第19話 原石と皮算用

「そっかー、まあそう簡単には鉱脈なんて見つからないよねえ」


『ああ、悪いな』


「ううん。成果は焦らないから、とにかく無理をせずにね」


『分かった。また夜には報告を入れる』


「はーい」


 レスティオ山地の調査が始まって最初の2日は成果はなかった。


 そして3日目、「今日の午前中もこれといった発見はなし」という報告がユーリから入る。


「ノエイン様、やはり山地の調査は芳しくないですか?」


「みたいだね。まあ、これまで未知の場所だった広大な山地を調査してるんだ。数日で成果が出なくても仕方ないよ」


 時刻はちょうど昼食時。食後のお茶を差し出しながら聞いてきたマチルダにノエインはそう答える。


 今後も何度も調査隊を送って山地の調査を続けるつもりだったのだ。最初の数日で都合よく何かが見つかる確率の方が低いだろう。


 そう思っていたら、夕方より少し前、定期連絡よりも早い時間にユーリの声が聞こえた。


『ノエイン様、ちょっといいか?』


「ユーリ? いつもより早いね。何かあったの?」


『ああ、ちょっと気になるものを見つけた。岩肌に……なんというか、青い部分があったんだが』


「青い? 結晶みたいなものがあるんじゃなくて、岩自体が青いの?」


『そうだ。目に見える範囲では幅が何メートルもある。高さも俺の背より高い。貴金属や宝石じゃないみたいだが、何かの鉱脈に見える』


「そっか……持ち帰れる?」


『ああ、一塊削って持ってくる。調査は切り上げて明日の朝にはこっちを発つつもりだ』


「うん。それがいいね。よろしく」


 ユーリとの『遠話』を終えたノエインは、彼が言っていた「青い岩」について考える。


 特徴を聞いてひとつ思い当たるものはあるが、もしそうだとしたら……


「大儲けだ。ふふっ」


 一人で森の方を向いてゴーレムによる伐採作業をしていたノエインは、そう呟いてニヤッと笑いながら作業を再開した。


・・・・・


 翌日の昼。ノエインは無事に帰還したユーリたち調査隊を出迎える。調査隊の中で最も大柄なダントが、報告にあった「青い岩」を背負い籠で担いでいた。


 何やら見慣れない岩の塊を担いで帰って来た調査隊に領民たちが湧く中で、ノエインは早速報告を受ける。調査隊以外の面々も興味深げに集まってきた。


「こいつが報告した青い岩だ。山地の岩肌に露出してた」


「そっか。まだまだたくさんあるんだよね?」


「ああ。この塊を削り出して、さらにもう少し奥まで掘ってみたが、まだまだ青い部分が続いてるみたいだった。人力でも掘るのはそれほど難しくないように感じたな」


「ってことは、あんまり硬くはなかったと……」


「そうだな。これが何か分かるか?」


「多分ね。ちょっと調べさせて」


 ノエインは岩の塊をナイフでガンガンと叩く。すると、あっさりと端の方が割れてこぶし大の欠片になった。


 欠片をガリガリと削るようにこすると、青い粉末がこぼれる。


 今度はその欠片の表面をナイフの柄で叩いた。それをユーリの顔まで近づける。


「嗅いでみて?」


「お、おお……」


 言われた通りに欠片の臭いを嗅ぎ、少し不快そうに鼻を鳴らして顔をしかめるユーリ。


「何の臭いだった?」


「腐った卵の臭いだ。硫黄か?」


「あはは、やっぱりそうか……うん、確かに硫黄の臭いだね」


 ユーリの反応を確かめたノエインは、自分でも欠片に鼻を近づけて確認する。


「おい、分かっててやったのかよ。しかも自分でも確認するなら何でわざわざ俺に嗅がせたんだ」


「ちょっとした茶目っ気だよ。笑って笑って?」


 上機嫌にヘラヘラ笑いながら、ノエインはナイフと岩の欠片を地面に置いた。


「何か知ってるのか?」


「そうだね、これは……ぶふっ。うふふっ」


 答えを言おうとしたノエインだが、喜びをこらえきれないといった様子で「うっふっふっ」と笑い出す。


 それを見てユーリはやや引き気味の顔になり、他の皆も苦笑した。ノエインの後ろに控えるマチルダだけがいつもの無表情だ。


「おい、笑ってないでとっとと言え」


「うふっ……ごめんごめん。でも笑わずにはいられないよ。だってこれ、ラピスラズリの原石だよ。凄い発見だよ」


 ようやく笑いが収まったノエインは、まだニヤけのおさまらない顔でそう言った。


・・・・・


