第100話 合流

 ガルドウィン侯爵領の都市に到着して数日後。楽しいとは言えないものの、寝床と食事には困らない都市への滞在を終えたノエインたちは、本隊と合流するために国境付近の平原地帯へと向かった。


「うわあ、すご……」


「ここまでの規模の軍勢は俺も初めて見るな」


「さすがに壮観でさあ」


 小高い丘の麓に作られた野営地を、丘の上から眺めるノエインたち。既に2万人ほどが集結し、無数のテントが張られている様は圧巻だった。


 他の領の兵士たちも、息を呑みながら野営地を眺めている。ロードベルク王国は大戦争を久しく経験しておらず、特に西部は数年前まで平和そのものだったので、これほどの大軍を見たことがある者はここにはいなかった。


 自分たちがこれからこの軍勢に加わり、死闘をくり広げるのだと嫌でも実感させられる光景だ。


「あまりのんびり見ているのも良くないだろう。私たちの野営の場所も早いところ確保しなければならないからな。行こう」


 アルノルドの指示を受けて、ケーニッツ子爵領軍を中心とした200人は丘を下る。


 野営地の端にたどり着くと、まずは各領の指揮官たちだけで中央の司令部へ着任報告に向かうことになった。


 護衛や参謀なら連れても構わないとアルノルドに言われ、下級貴族たちはそれぞれの腹心を伴って司令部へ向かう。ノエインもマチルダとユーリを連れ、ペンスに兵士たちを任せて皆についていった。


「ベヒトルスハイム閣下、ケーニッツ子爵家とその寄り子の各貴族家、そしてアールクヴィスト士爵家の領軍、計200余名で到着いたしました」


「ご苦労。待ちわびたぞ」


 司令部となっている大型の天幕の入り口で、北西部貴族の中でもいち早く到着していたベヒトルスハイム侯爵に出迎えられる。


「あと3、4日もすれば北西部の領軍も集結しきるだろう。その後は各軍の配置決めだ……私は今のところ、ガルドウィン侯爵や王国軍の将軍とは上手くやっているつもりだが、下の方では多少の喧嘩騒ぎも起きている。お前たちも気をつけろ」


 後半は声を潜めるように話すベヒトルスハイム侯爵。アルノルドも、ノエインたちも、黙って頷いて見せた。


「特にアールクヴィスト卿。ここで獣人奴隷を連れている貴族は卿くらいだ。決してその奴隷と二人だけで行動するな。南西部の貴族に絡まれたら面倒なことになる……成果さえ示せば卿の振る舞いを咎めはしないが、自分とその所有物くらいは自分で守れよ」


「肝に銘じます」


 案じるが故に厳しい口調で指示を下すベヒトルスハイム侯爵に、ノエインはそう応えた。


・・・・・


 残りの北西部貴族が到着し、全軍が揃うまでの数日間を、ノエインはベヒトルスハイム侯爵の言いつけ通り他の北西部貴族たちと固まって過ごした。


 お互いを嫌い合うが故に北西部閥と南西部閥の野営地は自然と分けられていたので、下手にうろうろしなければ南西部貴族と出くわすこともない。


「こうして見ると、女性も意外と多いんですね」


 貴族や領軍兵士、軍属の人夫や奴隷などでごった返す野営地を見回しながら、ノエインはそう零した。てっきり戦場とは男ばかりの場所だと思い込んでいたが、それなりに女の姿も見える。


「大抵は魔法の才持ちで領軍に雇われた者だろうなあ。本職の魔法使いはもちろん、一流とは言えなくても何かしらの魔法が使えれば戦場で役立つのは間違いないからな」


 そう解説してくれたのはオッゴレン男爵だ。彼もまた上級貴族家の当主として、自身の領軍を率いて参戦している。しかし、お気に入りの猫人奴隷のミーシャは戦闘要員ではないのでさすがに連れていなかった。


