第233話 神殿の騎士


 芸軍祭の模擬店に出すお菓子はシュークリームに決まった。投票企画で本当に神から声がかかってしまった時の対策については、エルシアに相談済みだ。

 冬の解毒草の栽培に関しては、温室を作ることを含めてアーシェンと話をすることになっている。ついでに資金集めのことも聞いてみたらどうかとフェルドラルから助言をもらったから、そうするつもりだ。


 あとは薬学学科で調べたいことも特になくなったから、今後の授業の選択をどうしようか悩んでいる。

 魔族領の水を使った実験では、海水もリンチペックの弱点であると結果が出た。

 川の水は毒に変わったけど、海水の方はリンチペックが消えて核が残されていたのだ。

 魔虫の蜂蜜と海水の共通点は分からないけど、そこまで調べる時間はないから、今回の実験はここまでだ。


 料理学科に戻ろうかな、とも考えたけど、シャルティエが言うには戻るには今は最悪のタイミングらしい。

 何でも料理学科では、芸軍祭に向けて鬼のような課題が出され、みんなが死に物狂いで取り組んでいるという。戻るなら芸軍祭の後の方がいいよ、と疲れきった顔のシャルティエに言われてしまった。


 ……うん。止めておいた方が良さそう。


 ということで、今は午前中の授業を菓子学科で、午後の授業を二回分とも農業学科の畑で過ごしている。



 そんな、ある日の放課後。


 いつものように観戦席でみんなから料理の感想を聞き、もうそろそろ帰ろうかな、と思い始めた頃、闘技場の入り口付近に人が集まり、見慣れない様子でザワついているのが目に映った。


 ……何だろう?


 そう思っていると、フェルドラルが「説明は後ほどいたします」と言い、いきなり魔法を掛け始めた。


「え、フェル!?」


 それはルーリアがエルシアから習った姿を隠すための複合魔法で、フェルドラルが何ともない顔で風属性以外の魔法を使っていることに心の底から驚いた。光と闇、それと水も使うのに。


「いったいどうしたんですか? それに、どうやって他の──」


 いろいろ尋ねようとしたところ、フェルドラルに手で口を塞がれてしまう。

 そうしている内に魔法は完成して、ルーリアとフェルドラルの姿は周りの人には見えなくなった。


「今はお静かに願います。あちらをご覧頂ければ、理由はお分かり頂けると思いますわ」


 チラリと入り口に目を向けるフェルドラルに釣られ、ルーリアも同じ方向に視線を向ける。

 そこにはダイアランの近衛師団の隊長であるダンテと数人の騎士たち、それと見覚えのある青い騎士服で白い外套に身を包んだ三人の男性が立っていた。


 ──神殿の騎士!! どうしてここに!?


 ルーリアは神殿の騎士に対して悪い印象しか持っていない。創食祭の時にはシャルティエと一緒に尋問を受け、ガインも生命を狙われたことがあるからだ。

 ここにいる神殿の騎士たちは顔に見覚えがないから、あの時の騎士たちとは無関係なのかも知れない。それでも敵視とまではいかないが、どうしても嫌な感情を隠しきれずに目つきが鋭くなってしまった。


 こちらの姿が相手に見えていないと分かっていても、つい緊張してしまう。神殿の騎士たちを注視しながら周りの声に耳を澄ましていると、何をしに来たのかが分かってきた。

 どうやら神殿の騎士たちは、軍部の生徒たちを勧誘に来ているらしい。卒園後の就職先として、神殿も候補に上がっているようだ。

 考えてみれば、神殿も学園も神の管轄だ。

 神官が裁判学科に教師として来ているくらいなのだから、その他の繋がりがあったとしても全く不思議ではなかった。


 そういうことなら今日は早めに帰った方が良い。ルーリアとフェルドラルは荷物をまとめ、騎士たちを避けるように遠回りして出口へと向かう。

 そして、あともう少しで外へ出られるというところで、突然、神殿の騎士の一人が観戦席を飛び越え、両手を広げて通路を塞いだ。


「そこのお二人さん、隠れているのはなぜかな? 姿を消してコソコソされると、つい身体が動いちゃうんだよね。職業病だね、これは」


 そう言いながら、神殿の騎士は見えるはずのないルーリアたちをじっと見据えてくる。

 匂いも風もフェルドラルがちゃんと消しているのに、どうして?


