第92話 領地強靭化⑥ 新兵器

 アールクヴィスト領の領都ノエイナ市街地からやや離れた平地。まだ森を伐採しただけで建物も農地もないこの場所で、ある新兵器の試射が行われようとしていた。


 そこに置かれているのは一台のバリスタ。その矢の先端には、魔法紋様の描かれた陶器製の丸い壺が取りつけられている。


 バリスタを構えるのは、アールクヴィスト領軍兵士の中でも特に弓やクロスボウの腕がいいと評されているリック。その斜め後ろには上官としてペンスが立ち、さらに彼らの後ろには領主ノエインやマチルダ、従士長ユーリ、鍛冶職人ダミアン、魔道具職人ダフネ、そして領軍の兵士たちが集まっていた。


 ノエインたちは試射を見届けて結果を検証するためにここにいるが、その他の兵士たちは単なる野次馬だ。


「よし、目標地点の背後の盛り土も問題なし、周囲に引火するものもなし、バリスタより前には一切の人影なし……安全確認は大丈夫です。ノエイン様、撃っていいですか?」


「いつでもいいよー」


「それじゃあ目標狙え……放てっ!」


 ノエインの許可を得て従士副長ペンスが鋭く指示を出し、それを受けてリックがバリスタの引き金を引く。


「ビュオンッ」と空気を切り裂く音が鳴り、台座に固定されたバリスタから太い矢が真っすぐに目標物――敵を模して立てられた何体もの案山子へと飛んだ。


 十数体の案山子が密集して並ぶ目標地点へ、バリスタの矢は狙いを違わず着弾。「パリンッ」と壺が割れる音が聞こえたかと思うと――次の瞬間にはそれを上書きするように轟音が響き、炎が巻き起こった。


「おおー派手だねえ」


「すっげえ! まるで上級の火魔法みたいだ! すっげえすっげえ!」


 ド派手に炎をまき散らしたバリスタの一撃を見て、ノエインはそう感想を零す。その隣ではダミアンが子どものように大はしゃぎしていた。


 ユーリも、ダフネも、ペンスも、射撃を行ったリックも、野次馬の兵士たちも、その場にいた誰もが驚いた表情を見せる。


 今回新たに開発されたのは、バリスタで撃ち出す特殊な攻撃用魔道具。ノエインが発案し、ダフネが製作し、ダミアンがそれをバリスタで撃ち出せるように形状を工夫した矢の先に取り付けた。


 陶器製の容器に油を詰め、そこに魔法紋様を刻んで「容器が割れたら『火魔法・着火』が発動する」ように仕掛けを施す。最後に容器に蓋をして、そこに魔法の発動源となる魔石を取りつける。


 これをバリスタで撃ち出せば、敵陣で容器が割れて火が油に引火し、炎がまき散らされるというシンプルな仕組みだ。


「ノエイン様から『割れると着火が発動するような陶器製の魔道具を作れないか』と言われたときは何に使うのかと思いましたが……随分と凶悪なものを作らされてしまいましたね」


 そう言いながらも、ダフネはどこか楽しげだ。


「いやほんと、すっごいですよ! 俺の作ったバリスタがこんな風に化けるなんてびっくりです! ノエイン様、よくこんなもの考えましたね!」


「子どもの頃に読んだ書物に『油で満たした陶器に布製の導火線を取りつけ、着火して敵に投げつける』っていう兵器の記述があってね。たしか東方の国の記録だったと思うけど……」


 興奮冷めやらぬダミアンに、発案者のノエインはこの弾頭を思いついた経緯を解説する。


「その兵器は人力で投げるから射程距離が短かったり、手元で引火して炎上したりで使いづらくて廃れちゃったらしいけど、バリスタで射程を延ばして、さらに魔道具で着火する仕組みにしたら実用的になるんじゃないかと思ったんだ。大正解だったね」


 ヘラヘラと笑いながらそう話すノエインに対して、こちらも楽しげに頷くダフネとダミアン。ユーリは引き気味でそんな三人を見た。


「お前ら……こんな無慈悲で極悪な兵器について、よくもまあ楽しそうに語るもんだ。倫理的な引け目は感じないのか」


「いやあ……特には」


「私とダミアンさんは職人ですから。個人的な倫理観と技術者としての好奇心や満足感は別です」


「こいつは相当にえげつない代物だぞ……密集してる敵にこんなものを撃ち込んだら酷いことになる。風向きによっては一発で百人隊が丸焼けだ」


「敵にとっては災難だよねえ……だからこそ、こっちの自衛のための武器としては頼もしいけど」


 ユーリが慄きながら語ると、ノエインは飄々とした様子のままでそう応えた。


「これは自衛って程度を超えてるだろう」


「大きな戦いを避けられない事態になっても、僕はできることなら領民を一人も死なせたくないんだ。たとえ領軍兵士みたいな戦闘職の人でもね。そのためには敵を圧倒できる武器がなきゃ。だからこれは自衛のためのものだよ」


 領民のためなら領外の人間を平気で切り捨てられるのがノエインという領主だ。それが領に仇を成す敵ともなれば、どんな悲惨な目に遭おうが知ったことではないのだろう。


「……『天使の蜜』の件といい、ノエイン様は相変わらずだな。味方だからいいが、死んでも敵には回したくない」


「お褒めに与って光栄だよ」


 ユーリは決して褒めたつもりではなかったが、ノエインは楽しそうにそう言った。


「これだけ威力があるなら、この兵器……爆炎矢もすぐに実戦に投入できるね。ダミアンもダフネもお疲れ様」


「俺は今回大したことはしてないです!」


「私も、作った魔道具の仕組み自体は単純なものですから」


 ノエインが爆炎矢を考案してから今日の試射まではわずか一か月足らず。これほど早く結果が出たのは、兵器としての仕組みがシンプルであったのはもちろん、ダミアンとダフネが優秀な職人だったからこそだ。


「これをある程度の数揃えておきたいんだけど、あらかじめ大量に作って備蓄しておくことはできるかな?」


「ええ、もちろん。動力源の魔石を外しておけば、事故で割れたりしても火が点くことはないので安全に保管もできますよ」


「そっか、それなら運搬の時も安心だね……そう遠くないうちに戦争が起こりそうだし、ひとまず今年中に100個、作ってもらっていいかな? 容器はこっちで製造を手配するから、魔法紋様を刻むのをお願いしたい」


 魔道具職人はほぼ例外なく「付与魔法」の才を持っている――というより、付与魔法の才を授かった人間がそれを活かすために魔道具職人になる、と言った方が正しい。ダフネもそんな一人だった。


 職人たちが魔法塗料で紋様を描いてそこに自身の魔力を付与し、魔法が作動する回路を定着させる。これが魔道具の作り方だ。


 なので、陶器製の容器はノエインが用意できるが、肝心の紋様を刻む作業だけはダフネ自身にやってもらうしかない。


「承りました。今年いっぱいあれば十分に間に合います」


「よかった。それじゃあよろしくね」


 バリスタという強力な兵器に、爆炎矢というさらに強力なオプションが加わったことで、アールクヴィスト領の防備はさらに堅いものになる。ノエインはそのことに大いに満足していた。

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