 友人同士ということもあって、ノエインは彼とお喋りに興じて時間を潰している。


「なるほど、確かに魔法の才に性別は関係ないですよね」


「あとは、獣人の兵士もそれなりにいるからな。獅子人や虎人なら女性でも普人の男に引けを取らない力があるし、兎人や犬人は索敵に、猫人や鼠人は偵察に特性を発揮できる。小柄な女性の方が都合がいい場面もあるんだ」


 そこまで話すと、オッゴレン男爵は少し悲しそうな顔をした。


「……もっとも、そういう獣人たちを正規軍に加えているのは私たち北西部陣営だけだ。南西部閥の領軍では、獣人は便利な道具扱いで待遇も酷いものだろうな」


「嘆かわしいですね」


「ああ、まったくだよ……君たちもどうか気をつけてな、南西部貴族にはできるだけ近づかない方がいい」


「アルノルド様やベヒトルスハイム閣下にも同じ忠告をいただきました……気をつけます」


・・・・・


 ノエインたちの到着から4日後。北西部貴族の領軍も全て揃い、部隊編成のための軍議が開かれた。


 ここに参加するのは男爵以上の上級貴族だけだ。そのため士爵であるノエインは、他の下級貴族たちとともに軍議が終わるのをただ待つことになる。


 朝から始まった軍議が終わり、アルノルドが戻ってきたのは、昼をとうに過ぎてからだった。その顔には気疲れの色が浮かんでいる。


「まったく……軍議そのものよりも縄張り争いの口論の方が長いくらいだったよ」


 ノエインや寄り子の下級貴族たちに、アルノルドはそう愚痴をこぼした。やはり主力の座を巡って北西部閥と南西部閥が揉めたらしい。


「南側の平原で敵の主力とぶつかる部隊には、北西部からは上級貴族だけが加わることになった。卿らには気の毒だが、北西部の下級貴族は予備軍や後方での輜重隊の警護、砦の防衛に振り分けられることになる」


 アルノルドの言葉を聞いて、寄り子の準男爵や士爵たちは不満こそ口にしないものの、あからさまに落胆する。一方のノエインは顔には出さないが、内心ではほっとしていた。


 その後はアルノルドから各々が配置を伝えられ、下級貴族たちはそれぞれの振り分けられた隊に合流するために散っていく。


 最後に残ったのはノエインだ。


「さて、ノエイン……いや、アールクヴィスト卿。君は要塞地帯にある砦のひとつを守る任に就くことになった。バレルという砦だ」


 森と平原が混在する要塞地帯には、ランセル王国との紛争が起きて以来、防衛拠点として全部で12の砦が建てられている。


 バレル砦はそのうち、前線側の6つの砦のひとつだそうだ。


「前線側にあるということは、敵と戦闘になる可能性も高いということですよね?」


「そうだな。まず間違いなく一戦は交えることになるだろう……そう嫌そうな顔をするな」


 あからさまにげんなりした表情のノエインに、アルノルドは苦笑した。


「すみません。ただ、あわよくば後方で敵と直接戦わずに済めばいいなと思っていたものですから」


「本当に君は戦嫌いだな……アールクヴィスト領軍はクロスボウを大量に持ち込んでいるし、君はゴーレムで白兵戦ができるほど凄腕の傀儡魔法使いなのだろう? ベヒトルスハイム閣下もそんな君たちを後方で遊ばせておくつもりはないそうだ」


 そう言われると、ノエインも納得するしかない。


「まあ、それだけの武器があれば負けることも死ぬこともそうそうないだろう。砦を落とさない程度に奮戦して、こちらの本隊が敵の主力を叩きのめすまで耐えておけばそれでいい。初陣としては楽な方だと思うぞ?」


「分かりました。今さら戦いたくないとは言いません……ところで、僕たちの他にバレル砦の防衛に就くのはどこの軍ですか?」


「農民からの徴募兵を中心に、その統率のために王国軍から何人か応援に付くそうだ。指揮官がこちらまで君を迎えに来るという話だが……」


 アルノルドがそう説明していると、


「父上!」


 一人の騎士がアルノルドとノエインのもとへ近づいてきた。

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