第270話 難題と偽りの婚姻式
手紙を出して少し待つと、シャルティエからお礼の言葉と『さっそく今日の夕方にケテル邸に受け取りに行くね』と返事がくる。
とても楽しみにしてくれているようだ。
元々、今日の夕方前くらいに来る予定だったユヒムからは『30分後くらいに先に蜂蜜だけ受け取りたい』と返事があった。
「蜂蜜の連絡はこれでよし、と」
ルーリアはこれからユヒムと会うことで、ちょっとだけ心配になっていることがあった。
嘘を見抜くスキルのことだ。
アーシェンが赤く染まって衝撃は受けたものの、何をどうしたらいいのか分からない。
このスキルは神官はみんな使えるそうだから、エルフだったら持っていて当然のものだとは思う。
神からルーリアの身体の変化のことを聞いていたガインが何も言わなかったのだから、そこまで気にする必要もないのだろうけど、使い方も何も知らないから放っておいていいのか正直迷っている。
常時発動型のスキルなのだろうか?
目の前で赤く染まったのは、今のところアーシェンだけだ。セフェルは従属契約を交わしているから、ルーリアに嘘をつくことはない。
出来ればもう一人くらい、他の人で試してみたいけれど……。
ちょうどこれからミツバチの蜂蜜を受け取りにユヒムが訪ねてくる。ちょっと悪い気もするけれど、せっかくだから、その時にこっそり試してみようとルーリアは思った。
「じゃあ、こっちの分をシャルティエさんに渡せばいいんだね」
「はい、お願いします。あと、こっちの蜂蜜はフィゼーレさんに渡してください。前にお世話になったお礼です。それと、こっちはアーシェンさんに」
「ありがとう。フィゼーレもきっと喜ぶよ」
結果から言えば、会話中にユヒムが赤くなることは一度もなかった。たぶんユヒムの受け答えに嘘がなく、聞きたい答えも入っていなかったからだと思う。びっくりするくらい、ユヒムの言葉選びは用心深かったのだ。
例えば、「ギーゼさんはお元気ですか?」と問えば、「昨日とそう変わりないよ」と返ってきて、「ユヒムさんの体調は大丈夫ですか?」と尋ねれば、「見ての通りだよ」と返ってくる。
……ユヒムさんて、ずっとこんな話し方でしたっけ?
今までがどうだったのか、意識して聞いていなかったから、よく覚えていない。
さすが商人と言うべきか、少しくらい真面目に答えて欲しいと文句を言うべきか、なかなか複雑なところだ。
「じゃあ、一旦置いてくるね」
ユヒムは自分の屋敷に蜂蜜を運ぶと、すぐに転移して戻ってきた。今日はこのまま、ルーリアの眠る時間までいるらしい。
「フェルドラルさんが神殿から戻ってくれば、ルーリアちゃんはまた学園に通えるようになるから、その時にシャルティエさんにいろんな菓子店の案内をしてもらえるようにお願いしようと思ってるんだけど、どうかな?」
「……? ユヒムさんがお菓子屋さんの見学をするんですか?」
シュークリーム店の内装をどうしようかという話をしていると、ユヒムからそんな話を切り出された。
「いや、オレじゃなくて。見学に行くのはルーリアちゃんだよ」
「えっ! わたし!?」
「せっかく初めて自分の店を持つんだから、壁紙はどんな色がいいとか、どこにどんな物を使いたいとか、いろいろ拘りたいんじゃないかと思ってね」
なんと! てっきりシュークリームのレシピを渡したら、それっきりかと思っていたのに、お店作りに参加させてもらえるらしい。
テンションが一気に跳ね上がる。
模擬店の販売体験はあるけれど、それと店を構えることは全く別物になるそうで、出来るだけたくさん見て回って参考にした方がいいと助言された。
「あと、これはとても大切なことなんだけど」
「……な、何ですか」
思わずごくりと息を呑む。
「ルーリアちゃんに店名を考えて欲しいんだ」
「店名!? そんな大切なことを、わたしが決めてもいいんですか!?」
「もちろんだよ」
このセンスの欠片もないわたしに、店名の名付けをさせるだなんて。なんて無茶なことを……!
