第20話 大きな商談をしよう①
ラピスラズリの鉱脈という資金源が見つかったので、次はそれをまとまった金に換えるための販路を確保しなければならない。
なのでノエインは、調査隊から報告を受けた翌日にはラピスラズリの原石を荷馬車に積み、マイルズ商会を頼るためにレトヴィクへと出発した。今回のお供はマチルダとラドレー、それにエドガーだ。
昼過ぎにレトヴィクに到着したノエインは、
「それじゃあまずは、マイルズ商会じゃない商会で、貴金属や宝石を扱ってるところに行こう」
と言った。
「最初からマイルズ商会に行くんじゃないんですかい?」
「その前にラピスラズリ原石の今の正確な相場を知っておきたいんだよね。だから情報収集に行きたい。適当な店に入ってアクセサリーでも見ながら雑談がてらに聞いてみるよ」
「……それは、マイルズ商会の商会長が鉱物に詳しくない私たちを騙す可能性があるということでしょうか、ノエイン様?」
「鋭いねマチルダ。その通りだよ」
2人の会話を聞いてもピンとこない様子のラドレーとエドガーに、ノエインはマチルダの言った意味を説明する。
「つまり、あらかじめラピスラズリ原石の今の相場価格を正確に知っておかないと、マイルズ商会に不当に安い価格で買い叩かれるかもしれないってことさ」
「えっ……大手の商会がそんなことしますかね?」
「あの商会とはこれまで毛皮の取引でそれなりの関係を築いてるからそうそう騙してきたりはしないと思うけど、今回の商談は扱う額が額だからね。こっちが何の情報もない状態で話し合うのは怖い。警戒し過ぎるに越したことはないよ」
驚いたように言うエドガーに、ニヤッと不敵な笑みを浮かべながらそう答えたノエイン。取引相手なんて全員自分を騙そうとする敵くらいに思っておかないとね、という言葉は口には出さずに飲み込む。
・・・・・
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお求めで?」
「どうも。実は知人の女性に贈り物をしようと思いまして。何か装飾品でも、と」
情報集めのために入った高級品店で店主らしき男から声をかけられたノエインは、そう適当に来店理由を答えた。
他の皆は離れたところに待たせて一人で来店したし、いつもの貴族然とした服装ではなく、せいぜい少し裕福な平民程度に見える格好をしているので、「森の士爵様」だとは気づかれていない様子だ。
「なるほど、かしこまりました。何か装飾品のデザインや色などでご要望はありますか?」
「彼女は確か青色が好きだと言っていたので、何か青い宝石を使ったものがあれば……」
「それでは、いくつかお出ししましょう」
そう言いながら店主は、3つほど商品を取り出してカウンターの上に乗せた。
ひとつは透明感のある青い宝石が印象的なイヤリング。おそらくサファイアだろう。
もうひとつは青を中心に、グリーンやイエローなどいくつかの色が混ざり合った石を乗せた指輪。これはおそらくオパールだ。
最後に置かれたのは、吸い込まれるような深い青色の石を丸く磨いて中心に据えたネックレス。これがラピスラズリで間違いない。亡き母に見せつけられたときの記憶でも、確かこんな見た目の宝石だったはずだ。
「このネックレス、とても美しいですね。何という宝石ですか?」
「こちらはラピスラズリです。『幸運を招く宝石』などとも呼ばれております」
大当たりだった。
「失礼ながら、お贈りするお相手は想い人の方で?」
「あはは、恥ずかしながら実はそうなんです。これが初めての贈り物で」
誰が見ても初々しい好青年にしか見えない笑顔でそう答えるノエイン。ユーリあたりがこの顔を見ていたら「何だその嘘くさい顔は」と痛烈な突っ込みを入れたことだろう。
ノエインが嘘をついているとは思いもしない店主は「そういうことでしたら、ラピスラズリのネックレスはぴったりの品でしょう」と笑顔で言った。
