第277話 補助魔法の練習


「ああぁぁぁ~~~……っ!!」


 家に帰り着いたルーリアは、身体を洗浄して着替えてベッドに倒れ込む。

 枕に顔をうずめて足をジタバタさせていると、セフェルが不思議そうに首を傾げた。


「にゃにゃ? 姫様、どしたの?」

「んふ。姫様は今、恥ずかしさのあまり、ご自分を見失っているのです」


 クレイドルの膝枕に驚いて逃げ出し、コケてすっ転んでパンツが丸見えとなった。

 無情にも、その姿を慌てて駆けつけたクレイドルたちに見られてしまったのだ。

 そんな消し去りたい事故のことを楽しそうにセフェルに話して聞かせるフェルドラルを止める気力は、今のルーリアにはない。


「どんなパンツ?」

「可愛らしい猫の絵柄の毛糸のパンツです」

「っにゃあぁぁぁぁ~~~!」


 頭から枕を被って撃沈する。

 いっそ、このまま消えてしまいたい。

 明日からどんな顔をして学園に行けば……というか行きたくない。どんよりとした顔を上げ、ルーリアは大きなため息をついた。


「姫様、そのように落ち込まれなくとも、入園式の時とは違うのですから大丈夫ですわ」

「……どうしてですか?」


 毛糸のパンツは下着と違い、重ねて着る外着のような物だから見られても平気だとフェルドラルは言う。本当だろうか。

 何となく上手く丸め込まれている気もするけど、平気だと思わなければ耐えられそうにないから、そう思うことにした。


「……やっぱりフェルドラルの特技が欲しいです。人から自分の記憶を抜けるなんて、ずるいですよ」


 頬を膨らませてジロリと睨み、涼しい顔のフェルドラルに八つ当たりをする。


「姫様、終わったことで悩んでも仕方ございませんわ。それより、人に魔法を教えるのでしたら、そちらを先に考えた方が宜しいのではないでしょうか?」

「……うぐぅ」


 正論すぎて、何も言い返せない。

 今日のことを思い返しても身悶えるだけだ。

 早く忘れてしまいたかったから、ルーリアは眠る時間になるまで、真剣に補助魔法の教え方について考えを巡らせた。




 それから二日ほど、クレイドルやセルギウスと森の中で練習をして、ルーリアは自分や人の魔力を見ることが出来るようになった。


「レイドの魔力は琥珀色なんですね。火と風、ですか?」

「ああ。普段は魔力を抑えて色……つまり属性が分からないようにしているけどな」


 魔力の色はその人の持つ属性が関係していて、複数の属性を持っていれば、その分だけ複雑な色合いになっていくそうだ。

 火属性は赤、水は青、風は緑、地は黄、光は白、闇は黒、というのが基本色となるらしい。

 例えば、火と水の属性を持っている人が魔力を抑えずにいたら、紫。光と闇なら銀、といった感じになるそうだ。


「ルーリアの魔力は複雑な色だな。遊色の極光オーロラ、と言えばいいのか? その時の気分だったり、必要とする魔法で次々と変色するみたいだな」

「セルは何色なんですか?」

「……あ、いや、私は……」

「姫様」


 フェルドラルが、その質問は駄目だというように首を横に振る。

 いきなり人に魔力の属性や色を尋ねることは、親しい間柄であっても無作法となるらしい。

 本人が人前で使用して見せた魔法などから推測する分には構わないが、ペラペラと人に話すことではないという。


「他人に下着の話題を振るのと同じことですわ。勝手に転んで見えてしまった分には不問ということです」

「ぅぐっ」


 そんな分かりやすい例えを出してくれたフェルドラルを涙目で睨むと、横ではクレイドルとセルギウスが微妙な顔で目を逸らしていた。


 ……せっかく忘れかけていたのに!


 ちなみに、自分で自分の魔力を見たい時は、鏡に自分の姿を映して見ることになる。

 魔力の見方を習った後に見た自分の魔力は、身体の輪郭から大きくはみ出るような状態となっていた。


 ……お父さんの言っていた魔力が溢れているって、これのことかぁ。


 魔力を見ることが出来るようになったら、次はそれを抑える練習だ。魔力を抑えるとは即ち、自分の核に魔力を押し込めることを意味する。


 魔力には必ず力の出処となる核があり、その位置は人によって頭だったり腹だったりと様々となるらしい。人族は心臓の位置に魔力の核を持つ者が多く、それ以外の種族はバラバラだそうだ。


