超えるだろう。彼らを整列させているのは、フレデリックの部下と思われる10人ほどの兵士たちだった。


「王国軍から私を含む騎兵3と歩兵7の一個小隊、そして獣人の徴募兵が214、あとは卿たちアールクヴィスト領軍。これがバレル砦の防衛にあたる全兵力です……ほとんどが獣人の農民という有り様です。中には奴隷も混じっています。落胆されましたか?」


「私は獣人への苦手意識がありませんので、その点は平気です……ただ、かなり極端な編成だとは思いますが」


 訓練を受けた兵士は王国軍とアールクヴィスト領軍を合わせてわずか40名。残りは農民出身の獣人ばかりというのは、部隊の編成としては明らかに偏っている。


「ベヒトルスハイム閣下はアールクヴィスト卿に活躍の場を与えたかったらしく、卿が持ち込んだクロスボウを活かせるようにとできるだけ多くの徴募兵を付けようとされました。ただ、最下級の士爵に200人以上の徴募兵を付けることに南西部閥から渋い顔をされたそうで……」


「妥協案として徴募兵が全て獣人になった、というわけですか」


「ええ。南西部閥は毛嫌いする獣人たちを北西部貴族に押し付けることができて、ベヒトルスハイム閣下はアールクヴィスト卿に多くの徴募兵を預けられる……という利害の一致が叶ったそうです」


「それなら納得です。兵数的には砦の防衛に足りているんでしょうか?」


「バレル砦は前線の6つの砦でも最も小規模で、位置的にも他より奥まったところにあります。これだけいれば十分だと上層部は判断したようです。私も概ね同意見です」


「ならよかったです。あと、私の方が年下ですし、フレデリック様は私の義兄にあたるわけですから、どうか砕けた言葉遣いで」


「それでは……気楽な言葉遣いでいかせてもらおう。ノエイン殿も、私のことは年上の友人とでも思って楽な態度で接してほしい」


「分かりました。ではフレデリックさんと呼ばせてもらいます」


 お互いの距離感を決めたところで、フレデリックとノエインは隊の主要メンバーの顔合わせに入った。


 アールクヴィスト領軍からはノエインとユーリとペンスが、王国軍からはフレデリックと彼の副官が、徴募兵からは代表を務めるという獅子人の男と鼠人の男が集まる。


「では、実務上の指揮官は私が務めさせていただく。ノエイン殿は私と同格の……とりあえず参謀ということにさせてもらおう。そちらの従士長殿と副長殿、それと私の部下たちは徴募兵に混ざって戦い、彼らを適宜手助けしてもらう。獣人代表のお前たちは……名前は何と言う?」


「ボレアスです」


「ジノッゼと申します」


 獅子の男、鼠人の男がそれぞれ名乗る。


「分かった。お前たちは戦闘以外での獣人全体の管理を頼む。皆が気を抜き過ぎたり、逆に気を張り過ぎたりしないように見てやってくれ」


 フレデリックが言うと、ボレアスとジノッゼは無言で頷いた。


「以上のようなかたちで……ノエイン殿、私がひとまず指揮権を持つことになるが、構わないだろうか?」


「はい。僕は本格的な戦争の経験はないので、お任せします」


「そうか……よかった」


 ノエインが応えると、フレデリックはほっとした表情になる。


「こういう場面で納得しない貴族も多いんでしょうか?」


「ああ。上級貴族家の子息などは、若く経験がないのに自分で指揮したがる者が多いからな……同格の者が並んで張り合って、厄介なことになる場合もあるんだ。ノエイン殿が話の分かる貴族でよかった」


「僕は功を焦って出しゃばることはないので安心してください。扱いやすい部下になると思いますよ」


 ノエインが微笑むと、フレデリックも微苦笑を返した。


・・・・・


 ロードベルク王国の主力は1万8000。南西部閥のガルドウィン侯爵、北西部閥のベヒトルスハイム侯爵、そして王国軍第一軍団の団長が6000ずつを預かるという。


 対するランセル王国軍の主力は、予想ではおよそ1万2000。敵の1.5倍の兵力で対峙し、クロスボウという新兵器も相当数備えていることから、ロードベルク王国側が負けることはほぼないと見られている。


 これが国境南部に充てられた戦力で、国境北部の要塞地帯では5000のロードベルク軍が12の砦を守ることになる。


 対するランセル王国軍は予想だと3000ほど。これがいくつかの隊に分かれて各砦の攻略に臨んでくるだろうと考えられていた。


「――なので、防衛側のこちらが一度に対峙する敵は、多くても2倍程度だと見られている。砦や城の攻略戦では守る側が圧倒的に有利だからな。そのくらいではまず落とされることはないさ」


 バレル砦へと移動する準備を兵士たちに進めさせる傍らで、フレデリックはノエインに今回の作戦の全容を語って聞かせていた。


「では、僕たちは本隊の決着がつくまでただ耐えていればいいというわけですか」


「ああ。敵もそれほど本腰を入れて要塞地帯の攻略にあたることはないだろうからな。お互いに膠着状態を作って、味方の本隊の側面や背後を突かせないようにするのが仕事というわけだ」


「本隊の決着がつくまでの目安は分かりますか?」


「上層部の話だと、長くても二週間ほどだろう……とのことだ。まあ、あまり長引かせても互いに国力を消耗するだけだからな。妥当なところだろう」


 二人がそう話す間にも、移動の準備は進んでいく。訓練された正規軍である王国軍やアールクヴィスト領軍はきびきびと立ち働いていたが、それと比べると獣人たちの動きはやや遅かった。


 決して不真面目なわけではないが、疲れていて体が追いつかない、といった様子だ。


「……戦う前から獣人たちは少しくたびれてるみたいですね」


「南部は獣人差別が激しいからな。情勢悪化の影響を真っ先に受けていたのはあいつらだろう。元気なはずもない……ここに集まった奴らも大方、難民として飢え死にするよりは最低限食わせてもらえる徴募兵になることを選んだのだろうさ」


 獣人たちは獅子人や虎人、牛人などの大柄な種族が半分ほど。残りの半分は猫人や兎人、鼠人などの小柄な種族だ。そのうち三割ほどが女性だろうか。思った以上に女性の割合が多い。


 ゆっくりと動く獣人たちを罵倒したり殴ったりしないあたり、フレデリックも獣人に寛容な北部出身の人間なのだと分かる。


 やや遅めとはいえ準備は着実に進んでいるので、このまま何事もなくバレル砦に出発できるだろう……と考えるノエインだったが、事はそう思い通りにはいかなかった。

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