第279話 意外な一面


「まず、ルーリアが考えた方法は、魔法の教え方としては非常に危険なものだ」

「え、き、危険!?」


 真面目な顔でセルギウスに言い切られ、「オレもそう思う」と、クレイドルからも同意されてしまった。


「ど、どこが危険なんですか!?」

「あの教え方の存在そのものがだ。それに、あれは人に魔法を教えたとは言えない。魔法の知識を植えつけた、と言った方が正しいだろう」


 そんな……と口にしたルーリアが顔を青ざめさせて視線を向けると、クレイドルはなだめるようにルーリアの頭に軽く手を乗せた。

 しかし、その表情は硬い。


「ルーリアだって新しい魔法を覚える時は、それなりに練習したんだろ? それが全くいらないんだ。どう考えてもおかしいだろ」

「……あ」


 言われてみればそうだ。

 クレイドルが少しでも楽に覚えられるように、と思って必死に考えた方法だったが、自分がエルシアやフェルドラルから習った時のやり方とは全く違う。クレイドル自身は魔法を覚えるための勉強も練習もしていない。


「で、でも、すぐに魔法が使えるようになりますから、便利ですよね?」

「ああ。恐ろしく便利すぎる。この方法で簡単に誰でも魔法を覚えることが出来るようになったら、世の中は大混乱するだろう」


 今ある各国の軍事バランスなんて、あっという間に崩れ去る。特に他領や他国を支配しようと狙う者に知られたら、戦火が地上界中に広がると言われ、ルーリアは言葉を失った。


「……あ、わ、たしは、そんなつもりじゃ……」

「もちろん、ルーリアがそんなつもりで、この方法を考え出した訳じゃないことは分かっている。だが、それだけ危険な情報であるということは知っていて欲しい」


 真剣な眼差しをクレイドルに向けられ、顔色を悪くしたルーリアは力なく、こくりと頷く。


「オレのために一生懸命に考えてくれたことは本当に嬉しかった。ありがとう、ルーリア。……だが、この方法はなかったことにした方が良いと思う。セルギウスも言っていたが、これは危険すぎる」

「……はい。分かりました」


 しょんぼりと項垂れるルーリアの頭を撫で、クレイドルは研究台の前に連れて行く。

 台の上には、昨日ルーリアが頼んでおいた魔力回復薬用の材料と道具が並んでいた。


「補助魔法はもういいから。ルーリアの望みは人の役に立つことなんだろ? もし、この回復薬が作れるようなら、ヨングはすごく助かるって言ってたぞ」


 もっとも、あの婆さんは儲けになるから助かるって意味の方が強いんだろうけどな、と笑うクレイドルに、ルーリアも少しだけ微笑んで返す。


 ……本当はクレイドルの役に立ちたかったんだけどな。


 クレイドルが気遣って明るく慰めてくれているから余計な本音を漏らすつもりはないけれど、このままだと補助魔法の練習はこれきりにされて、結局、何の役にも立てないで終わりそうだ。


 ……教え合うって約束したのに。


 自分だけ教えてもらっておいて、なかったことにされるのは嫌だ。


「昨日送ったレシピで作り方は分かるか? オレは調合をしたことはないんだが、材料を粉にすればいいのか?」

「あ、はい。まずは蜂の巣を粉にして……」


 とりあえずクレイドルと薬の調合を始めると、さっきから何かを考えていた様子のセルギウスが、おもむろに口を開いた。


「……他の者に知られるのは危険だが、すでにその方法を知っているクレイドルまで、みすみす魔法を覚える機会を手放す必要はないと思うのだが」


 クレイドルが手早く補助魔法を覚える分には問題ない、むしろ強くなる必要があるのだから、これを利用しない手はないだろう、と独り言のように呟く。


「……セルギウス?」


 少し考え込んだ後、結論が出た顔で自分も協力すると言い出したセルギウスに、クレイドルは慌てて説明を求めた。


「えっと、つまり、どういうことだ?」

「私が同じ方法でクレイドルに教えたとして、ルーリアと同じ結果となるのか調べたい。誰にでも実行が可能なのか、それともルーリアだけなのか」


 ついでに自分とルーリアの間でも同じ方法で魔法の教え合いが出来るか試してみたいと話すセルギウスは、今まで見た中で一番目を輝かせていた。

 その目はどことなく新しい魔術具を作っている時のエルシアに似ている。


「……もしかして、セルギウスって実験とか研究とか好きなんですか?」


 思わず尋ねると、ハッとした後、コホンと取り繕った顔の咳払いが返ってくる。


「……い、いや、どうにかルーリアが考えた方法を無駄にしないように出来ないかと思ってだな……。私のことより、クレイドルの意見を聞きたい。どうだ? この場であれば他の者に知られることはない」