「このネックレスのお値段はいかほどでしょうか?」
「こちらは800レブロになります」
「そうですか……小さな石ですが高いんですね」
「なにぶん希少なものなので……宝石としてだけでなく、顔料としても需要が多いものですから。『母なる海の青』というのはご存じですかな?」
「ああ、確か聞いたことがある気がします」
本当はばっちり知ってるけどね、と内心で思いながら、いかにも今その言葉を思い出したかのような顔で言う。
「このラピスラズリの原石を加工して粉末にすると、その顔料になるんですよ。希少で高価なので、画家の方々にとっては憧れの顔料なのだとか」
「それは面白い話ですね……ということは、加工前の原石の時点でも結構高いものなのですか?」
「そうですねえ。買おうと思えば1kgで2000レブロ近くになるでしょうか。もしかしたらそれ以上かもしれませんね」
「そんなに……」
「原石もまた深い青色で神秘的なので、それはそれでオブジェとして人気があるのですよ」
その後も商品に興味があるふりをして適当に話し、「少し予算額を超えてしまうようなので、後日お金を用意して買いに来ます」と伝えて店を出た。もう来ないと思うけどごめんなさい、と心の中で謝りながら。
そして、あらかじめ待ち合わせ場所に指定していた広場でマチルダたちと合流する。
「ただいま。無事に原石の価格を聞けたよ。売値だけど、それをもとに卸値を考えれば商談でもそう失敗することはないと思う」
「さすがですノエイン様」
「ありがとうマチルダ。次はマイルズ商会だ。上手いことやらないとね」
・・・・・
普段の毛皮の買い取りではわざわざベネディクト商会長が出てくることはないので、彼と会うのは久しぶりだった。
前回と同じ応接室に通される。今日はマチルダがノエインの後ろに控え、さらにラピスラズリの原石を運ぶためにラドレーとエドガーも応接室まで同行していた。
「アールクヴィスト士爵閣下、お久しぶりでございます。本日は何やら特別なご相談がおありとのことで」
「ご無沙汰しています、ベネディクトさん。お時間を頂いてすみません」
「いえいえ、他ならぬアールクヴィスト閣下にお力添えさせていただけますことを光栄に存じます。早速ご相談の内容を伺っても?」
「はい、実はこれの取引をマイルズ商会にお願いできればと思いまして」
そう言ってノエインが目配せをすると、ラドレーとエドガーが布で包んだ重い塊をテーブルの上に乗せた。上質な木製のテーブルは、塊が乗ってもびくともしない。
2人が布を開いて、中のものを見せる。
「これは……ラピスラズリの原石ですな」
一目で分かるとはさすが大商会のトップだな、とノエインは内心でベネディクトを評した。
希少な宝石の、相当な大きさの原石が出てきたことで彼もさすがに少し目を見開いている。
「これは一体どこで……なるほど、レスティオ山地ですか」
「その通りです。先日アールクヴィスト領と接するレスティオ山地の麓を調査したところ、ラピスラズリの鉱脈らしき場所を見つけました。私は鉱山に関しては素人なので、採掘量がどの程度になるかは未知数ですが……」
ノエインの話を聞いて、思わず「ふーっ」とため息をつくベネディクト。
過去にノエインが本で読んだ限りでは、ロードベルク王国内の鉱山でもラピスラズリが採れる場所は特に少ない。すぐ隣の領の山地で鉱脈が発見されたというのは、ベネディクトにとっても驚くべき話だろう。息を吐くのも無理はない。
「ああ、失礼しました。それで、本日はひとまずこの原石をお売りしたいというお話ですかな?」
「はい、ひとまずは。そしてできれば、今後も私の領で採掘されるラピスラズリの原石をマイルズ商会に独占的にお売りさせていただきたいと考えています」
ノエインの提案に、ベネディクトは今度こそ目を大きく見開いて驚きを示した。
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