第229話 畑仕事と妖精たち
残暑が秋の気配に押し出され、隠し森の虫の音が夏のものから秋のものへと移り変わる頃。
「じゃあ、秋に向けてロモアの種をまきましょう」
「にゃにゃ! 種まき、種まき」
春から落ち葉を積んでおいた秋用の畑を風魔法と地魔法で耕し、種まき用の小さな穴を開ける。そこにセフェルと一緒に砂粒より小さなロモアの種をまき、風魔法でふんわりと土を被せた。
「水をまきますよ」
「にゃぅっ」
水に濡れるのが苦手なセフェルは慌てて畑から離れる。十分に距離を置いたのを確認してから、細かい霧雨を柔らかく降らせるように水魔法を使った。
「姫様いるだけで、あっという間」
いつもより早く種まきが終わった畑を嬉しそうに見ていたセフェルは、「にゃうぅ?」と、何かに気付いたような顔で首をひねる。
「どうしました?」
「姫様と同じになれそうで、なれにゃい」
「わたしと同じ?」
何のことだろうと思ってフェルドラルを見ても、残念ながら
「まぁ、妖精のことは妖精に聞くのが一番でしょう。今なら手頃な者たちが近くにおりますから」
この後、解毒草の様子を見に、ラメールたちのいる山小屋を訪ねることになっている。その時に聞いてみることにした。
「よう、ルーリア。久しぶり」
「こんにちは。森の暮らしには慣れましたか? 何か困ったこととかはないですか?」
「今のところは大丈夫なの。その子がルーリアの言ってた
「はい。この子がセフェルです」
三人が隠し森で働き始めた時に、花畑担当としてセフェルのことは軽く紹介したけれど、実際に顔を合わせるのは今日が初めてだ。
先ほどの話をして、『同じになれそう』が何のことか分かるか尋ねると、ラメールが興味深そうに青い目で覗き込み、それに驚いたセフェルは怯えた顔でルーリアの後ろにサッと隠れた。
「セフェル? どうしたんですか?」
「にゃうぅ~、う、上の人にゃ。怖いにゃ」
「……上?」
「人型の妖精は、大まかに上位妖精と下位妖精とに分けられるのです。
「……え゛!?」
聞き捨てならない言葉にルーリアも驚く。
……女神に次ぐって、何!?
フェルドラルによると自然界において、その名前を冠して宿る妖精は、女神に次ぐ力を持つらしい。ラメールたちは
「え、え!? ラメールたちって、そんなに偉い妖精だったんですか!? いいんですか、ここで働いて」
7か月間とはいえ、200万エンでは給料が安すぎたのではないだろうか。顔色を悪くしていると、ラメールたちはクスクスと笑う。
「
「そうそう。あんまり安く見積もられると、さすがにカチンとはくるけどな」
海の家の後に休みを取ろうとしていたサンキシュはとても賑やかな国だそうで、のんびりするならこの隠し森の方が落ち着くらしい。
自然が多くて周りも静かで、温泉もあるから最高だとバハルは言う。ルーリア自身はあまり温泉に興味がなかったけど、あとで両親に感謝しようと思った。
「それより良かったらお茶でもどうだい? サンキシュから取り寄せた茶菓子もあるよ」
「あ、はい。いただきます」
マーレがお茶を淹れてくれたので、セフェルと一緒にお呼ばれする。テーブルの上には可愛らしい花型のカップに注がれた琥珀色のお茶と、見たことのないお菓子が用意されていた。セフェルと一緒に食前のお祈りを捧げた後、お菓子に手を伸ばす。
「わぁ、すごい。綺麗ー……」
色とりどりの花の形のお菓子だ。
本物の花みたいで、すごく可愛い。
妖精の国特有の物なのか、神のレシピでは見たことがなく、とても良い香りがする。花のお菓子はパリパリと軽い食感で、上品な甘さがあった。口の中で、あっという間に溶けていく。飴細工のようであり、ショコラのようでもある。
「さっきの話の続きだけど、
バハルがお菓子を食べながら、詳しい話をしてくれる。
「えっと、世界中にいるのに王様がいるんですか?」
「そうなんだ。決まった土地を持たないのに、不思議だろ?」
その魔力はサンキシュの妖精女王にも匹敵するそうで、月の力を宿した翡翠色の瞳には、特に強力な力が秘められているという。
何でもその瞳にひと睨みされると、それだけで抵抗力の弱い者は簡単に魅了されてしまうのだとか。そんな話から、猫妖精の王は『
……猫の王様とか。
ルーリアとエルシアなら、瞳を向けられなくても勝手に魅了されてしまいそうだ。言葉の響きだけで、危険な予感しかしない。そんな存在があるなら、ガインにも知らせておいた方がいいかも知れないと思えた。
「セフェルは王様に会ったことはあるんですか?」
「にゃ。王様には会ったことない。でも会えば分かる」
んー、本能的な何かで分かるのだろうか?