「申し訳ございません、姫様。神殿の魔術具を失念していましたわ」


 外で活動する神殿の騎士には、不意の強襲に備えて神官が神殿の特殊な魔術具を貸し与えることもあるという。

 神の治める学園の中でそこまで警戒しなければならないなんて、神殿の騎士はどれほど人の恨みを買っているのか、とフェルドラルは愚痴をこぼした。

 ルーリアにはその言葉の意味がよく分からなかったけど、普通、神殿の魔術具は地上界で使用することはないそうだ。


 それより神殿が相手だと、複合魔法を使っても完全に姿を隠すことが難しいということにルーリアは驚いた。

 フェルドラルは自分に掛けた魔法を消して姿を現すと、姿を消したままのルーリアを庇うように神殿の騎士との間に立った。


「邪魔です。退きなさい」


 毅然とした態度で押し通ろうとするフェルドラルを見た神殿の騎士は、軽く口笛を吹く。


「わぁ~ぉ。お姉さん、びっじーん。何で隠れてたの? 誰かに追われてるなら安全な所まで送って行ってあげようか?」


 馴れ馴れしい調子で声をかける神殿騎士の手が、そのままフェルドラルの肩にかけられる。

 いけない! そう思った時には手遅れだった。

 フェルドラルは瞬時に大鎌を出して神殿騎士に斬りつけ、よろめきながらも避けた相手を容赦なく蹴倒す。


「……汚らわしい」


 ゾクッと背筋が凍りつくような冷えた目で騎士を見下ろし、その身体を踏みつけたフェルドラルは、躊躇うことなく大鎌を振り下ろそうとした。


 すると、その瞬間。

 キンと高い金属音を響かせ、フェルドラルの大鎌の刃が神殿騎士の身体に触れるギリギリ寸前のところで、その攻撃を受け止める者がいた。倒れている神殿騎士の騎士服の一部がハラリと切れ、身体に細い赤色の線がにじむ。ルーリアは心の中で、ひいぃっと悲鳴を上げた。


「っと失礼。ウチの部下が何か不躾なことでも……って、あれ? 貴女は確か……」


 キラリと細剣に青白色の光を反射させ、フェルドラルを見て驚いた顔をしたのは、この場にいた三人とは別の神殿騎士だった。


「……貴方の部下ですか。道理で腐ってるはずです」


 そう言い捨てたフェルドラルの目は、これでもかと汚物を見るように冷えきっていた。


 ……ゔぅっ、フェルドラルの目が怖い!


 でも今のやり取りから、二人が顔見知りであることは分かった。フェルドラルに神殿騎士の、しかも男性の知り合いがいたなんて驚きだ。

 その神殿騎士は、薄い金色に黒い色が細く入ったサラッとした髪で、少し目尻の下がった水色の瞳をしていた。見た目の雰囲気というか、色合いは少しだけリューズベルトに似ている。リューズベルトの方が目つきはきついけど。……誰なのだろう?


「……彼は、元気かな?」


 その神殿騎士は、懐かしむような表情でフェルドラルに尋ねた。


「何の話ですか?」


 そもそも貴方なんか知りません、気安く話しかけないでください、と言いたげな冷やかな目で、フェルドラルは素っ気なく返す。あまり仲は良くないみたいだ。


 取りつく島もないフェルドラルの様子に、かすかに微笑んで困った顔をした神殿騎士と、ふと目が合った。

 見えているということは、この人も神殿の魔術具を使っているのだろうか? なぜかその神殿騎士の目には、軽い驚きとよく分からない含みを持たせたような笑みが浮かんでいた。まるで、とても面白いものでも見つけたように。


「…………へえぇ、なるほどね。だからか」


 神殿騎士は口の端をフッと上げ、独り言のように呟いた。


「……行きましょう」


 ルーリアにだけ聞こえるよう呟き、フェルドラルは手を引いて歩き出す。

 そして、ルーリアとのすれ違い様、その神殿騎士はポツリと「お父さんによろしく伝えといて」と、口にした。その言葉に思わず振り返ると、神殿騎士はパチッと片目を閉じて見せた。




 いつもより少し早い時間に家に帰り着いたルーリアは、部屋に荷物を置き、服を着替えてすぐに外へ出る。

 神殿の騎士のことは、何をおいてもガインに知らせるべきだと思った。


 今の時間なら、まだ森にいるはずだ。

 ガインの所へ向かう途中、秋用の花畑ではロモアの青空色の花が咲き始め、そよ風に吹かれて可憐に揺れていた。

 奥の森に入る手前で、ルーリアが来たことに気付いたガインと合流する。


「どうした? 今日はいつもより帰りが早いな」

「あの、お父さん。今日、学園に神殿の騎士が来ていたんですけど、その中の一人の人から『お父さんによろしく伝えといて』って言われました」

「何だと!?」

「……やはり姫様に気付いていましたか」


 フェルドラルが嫌悪感を剥き出しにした顔になると、ガインも苦々しい顔となる。


「まさか、あいつが学園に来たのか?」

「ええ。恐らく、創食祭の会場でもガインと姫様が一緒にいるところを見ていたのでしょう」

「あの人は誰なんですか?」


 ルーリアからの質問に、ガインは答えるべきか止めるべきか、といった複雑な表情を浮かべた。


「あれは、俺が神殿の騎士だった頃の先輩であり、同僚だった男だ。名前はキースクリフ。チーターの獣人だ」

「……お父さんの、先輩?」


 見た目で20代くらいの人族かと思っていたから、先輩だと聞いても違和感が残る。キースクリフの軽い口調からも、ルーリアにはガインより年上には思えなかった。


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