 最初は魔力が溢れている状態だったため、ルーリアは自分の核がどこにあるのか分からなかった。

 少しずつ魔力を抑えることが出来るようになり、それが胸の真ん中辺りなのだと知る。

 それは、エルシアが魔力供給をしてくれた時や、フェルドラルが馬車酔いを軽くしてくれた時に手を置いていた場所と同じ位置であった。


 ……ここに手を置いていたのって、ちゃんと意味があったんですね。


 ルーリアは約一週間ほどで魔力の扱い方を覚え、約束した通り、今度は自分がクレイドルに補助魔法を教える番となった。




 放課後、いつもの観戦席でのこと。

 やっとみんなに会えたルーリアは挨拶や休んでいた間の話を交わし、やる気に満ちた顔でクレイドルと向かい合って座る。

 セルギウスに手伝ってもらい、ルーリアとクレイドルの姿は放課後のメンバー以外には見えなくなっていた。音断の魔法も掛けてあるから、勧誘対策もバッチリだ。


「レイド、この中から覚えたい魔法を選んでもらってもいいですか? 順に教えていきたいと思います」


 自分が知っている補助魔法を書き出したリストを渡し、その中から覚えたいものを挙げてもらうことにする。


「…………は?」


 昔、木の実の焼き方を教えてもらった時と同じように好きな順でいいですよ、と言うと、クレイドルはぱちぱちと目を瞬いた。


「っえ、はぁっ!? 補助魔法ってこんなにあったのか? って、ルリはこれ、全部使えるのか!?」


 クレイドルは驚いた顔でリストとルーリアを見比べ、セルギウスに視線を向ける。その目は一緒にルーリアを止めてくれ、と言っているようにセルギウスには見えた。


「これは最初だから、まだ簡単なものしか載せていませんよ?」


 同じようなリストは、あと二枚ある。

 これを初級とするなら、中級、上級と続くのだ。そのことをルーリアが伝えると、クレイドルはひくっと頬を引きつらせた。


「ルリ、私もそのリストを見せてもらっていいだろうか?」

「はい、どうぞ」


 全部で三枚のリストに目を通し、セルギウスは軽く息を吐く。50ほどの補助魔法が載っているが、どれもクレイドルが覚えていた方が良いと思われるものばかりだ。よく厳選してある。


「これをどのように教えるつもりなのだ?」

「えっと、それはですね……」


 説明を聞けば、互いの負担にならないように、ルーリアが懸命に考えてきたことが分かる。

 目を輝かせて自分の教え方について話すルーリアを目にしたセルギウスは止めるのを諦め、二人を見守ることにした。


「レイド、どれもお前には必要なものだ。このような機会はそうないだろう。この際だから、しっかりと学ぶことを勧める」

「なっ!?」


 どういうつもりだ、と裏切られた気持ちのクレイドルは目で訴える。

 だが、セルギウスの意見は変わらないらしい。

 これだけのルーリアの努力を無駄にする気か、と逆に責めるような目を向けられてしまった。


「……詠唱型の補助魔法は複雑すぎて、覚えるのは苦手なんだが……」


 感覚で使う無詠唱魔法や攻撃魔法は覚えやすいが、補助魔法のように、きっちりと魔法陣の構造や魔力の流れを覚えなければ発動しない魔法を覚えるのには時間がかかる。

 格好悪いからルーリアには言っていないが、音断の補助魔法を一つ覚えるだけでも実は二か月ほどかかっていた。


「魔法使いのように杖や魔術具を作製するにしても、その素材を集める時間や作るための知識がオレにはない」

「えっ、杖や魔術具?」


 何のこと? と首を傾げるルーリアに、セルギウスはエルバーやリュッカの持っているアイテムや装備品を例に上げ、補助魔法を使う時には媒体を介した方が使用する魔力量が減り、自力で覚えずとも的確に望む効果が得られるのだと教えてくれる。


 ……あぁ、前にリューズベルトが言っていた『呪文を唱えるだけでは魔法とならない』って、このことだったんですね。


 つまり、補助魔法を使っていても魔術具などに頼っているだけで、自分自身では覚えていないということだ。


 セルギウスはさらに詳しく教えてくれる。

 手っ取り早く詠唱魔法を使えるようになるためには、魔法使いに弟子入りして魔術具を譲ってもらったり、大きな組織に入ってそこで管理しているアイテムを借りる契約を交わしたりする必要があるらしい。

 だから、魔法使いのエルバーには師匠となる人物がいて、リュッカはアクアベーテの修道院から杖などを借りているのだろう、とセルギウスは話す。


「魔術士は身一つで魔法を詠唱して使いこなす者の総称だ。魔法使いより立場は上となる。確か、ダイアランには宮廷魔術士団があったはずだ」


 少数精鋭な団体で、国防の要となっているらしい。


「国を守るとか、ちょっと格好良いですね」


 関係ない話はそれくらいにして本題に戻る。


「わたしは自分の魔力を見ることも出来ないくらい、基本的なことを何も知らなかったんですけど、とにかくレイドに合いそうな魔法の練習方法を考えてみました」


 いろいろ考えた結果、クレイドルには構造などを難しく詰め込むより、感覚だけで覚えてもらおうという結論になった。


 まず、補助魔法の視覚共通ニシュアラ・リュート感覚共通ロンド・リュートの二つをクレイドルに掛け、自分の魔力の波長と身体の感覚を同調させる。

 その状態でクレイドルの覚えたい補助魔法を実際に使って見せ、体感から覚えてもらうというやり方だ。


 試しに、手軽な痕跡消去アウス・ルウトを教えてみる。

 体感した直後にクレイドルが呪文を唱えると、補助魔法は問題なく発動した。


「…………驚いた。これは分かりやすいなんてものじゃないな。必要な魔法陣も魔力の流れも、自分でやったことようにはっきりと記憶に残る」


 信じられないといった顔で、クレイドルは呆然と呟く。

 体験して分からないところは口で説明して補うつもりだったが、必要なさそうだ。

 直感的に覚えるこの方法はクレイドルに合ったようで、ルーリアはホッと胸を撫で下ろす。


 しかし、その様子を黙って見ていたセルギウスは「危険すぎる」と、ひと言だけ口にして、ルーリアとクレイドルに厳しい目を向けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る