「そういや、ルーリア。楽器はどれくらい弾けるようになったんだい?」
「えっと、ひと通り基本を習って、簡単な曲なら弾けるようになりました」
「へぇ。ラピスって、けっこう面倒な楽器なのに。あれだけの回数で覚えるなんて、すごいじゃないか。それにしても、今年は二人には楽しませてもらったよ」
マーレはティーカップを口に運びながら、思い出したように笑う。何のことだろうと考えていると、なんと、ルーリアたちがずっと通っていたあの小高い丘は、今年の生徒たちの間では、独りでに家具や楽器が動く心霊スポットのような扱いとなっていたらしい。
「ええっ!? なんでですか?」
「なんでって。魔法で自分たちの会話や姿を消していたんだろ? そりゃ、そうなるって」
「あ、そっか」
特に暗闇で揺らめくランプの灯りや、やたら綺麗な音色と雑音や悲鳴のように聞こえるラピスの音が良い味を出していたらしい。悲鳴って、ひどい。
「いやぁ、なかなか手の込んだイタズラしてんなー、ってオイラたちも感心してたのさ」
「……イ、イタズラ」
妖精の中では人を驚かせるイタズラが出来るようにならなければ、一人前の大人とは認められないらしい。なんて迷惑な。
だけど、だから妖精の三人にすぐに名前を覚えてもらえたのか、と今さらながらに納得する。
とほほ、と肩を落とすルーリアを余所に、ラメールはセフェルとルーリアを交互に見た。
「さっき言ってた『同じになれそうで、なれない』って話だけど、もしかしてルーリアはその子と従属契約を結んでいるんじゃないの?」
ラメールの言葉にフェルドラルを振り返ると、話しても構わないと頷かれる。
「はい。従属契約を結んでいます」
「やっぱりなの。それなら契約主であるルーリアと同じ属性の魔力を使えるようになっているはずだから、今のその子はとても便利な状態になっていると思うの」
「えっ! 同じって、そういう意味ですか?」
そこでフェルドラルも何かに気付いたようで、「ああ、そういうことですか」と口にした。
妖精は元々、神のアトリエで手伝いをさせるために創られた存在だ。神の属性はもちろん全属性なので、手伝いをする妖精にも同じ属性を持たせる必要がある。従属契約の一番の目的はイタズラ防止のためであるが、魔力の属性を共有するためでもあったらしい。
「属性だけ同じにしても、魔力が足りなければお手伝いは難しいんじゃないですか?」
「契約を結んだ時点で従属する側の魔力が足りなければ、主の半分の量までは自動で増える仕組みなのです」
「……それはもっと早く教えておいて欲しかったです」
それを知っていれば、セフェルはもっと楽に畑仕事を出来たはずだ。
神を手伝うだけの技量を持つ妖精は、元から豊富な魔力量があるため、すっかり忘れていた、とフェルドラルはしれっと話した。
「しかしそうなりますと、セフェルには魔法を教える必要がありますね」
「にゃうっ!?」
ふむ、と腕を組んでセフェルを見下ろすフェルドラルの目が、去年の冬の鬼教官っぷりを思い出させた。分かりやすく教えてくれるけど、基本的に容赦ない。
怯えた顔のセフェルが、うるうると助けを求める大きな緑色の瞳で見上げてきた。
可愛いセフェルを守らねば! と、ルーリアが動くより先にフェルドラルがセフェルの横にスッと腰を落とす。
「セフェル、言わずとも分かっていますね?」
「……にゃ、にゃい」
「姫様のお役に立ちたいですよね?」
「にゃい」
「魔法を一つ覚えるごとに、ミルボラの粉をひと口分あげましょう」
「にゃいっ!?」
「もう口の中はミルボラになっていますね?」
「にゃいぃっ!!」
口の中がミルボラって何? と、思う。
セフェルはすでに調教済みだったらしい。
キラリと目を輝かせ、ビシッとフェルドラルに向かって敬礼するセフェルの姿を見て、いろいろと手遅れであることをルーリアは悟った。
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