 誤魔化した! と、クレイドルと共に思いつつ、ルーリアはセルギウスの提案に即座に飛びついた。


「クレイドル、教え合うって約束したんですから受けてください。わたしだけ教えてもらって終わりは嫌です」

「……ルーリア。オレはどんな手を使っても強くなりたいと考えているから、断る理由なんてない。だが、セルギウス。お前はその方法を調べた後、それをどうするつもりだ?」


 危険だと言っておきながら、さらに詳しく調べようとするセルギウスの真意を問うように、クレイドルはまっすぐに見据える。

 するとセルギウスは少しだけ決まりが悪そうな顔で「単なる知識欲だ」と、素直に答えた。


「……知識欲? 領地のためとかじゃないのか?」

「それは断じて違う。私はここで知り得た情報を、ルーリアやクレイドルに何の相談もなく他の者に伝えるつもりは一切ない」


 訝しげな視線をセルギウスに向け、クレイドルは納得していない顔をする。そんなクレイドルの服の袖を、ルーリアはクイクイと引っ張った。


「クレイドル、セルギウスの言っていることは本当です」

「? どうしてルーリアにそんなことが……」


 分かるんだ? と言いかけたクレイドルは、セルギウスと同時にハッとした表情となった。

 神殿のエルフが嘘を見抜くスキルを持っていることは、裁判学科のある学園では周知の事実だ。

 その血筋であるルーリアが同じスキルを持っていても何ら不思議ではない。つまり、ルーリアの前では嘘はつけないということだ。


「……?」


 本当のことを話していると分かる理由を伝えるより先に二人から理解したような目を向けられ、ルーリアは首を傾げた。


「……ひょっとして二人は、わたしが本当のことだと言い切れる理由を知っているんですか?」


 神妙な面持ちで顔を見合わせたクレイドルたちがゆっくり頷くのを見て、ルーリアは心臓が止まるほど驚いた。


「えぇえっ! どどど、どうして!? いったい、いつから!?」

「ルーリア、落ち着け」

「私が少し前にクレイドルに教えたのだ」

「セルギウスが!?」


 セルギウスは魔眼の説明をして、ルーリアがハーフエルフであることを初めから知っていたと白状する。


「じゃ、じゃあ、ドーウェンの耳飾りの時も……」

「済まない。口には出さなかったが知っていた」


 ルーリアがハーフエルフであることをセルギウスがクレイドルに教えたのは、つい最近のことだと言う。


「……そう、だったんですね」


 動揺する気持ちはあったけど、自分とクレイドルの正体を知っていても、セルギウスは周りに黙っていてくれたのだ。これから先は無条件で信じられる気がした。



「では、ルーリアはクレイドルに補助魔法を教えていってくれ。私はその間、薬作りの方を進めておこう」


 そう言ってセルギウスは、ルーリアから受け取ったアルヴェパルフのお香のレシピに軽く目を通し、素材を粉にしたりして調合の下準備を始めた。

 迷いなく手を動かす様子から、セルギウスが調合に慣れているのだとすぐに分かる。


視覚共通ニシュアラ・リュート感覚共通ロンド・リュート


 薬の調合はセルギウスに任せ、ルーリアはクレイドルがリストから選んだ順に補助魔法を教えていく。すんなり済めば、最終的にはリストにあるものを全部教えるつもりでいるが、途中で不都合が出る可能性もあるから、難易度を無視して優先順位の高いものからにしている。


「……ルーリア、済まない。少し……」


 補助魔法を五つほど教えたところで、クレイドルが顔色を悪くして床に膝を突いた。


「クレイドル!?」

「! どうした?」


 ルーリアの慌てた声にセルギウスがすぐに反応する。クレイドルが言うには魔力酔いのような身体的な苦痛はないが、頭の中が軽く混乱しているらしい。


「急に知識が増えたことで記憶酔いを起こしているのかも知れないな」

「……記憶酔い」


 そんな言葉は初めて聞いた。

 難易度の高い補助魔法に使われている術式は複雑で緻密だ。予備知識もなく、いきなり頭に詰め込まれたものだから、慣れるまでに少し時間がいるのだろう、とセルギウスは言った。


「ど、どうしたらいいんですか? クレイドルは大丈夫なんですか?」

「最初の内は一つ教えたら休憩を挟んだ方がいいかも知れない。クレイドルが平気だと言っても無理はさせない方がいい。……頭を使って疲れを感じた時は少しの甘い物が良いと聞く。先の授業で作った菓子があるのなら、それを出してやるといい」


 茶などの飲み物も一緒に出した方が良いと聞き、ルーリアはさっそく放課後用のタイムボックスの中から、お茶とお菓子を準備する。


「……済まない」

「こちらこそ、気付かずに無理をさせてしまってすみません。落ち着くまで、クレイドルはゆっくり休んでてください。セルギウスもこっちに来て一緒に休憩しませんか?」

「私は全く疲れていないが……」


 そう言いながら、セルギウスは渡していたレシピの空白欄に何やら書き込んでいる。

 覗き込むと素材の名前らしき文字が並んでいた。


「これは?」

「ルーリアの方で補助魔法を教え終わるには、もう少し日にちがかかるだろう。その間、薬の品質を上げたり、他の素材で試してみようと……」


 そこまで言ってから、ハッと顔を上げたセルギウスは気まずそうに顔を赤く染めていく。

 調合が楽しくて夢中になっていたようだ。


「レシピの改造、好きなんですね」

「…………」


 セルギウスが書き込んだ材料は明日の授業分に追加で頼むとして、ルーリアは良いことを思いついた。


「あの、今、家に人から借りた花の妖精メリボイアのレシピがあるんですけど、貸してくれた人から他の人に見せてもいいって許可が取れたら見てみたいですか?」

「!」


 すぐに返事はなかったけど、あまり感情を表に出さないセルギウスにしては珍しく、はっきりと『見てみたい』と顔に出ていた。


「今日、帰ったら聞いてみて、見せてもいいって言ってもらえたら、明日持ってきますね」


 今回の練習に付き合ってくれているセルギウスにも、ついでの知識だけでなく、ちゃんと得るものがあった方がいい。

 ルーリアはセルギウスが書き込んだ追加材料の下に、花の妖精のレシピと書き足した。


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