「いくつか考えてくれてもいいし、看板も作らなきゃだから、出来れば冬の間によろしくね」
「え、えぇえっ!?」
とんでもなく難しい課題を出されてしまった。
◇◇◇◇
「ガイン、そっちはどうだ?」
「全部、片付いた。予定通りだ」
慣れた手付きでガインは剣に付いた血を水魔法で消し去る。その様子をやや呆れた顔でキースクリフは眺めていた。
「お前、魔法を使い始めてまだ一日とか、絶対嘘だろ?」
「何だ? 文句でもあるのか?」
「……いや、ないけどさ」
ガインのことをよく知るキースクリフでも疑うくらい、ガインの魔法の覚え方はめちゃくちゃだった。無詠唱魔法に限るが、エルシアが手本を見せると、それを見よう見真似で覚えてしまうのだ。本人が言うには、こうしたいと思うとそうなるらしい。そんな馬鹿な、と誰もが思う。
「ガインの魔法属性って、いくつさ?」
「知らん」
興味なさそうに答えるガインに肩を竦め、キースクリフも自身の剣に付いた血を拭う。
ひとまず騎士団の中にいた15名の神敵は全て討伐した。
エルシアから預かったリストから
「ほとんどがイエッツェの元部下か」
「あいつの名前がリストに載っていないのは、やっぱりすでに死んでいるからなのかな?」
「……さぁな」
神から与えられた71名の神敵のリストの中に、イエッツェの名は載っていなかった。
去年の創食祭の後、イエッツェは一度だけ、ふらりと神殿に顔を出したらしい。
しかし、その後は行方不明となっている。
本来であれば、とっくに騎士団から除名されていてもおかしくないのだが、ゴズドゥールがイエッツェを気に入っているため、現在も騎士団長として名を残しているという。
いてもいなくても迷惑なヤツだ。
「神殿界にいるかいないかだけでも分かればいいんだけど」
「ヤツのことは今は忘れろ。それより、ここからは絶対に気を抜くな」
「分かってるよ」
ガインとキースクリフは後始末を他の騎士に任せ、エルシアの祖父であるミンシェッド家当主の館へと急いだ。
今、エルシアは自分の屋敷で婚姻の儀式用の衣装に着替え、
エルシアの屋敷はミンシェッド家の領地の中にあるが、隠し森と同じように結界が張られ、許可証なしには立ち入ることが出来なくなっている。
中に入ることが出来る者にとっては、この界層で最も安全な場所と言えるだろう。
エルシアが囮となる理由は、婚姻の儀式に招待するという名目で、用心深い討伐対象者たちを一箇所に誘い出すためだ。面倒なことに、こうでもしなければベリストテジアと顔を合わせたがらない神官も複数いるらしい。
「神官同士の派閥争いなんぞ、どうでもいい。一気に片付けて、さっさと終わらせるぞ」
「了解」
ガインとキースクリフは、エルシアとゴズドゥールの婚姻の儀式に乱入し、その場にいる神敵のエルフたちを討伐する予定だ。
ダジェットは儀式中の警護と称し、当主の館と討伐対象者の屋敷を騎士たちに包囲させている。
神敵以外には神から説明があったため、騎士たちはダジェットに従って動き、戦力外の神官や文官、その他の者たちはトルテやリーフェに従い、神殿にある女神が創った避難所へ逃げ込んでいた。
あれこれと回りくどく手を貸してくれている神や女神たちだが、自らの手で人の生命を救ったり奪ったりは出来ないらしい。
エルシアの魔法で姿を消したリューズベルトは、神敵であるエルフの屋敷の地下などに潜入し、捕らえられている者がいれば救出して回っていた。
今回、『ミンシェッドの領地内でなら好きに暴れていいよ』と、神からお許しが出ているため、手加減する必要は全くない。
当主の館内のこちらの戦力は、ガイン、エルシア、フェルドラル、キースクリフ、クインハートだ。
「わたし、ゴズドゥール・ミンシェッドはエルシア・ミンシェッドを妻とし、この生命が尽きるまで、共に寄り添い歩むことを創造神テイルアーク様に誓います」
多くの神殿関係者が参列し、粛然とする中、婚姻の儀式が
夫婦となる誓いを交わす場面となり、純白の衣装に身を包んだエルシアに式場中の視線が集中した。
「……私、エルシア・ミンシェッドはゴズドゥール・ミンシェッドを夫とし、この生命が尽きるまで、共に寄り添い歩むことを創造神テイルアーク様に誓──」
「──う訳ないだろうが、このド変態執着陰険野郎が!!」
バリッと雷音が鳴り響き、エルシアを守るように紫雷が立ち昇る。金色の瞳でゴズドゥールを突き刺すように睨みつけ、ガインはエルシアの腰を強く抱き寄せた。
「なッ、ななな、何だ、貴様はァッ! どこから現れた!?」
雷の音で腰を抜かしかけたゴズドゥールは、完全武装で現れたガインを指差し、わめき散らす。
ガインとしては素早く駆け込んだだけなのだが、その動きが全く見えていなかったゴズドゥールには、まるで転移してきたかのように見えていた。
「た、たかが騎士の分際で、エルシアに対して無礼であろう! 手を放さんか!」
「見て分からんか? エルシアは俺の女だ!」
「…………ぬぁ、何だとぉおッ!?」
一瞬、表情が抜け落ちたゴズドゥールは、これ以上色が変わらないくらい顔を真っ赤にさせ、ガインに対する憎悪を剥き出しにした。
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