 ラピスラズリは、深い青色の見た目が特徴的な石だ。


 ダイヤモンドのように強い輝きを放つわけでもなく、ルビーやサファイアのように透き通るような光沢があるわけでもないが、歴とした宝石の一種として古代から知られている。


 レスティオ山地があるために鉱山採掘が盛んなロードベルク王国北部においても、その鉱脈の発見例は少ない。特に希少な鉱物のひとつと言える。


「……ほお。そんな珍しいもんなのか、これが」


 見た目は宝石には見えないが、とユーリは呟いた。他の調査隊の面々や、興味深げに集まった他の領民たちもいまいちピンとこない様子だ。


「まあ、分かりやすく派手に光ってたりするわけじゃないからね。磨くと艶があって吸い込まれるような綺麗な青い宝石になるんだけど……これの真価は別のところにあるんだよね」


「別のところ、ですか?」


 バートが尋ねたので、ノエインは頷いて話を続ける。


「そう、粉末を加工すると、絵や陶器に色をつけるための顔料になるんだよ。『母なる海の青』って言われてるんだけど」


「そういえば、聞いたことがあります」


 調査隊の報告を横で聞いていたエドガーが、ハッとしたように言う。


「確か、ものすごく希少で高価な顔料ですね。粉末が同じ重さの金よりも高くて、著名な画家でもなかなか手が出ないという」


「そうそう。よく知ってるね?」


「祖母が貴族の出身で若い頃は絵に親しんでいたそうで、話を聞いたことがありました」


 聞くと、エドガーの祖母は彼の故郷の一帯を治める士爵家から、当時村長だった祖父の家に嫁いできた元貴族らしかった。


「にしても、ノエイン様はなんでラピスラズリの原石なんて知ってるんだ?」


 ユーリそう聞かれて、ノエインは自分の亡き母親を思い出す。


 策略を巡らせて貧民の娘から大貴族の妾にまで成り上がった母は、息子への愛情はまったく示さなかったものの、買い集めた贅沢品を自慢するための話し相手として幼いノエインを引っ張り回すことがあった。


 母の求める反応を示さないと途端に不機嫌になって叩いてくるので「凄いですね母上」などと適当に相槌を打っていたが、その話の中でたびたび見せられたラピスラズリの原石や装飾品、「母なる海の青」の顔料を使った絵画などは、特に珍しい品としてノエインの記憶にも残っていたのだ。


 また、他の青色の鉱物とラピスラズリ原石の見分け方などの知識は、伯爵家で離れに軟禁されていた頃に本から学んでいた。


「僕の出自の関係でね」


「ああ……」


 ノエインの詳しい出自はユーリたち元傭兵と、新領民のまとめ役であるエドガーにしか話していない。他の領民もいる前なので、ノエインが仄めかすとユーリも言葉を濁す。


「とにかくこれが大量に採掘できるなら、当分はお金の心配はしなくていいね」


「ノエイン様、この塊でどのくらいの金になるんでえ?」


 興味津々といった様子でラドレーが聞いてくる。


「そうだなあ。ユーリ、これの重さはどのくらい?」


「50kg超えるかどうかってところじゃないか?」


「そっか、それなら……末端価格なら余裕で10万レブロを超えると思うけど、原石の卸値だといくらぐらいだろう。何分の一かになるとして、それでも数万レブロはいくんじゃないかな?」


 数万レブロと聞いて、元傭兵たちやエドガーなど計算のできる者の間でどよめきが起こる。普段は表情変化に乏しいマチルダでさえ目を見開いた。


「数万」という数字がどれほどのものか分からない他の領民たちはポカンとしていたが、ノエインが「つまり、この岩の塊ひとつだけで金貨何枚かになるよ」と説明してやると、金貨の価値なら理解できる彼らも目を見開いて驚く。


 1万レブロ金貨が1枚あれば、農村なら平民の家族が慎ましく1年暮らせるのだ。山の岩肌から掘り出したこの塊が数年暮らせるほどの金に化けて、さらにそれがレスティオ山地にまだまだあるとなると、彼らではその富の量を正確に想像することさえできない。


「だからこれからもその鉱脈を掘っていけば、当面は居住地の開拓資金は心配ないね。家も全世帯の分が建てられるし、色々な設備も整えられるし、他にも……ふふ、うふふっ」


 ノエインがまた皮算用を始めて笑い始めると、ユーリたちは呆れ顔になった。

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